漁家経営の持続安定化に向けた小型底びき網漁業の省エネ・省力化に関する研究
概要
Title
Author(s)
Citation
Issue Date
DOI
Doc URL
Type
File Information
漁家経営の持続安定化に向けた小型底びき網漁業の省エネ・省力化に関する研究
酒井, 健一
北海道大学. 博士(水産科学) 甲第15247号
2023-03-23
10.14943/doctoral.k15247
http://hdl.handle.net/2115/89803
theses (doctoral)
Kenichi_Sakai.pdf
Instructions for use
Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP
漁家経営の持続安定化に向けた小型底びき網漁業の
省エネ・省力化に関する研究
(Study on Energy saving and Labor Saving in Small Trawl Fishery
for Sustainable Stabilization of the Fishery Household Economy)
北海道大学大学院水産科学院
海洋生物資源科学専攻
Division of Marine Bioresource and
Environmental Science
Graduate School of Fisheries Sciences
Hokkaido University
酒 井 健 一
Kenichi Sakai
2023 年
目次
緒言
1
第Ⅰ章 小型底びき網漁業の勢力と取り巻く環境
8
1-1 小型底びき網漁業の勢力
8
1-1-1 小型底びき網漁業経営体の全国分布と就業漁船のトン数階層
9
1-1-2 小型底びき網漁業の就業構造
9
1-2 漁労支出に占める燃料費および燃油価格の変遷
10
1-2-1 原油価格と国内の免税軽油価格の推移
10
1-2-2 漁労支出に占める燃料費
10
1-2-3 小型底びき網漁業と他の漁業種類の燃料消費量
11
1-3 小型底びき網漁業における海難発生状況
12
1-3-1 材料と方法
13
1-3-2 結果
13
1-3-3 考察
15
第Ⅱ章 ビーム式小型底びき網の漁具特性把握
2-1 材料と方法
27
28
2-1-1 網口高さの推定式
29
2-1-2 曳網の模型実験による漁具特性の計測
30
2-2 結果
34
2-2-1 曳網中の網口高さの推定値
34
2-2-2 模型実験による漁具特性
34
2-3 考察
35
第Ⅲ章 小型底びき網漁業における省エネ操業
3-1 材料と方法
53
54
I
3-2 結果
55
3-2-1 一般航行時の燃料消費実態
56
3-2-3 低速曳網による省エネ効果
57
3-3 考察
61
3-3-1 年間の燃料消費量および燃料費削減額
61
3-3-2 主機関出力の選択
62
第Ⅳ章
小型底びき網漁業における省力操業
4-1 材料と方法
81
82
4-1-1 九州北部沿岸におけるビーム式小型底びき網操業
83
4-1-2 漁労機械装備状況
82
4-1-3 供試漁船と操業方法
83
4-2 結果 1
舷側投揚網式における従来型漁具に対する軽量型漁具の省力効果
85
4-2-1 投網作業および揚網作業時間
85
4-2-2 投網作業および揚網作業の煩雑さ
86
4-2-3 投網作業および揚網作業の身体的負担
86
4-3 結果 2 舷側投揚網式に対するトロールウィンチ式の省力効果と作業変化
87
4-3-1 投網作業および揚網作業時間
87
4-3-2 投網作業および揚網作業場所
88
4-3-3 投網作業および揚網作業内容
88
4-3-4 投網作業および揚網作業の煩雑さ
90
4-3-5 投網作業および揚網作業の身体的負担
90
4-4 考察
90
4-4-1 漁具吊り上げ位置の検討
91
4-4-2 ビーム架け替え作業の検討
92
4-4-3 漁業者から得た操業漁船と航行船舶の安全にかかる情報
92
II
第Ⅴ章 漁家経営の持続安定化に向けた操業の省エネ・省力化に関する考察
116
5-1 曳網速度と掃過体積
116
5-2 低速曳網による水揚額への影響
117
5-3 低速曳網による曳網時間と曳網回数に関する提案
119
5-4 操業が身体に与える影響
120
5-5 今後の展望
122
謝辞
132
参考文献
133
III
緒論
島国である我が国の国土面積は約 38 万 km2 であるが 1),周囲には約 447 万 km2 におよ
ぶ領海と排他的経済水域が拡がっている
。本水域には寒流および暖流が流れ,その境界
2)
に好漁場が形成されるとともに,浅海から深海にいたる海洋環境下において,定着性魚類
や高度回遊性魚類など様々な魚介類が生息している。それらの水産資源を活用するために
沿岸各地には,2,780 におよぶ大小様々な漁港が点在しており
3)
,水産業を営む基点とな
っている。水産業は漁業と養殖業に分類されるが,このうち漁業は自然の生産力により生
産された水産生物を採捕するものである。このため,漁業生産は自然条件に大きく左右さ
れ,漁業経営は農業や養殖業に比べて不安定という特徴を有する
。しかし,適切な資源
4)
管理下において水産物を持続的に生産できる漁業は,国民への動物性タンパク質供給源で
あることはもとより,魚肉は健康面に優れ,かつ,各地特有の魚食文化が根付いている観
点からも大変重要な産業である。
総務省統計局の資料 5)によると,2022 年の世界人口は 79 億 5,400 万人と報告されてい
る。
統計が開始された 1950 年の先進国と開発途上国の人口比は 32.1%と 67.9%であった。
その後の開発途上国の人口増加は著しく,2022 年ではそれぞれ 16.1%と 83.9%となって
おり,今後も開発途上国の人口比が増加する傾向は継続すると見られている。この様な状
況の中で,開発途上国では食料確保が大きな問題となっている。それらの国では,農業に
よる生産性が低い上に,世界的な気候変動などの影響を受け,度重なる干ばつなどに見舞
われ生産力が低下し,深刻な食料不安
6)
が続く地域も多く見られる。また,先進国にあっ
ても,国際競争力の変化は従来の食料確保に関する秩序に影響するものである。特に食料
自給率の低い我が国においては,国内生産力の改善や海外からの食料確保は極めて重要な
課題となっている。国内の食料需要に目を向けると,国民の食生活は多様化するとともに,
嗜好の変化により,従来の和食から洋食を好む傾向が顕著となっている。魚肉から畜肉消
費の増加が見られ魚介類の販売単価は伸び悩み,漁業就業者数減少の要因となり,生産量
の減少につながっている。一方で,世界に目を向けると,食料確保や健康志向の高まりの
1
観点から,魚食文化の広がりが見られる。我が国においても水産物の輸出量増加による産
業の活性化が期待される。しかし,水産物の貿易動向は,2019 年においては輸入が 1 兆
7,404 億円に対して輸出は 2,873 億円となっており 7),水産物確保における海外製品への
依存度が高い状況が続いている。従来は,豊かな経済力を背景として世界各地から水産物
を優位に確保することが可能であった。しかし,国際競争力の変化は水産製品の価格高騰
に連動しており,今後の食料確保に向けて大きな不安を生じている。国民へ健康・安全か
つ多様な水産物を安定供給するためには,国内生産力の回復に向けた技術開発や就業者の
確保とともに,漁労環境の改善など課題は多い。本論文では,特に漁労環境における課題
が懸念されている,小型底びき網漁業に着目した。
小型底びき網漁業は,我が国の沿岸周辺に広く分布し,古くから漁業を基盤とする地方・
地域において重要な産業の一つとして位置づけられている。また,同漁業の総生産量は,
我が国の海面漁業生産量の約 13%を占める
とともに多種多様な魚介類を供給しており,
8)
その役割の大きさが伺える。一方で,小型底びき網漁業を取り巻く環境は,水産資源の低
下,魚価安,燃油価格の高騰および漁業就業者の高齢化など数多くの問題のため悪化の一
途をたどっている。このため,漁家経営の持続は大変厳しい状況にあり,経営体数は年々
減少し,その存続が危惧されている。漁業経営体の減少は,国民への安定的な水産物の供
給を脅かすとともに,地方・地域の衰退に直結した問題とも考えらえる。この様な状況の
中,今後の漁家経営の持続安定化を図る方策の一つとして,小型底びき網漁業における省
エネ・省力化技術の開発・普及が重要視されている。
燃料消費,漁船抵抗に関する課題と過去の研究事例
実際の漁船操業にあたっては,探魚,海底地形の把握や漁具・漁網を適切に操作するた
めに水面下の様々な情報を収集する必要がある。このため,漁船の船底には魚群探知機,
ソナーや潮流計などの音響測器の送受波部が数多く取り付けられている。こうした音響測
器と漁船の相互作用に関する研究として,川島,三好ら
9-11)
は,付加物の形状を適切化あ
るいは不要物を撤去するなどにより船体抵抗を軽減させた。また,漁船運航上の省エネと
2
して,減速航行や船底清掃による燃料消費量削減効果の現場実証や提案が見られる。例え
ば濵口ら 12)は,大学の実験実習艇(12 GT)を用い,機関回転数に応じた燃料消費量と窒
素酸化物(NOX)排出量の関係性について調査を行った。同研究では船底汚損した供試船
について,清掃段階に応じた省エネや環境負荷の低減効果を明らかにするなど船底清掃の
有益性を実証した。
本研究で対象とする小型底びき網漁船などの小型漁船についても,操業の省エネ化に向
けた海上実験が行われている。一般に小型漁船の運航者による燃料消費量の把握は,機関
運転時間とタンク残量,給油量から推定するものである。このため,往復航走,操業,漁
場移動などの各航海段階で,どれだけの燃料を消費しているかについて,詳細を知ること
ができない。長谷川,溝口 13-16)らは,航海中の機関回転数に応じた燃料消費量を精査する
ために,小型漁船向けに燃料消費量計測システムを構築し,計測値をリアルタイムでモニ
ターするとともにデータロガーに収録することを可能とした。加えて,溝口ら 17)は,漁具
改良として小型底びき網漁具の網口開口装置に高揚力オッターボード(HLTD)18,19)を使
用した場合の燃料消費特性を明らかにした。また,永松,酒井 20)は,カイト 18,19)を使用し
て底びき網を曳網した場合の燃料消費特性について報告した。この他にも,様々な現場で
燃料消費実態把握にかかる研究が行われている 21-25)。
漁船内での労働環境に関する課題と過去の研究事例
漁船における労働は,陸上労働には見られない多くの特殊性を有している。これらは,
限られた作業空間,生活空間,労働の継続時間,交代勤務などによる労働時間条件,およ
び船体動揺や機関の振動による騒音,振動である 26)。海上労働環境には,気象・海象影響
で生じる船体動揺による人体影響が切り離せないものである。特に漁船は商船と異なり一
般に小型であり,航行範囲も広く荒天に遭遇する機会も多いなどのため,船体運動は激し
くなることが指摘されている
27)
。木村ら
は,人間工学的手法により船体運動を入力,
28-30)
人体の応答を出力とした応答特性から,船上における人体の応答とバランス判定関数など
について研究し,作業の安全性について検討を行った。川崎ら 31)は,大学の漁業練習船(716
3
GT)におけるオッター式底びき網操業について,ビデオカメラにより漁労作業を撮影し,
3 次元動画分析により安全性・作業性向上に関する検討を進めた。久宗ら
32-34)
は,底びき
網,旋網漁業を対象とし,労働安全に向け漁労作業システムを分析した。同研究では,作
業設備の改善に向けた示唆や作業時の注意点を提案し,労働安全とともに漁労技術習得の
ための教育に寄与した。また,三輪 35)は,海上労働について労務管理体制が形成されてい
る遠洋漁船において,生産現場における漁船乗組員の技能形成を中心に,経営管理面から
考察を行った。
全国の津々浦々で発展を遂げてきた沿岸漁業において,漁労作業評価を一律に論ずるこ
とは困難である。しかし,漁業種類,操業海域,または漁船の規模などによって漁船特有
の性質を見いだし,身体負担の軽減や操業の安全性向上について検討を進めることは重要
である。本研究で対象とする小型底びき網漁船などの小規模経営体における作業評価につ
いても,根源的な作業内容把握や身体負担分析などの段階から調査を進める必要がある。
これらは,事例研究(ケーススタディ)の積算により進められるものである。事例研究を
行うにあたり適用する作業姿勢評価法には,全身評価として Posture targeting36),OWAS37),
上肢評価として RULA38),包括的評価として AET39)などが挙げられる。この中で OWAS
は,フィンランドの製鉄会社の Karhu,Nasman および同国労働衛生研究所の Kuorinka ら
によって開発された作業姿勢評価法である 40)。同評価方法は,全身の姿勢評価を行うに際
して,特別の用具を必要とせず,現場で即座に記録・解析ができることが特徴として挙げ
られ,調査実施時の導入性に優れている。瀬尾は,同評価方法に基づいた作業姿勢分析ソ
フトである JOWAS41)を構築した。同ソフトは,OWAS における作業姿勢と取り扱い重量
によるパラメータから求められる身体的負担度(AC)を算出・集計し,作業負担と改善要求
度の決定を支援するソフトである。分析にあたっては,パソコン上での操作性にも優れ,
様々な業種における身体的負担の把握,比較および負担の大きい危険な作業姿勢の洗い出
しを進めさせた。OWAS による作業評価を漁業現場へ適用した事例として,長谷川 42)によ
るワカメ養殖を対象とした報告がある。これは,三陸沿岸各地におけるワカメ刈り取り作
業時の作業負担を OWAS により評価したものである。船上でのワカメ刈り取り作業に潜
4
在する問題点として,舷側の高さや漁労機械の設置高さなどが作業負担を左右するものと
して指摘した。OWAS による分析は,その後,多くの漁業現場における作業改善に向けた
評価方法として用いられている。髙橋 43)は,各地で行われる小型底びき漁業について事例
研究に基づいた労働実態の把握を行った。ここでは,投網,揚網作業などの漁具操作とと
もに,漁獲物選別作業を含めた操業全般における身体的負担の分析とともに行動分析が行
われている 44,45)。作業改善の一例として,選別作業時の姿勢改善に向けた選別台導入や漁
労作業への軽労化支援スーツ 46-48)の利用を提案した。さらに,作業動線の把握に基づいた
甲板配置などへの提言を行うため,仮想空間シミュレーション手法 49,50)を用い総合的に作
業改善に取り組んだ。
漁具の省エネ化,省力化の研究事例
小型底びき網漁業の省エネ化を図る手法としては,曳網速度の低減による燃料消費量削
減が一例としてあげられる。また,省力化を図る手法としては,漁具軽量化による船上作
業の身体的負担軽減が効果的であると考えられる。しかし,現用の漁具・漁法において,
曳網速度を低下させると,海底泥土の大量入網により操業の効率と安全性が損なわれる。
また,単に沈子重量を軽減させると接地性が阻害され,底びき網漁具の漁獲性能を十分に
発揮できない。この様な状況を踏まえ,胡ら 51,52)は「平成 23,24 年度 新たな農林水産政
策を推進する実用技術開発事業:小型底びき網漁業における省力・省エネ化技術の開発と
普及」において,小型底びき網手繰第二種漁業に対する省力・省エネ化に関する技術開発
を行った。現用漁具の網口開口装置である長大で重いビームに替えて,軽量な柔構造拡網
装置(カイト)を導入することにより,曳網速度をこれまでの約 3.0 kt から約 2.2 kt まで
低減させることが可能となった。その結果,漁獲物の種組成ならびに掃過体積あたりの漁
獲量を維持しつつ,機関回転数を約 15%,燃料消費量を約 30%軽減させることができた。
さらに,漁具の軽量化により船上作業時の労力を軽減させることにも成功している。しか
し,カイト式底びき網は漁業法や各都道府県の漁業調整規則における漁業許可や規制に抵
触しているため,現在の手繰第二種漁業(以後,ビーム式小型底びき網と呼ぶ)の操業許
5
可では利用できない。
これまでにも,漁具改良を背景とした省エネ化および省力化に関する技術開発は数多く
行われてきた。多くの場合,省エネ化と省力化は独立して研究が進められてきたが,技術
の現場導入,すなわち漁業者が受け入れられる技術としては,経済性,安全性,導入の容
易さなどを含めた総合的な判断が必要となる。しかし,従来漁具と新規漁具の漁具特性,
漁獲物特性,作業労力などについて多面的に評価を行った研究は,胡ら 51,52)や不破ら 53)に
よる事例が見られるのみであり,未だ定量的に把握されていない。
本研究の目的と本論文の構成
以上から本研究では, ビーム式小型底びき網漁業を対象として,安全に低速曳網できる
軽量型漁具を用い,燃油価格の高騰に伴い増加する燃料費を節減することによる経営収支
改善と,高齢化の進む漁業現場における労力軽減と作業安全により,漁家経営の持続安定
化を図ることを目的に,操業の省エネ・省力化に向け調査を行った。さらに,省エネ・省
力操業の漁業現場への導入に向け,水揚額や操業の安全性など漁家経営への影響について
併せて調査を行った。ここでの漁家経営の持続安定化の実現は,社会に安定して水産物を
供給することにつながるばかりでなく,温室効果ガス排出量の低減によるカーボンニュー
トラル
54)
の実現に向けた取り組みとともに,持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable
Development Goals)55)における普遍的な課題目標に即したものである。
本研究では次の様な構成で論ずる。
第Ⅰ章においては,小型底びき網漁業を取り巻く環境として,当該漁業の分布,漁船勢
力,就業者の構成,燃油価格の変遷を確認するとともに,就業者の安全や漁船など財産保
護を目的として小型底びき網漁船における海難発生状況を調査した。
第Ⅱ章においては,曳網速度を低減させた場合の操業への影響を把握するために,推定
式により網口高さを算出するとともに,大型回流水槽において模型実験を行い,漁具形状
の観察と漁具抵抗を測定した。
6
第Ⅲ章においては,供試漁船に燃料消費量計測システムを設置し,操業時の燃料消費状
況の詳細を把握した。海上において収集したデータをもとに,一般航走状態における燃料
消費特性,底びき網の曳網工程における燃料消費特性について分析を行った。ここでは主
に,低速曳網が可能な軽量型漁具を用い操業を行った場合の省エネ効果について論ずる。
第Ⅳ章においては,従来型漁具と軽量型漁具を用いた操業の作業労力を分析するととも
に,漁労機械としてトロールウィンチを用いた場合の省力効果について論ずる。
第Ⅴ章においては,軽量型漁具を用いた低速曳網による漁家経営への影響を把握するた
めに,従来型漁具と軽量型漁具による年間を通した水揚額を比較した。さらに,曳網速度
や曳網時間の違いによる漁獲内容や操業時間への影響について調査し,小型底びき網漁業
における漁家経営の持続安定化に向け考察する。
7
第Ⅰ章
小型底びき網漁業の勢力と取り巻く環境
小型底びき網漁業は,小型機船底びき網漁業として規制される都道府県知事許可漁業の
通称であり,総トン数 15 トン未満の動力漁船で底びき網を用いて操業するものである。
漁法や網口開口装置の種類により手繰第一種,第二種,第三種漁業,打瀬漁業およびその
他の小型機船底びき網漁業に分類される。本論文で研究対象として取り扱う小型底びき網
漁業は手繰第二種漁業(ビーム式小型底びき網漁業)であり,えび漕ぎ網などと称され瀬
戸内海 56-58)をはじめとする西日本海域 59)で多く見られる。以下に小型機船底びき網漁業の
許可種類を示す。
・手繰第一種漁業:網口開口装置を有しない網具を使用して行う手繰漁業
・手繰第二種漁業:ビームを有する網具を使用して行う手繰漁業
・手繰第三種漁業:桁を有する網具を使用して行う手繰漁業
・打瀬漁業
・その他の小型機船底びき網漁業:上記以外の小型機船底びき網漁業
本漁業における漁家経営の持続安定化に向け操業の省エネ化を検討する背景として,燃
油価格高騰による経営収支の悪化があげられる。また,省力化を検討する背景として,長
大で重い底びき網漁具の取り扱い負担による身体影響や労働負担を起因とする海難事故発
生への懸念があげられる。本章では,本論文で小型底びき網操業の省エネ・省力化につい
て研究を進めるにあたり,本漁業経営体の全国分布,就業漁船のトン数階層,就業構造,
さらに経営収支への影響として燃油価格と漁労支出を確認するとともに,海難事故発生状
況を調査した。これらにより,操業の省エネ・省力化が求められる小型底びき網漁業現場
を取り巻く環境の現状把握を行った。
1-1
小型底びき網漁業の勢力
8
1-1-1
小型底びき網漁業経営体の全国分布と就業漁船のトン数階層
小型底びき網漁業は年々減少傾向にあるものの,農林水産省による 2018 年漁業センサ
ス
60)
によると 8,857 経営体により営まれている。Fig.1-1 に小型底びき網漁業経営体の全
国分布を示す。本漁業は,海岸線を有する広域的地方公共団体のうち,東京都,沖縄県を
除く 35 の道府県で在籍が確認されている。道府県別の経営体数は,北海道が最も多く 1,498
であり,次いで兵庫県 924,愛媛県 602,青森県 535,香川県 473,長崎県 453,三重県
451,山口県 401 の順に多い。全国における分布傾向は,北日本の北海道および青森県,
太平洋側の三重県および千葉県,瀬戸内海に面する西日本の各府県などに多く見られる。
日本海側は兵庫県,北陸地方の福井県および石川県で多いものの,その他の地域では少な
い。小型底びき網漁業に使用される漁船の規模をトン数階層別に整理すると,1 トン未満
0.7%,1~3 トン 8.3%,3~5 トン 65.8%,5~10 トン 16.6%,10~15 トン 8.7%であ
り,3~5 トンの階層で過半数を超えるとともに,5 トン未満の階層で約 75%を占める状況
にある。就業漁船の中には,沖合底びき網漁船に迫る規模のものも存在するが,ほとんど
が小型の漁船による操業であり,経営規模も小さいものと考えられる。
1-1-2
小型底びき網漁業の就業構造
我が国の漁業就業者は,平成期を通して一貫して減少傾向にあり,1988 年から 2018 年
までの 30 年間で 61%減少して 151,701 人となっている 61)。 ...