シクロファン骨格の新規構築法を基盤としたNeurymenolide類の合成研究
概要
天然有機化合物は多様な化学構造と生物活性を有しているため、医薬や農薬を始めとする様々な場面で利用されてきた。天然有機化合物の価値を最大限に引き出す点において、これらの化学合成研究は重要な役割を果たしている。その中でも特に、天然から微量しか得ることができない有機化合物の試料供給や化学構造の決定における貢献は大きい。
2009 年に J. Kubanek らによりフィジーのタベウニ島で採取された紅藻Neurymenia flaxinifolia から単離されたneurymenolde A (1) は、薬剤耐性菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA: methicilin-resistant Staphylococcus aureus) やバンコマイシン耐性腸球菌 (VREF: vancomycin-resistant Enterococcus faecium) に対する強力な抗菌活性を示すため、新規抗菌薬のシード化合物として期待が持たれる。⼀方、単離グループにより提出された 1 の平面構造は、A. Fürstner らによるラセミ体合成により確定されたものの、絶対立体配置は未だ明らかとなっていない。絶対立体配置の違いにより異なる生物活性を示すことがあるため、その決定は活性試験を行う上で重要である。また、1 は天然から極微量にしか得ることができないことから、詳細な構造活性相関研究や作用機序の解明がなされていない。上記背景のもと、筆者は 1 の絶対立体配置の決定と試料供給により新規抗菌薬の開発に貢献することを目的とし、不斉合成研究に着⼿した。さらに、1 はピロン環を含むシクロファン骨格やスキップジエンの関係にある四つのオレフィン、素早く互変異性化するアトロープ異性体として存在するなどユニークな化学構造を有しており、合成化学的にも魅力的かつ挑戦的な化合物である。不斉合成に際しては、化合物中に唯⼀存在する不斉中心をどのように構築するかが鍵となる。これに対して、我々の研究室では立体選択的な Claisen 転位反応によるシクロファン骨格の新規構築法を基盤とした 1の合成研究に取り組んでいる。本研究前任者らは、2-デオキシ-D-リボース (34) から 11 工程の変換を経て得られるマクロエーテル 32 に対して Claisen 転位反応を行うことで 1 のシクロファン骨格を有する 31 を立体選択的に得ることに成功している (Scheme 1)。得られた 31 から 1 へ導くためにはイソプロピリデンアセタール部のオレフィンへの変換と側鎖部の導入が必要である。筆者は、これらの変換を目的とし合成研究を開始した。
1. Corey-Winter オレフィン化反応と側鎖の構築
はじめに、イソプロピリデンアセタール部のオレフィンへの変換を行なった。31 に対してヨウ化メチルを作用させ、メチルエーテル 41 へと変換した後に、酸性条件下アセトニドを除去しジオール 42 を得た (Scheme 2)。得られた 42 に対して、チオホスゲンを作用させると望みのチオ炭酸エステル 43 が良好な収率で得られた。続いて得られた 43 を亜リン酸トリメチル中加熱還流することにより目的化合物 44 の合成に成功した。
続いて、クロスメタセシスによる側鎖の導入を試みた (Scheme 3)。側鎖モデルとして 1-ヘプテン (45) を用い反応を行ったところ、望む46 は全く得られず、49 と50 が生じる結果となった。
上記結果より、クロスメタセシスによる側鎖導入は困難であると考え、ピロン 31 の水酸基を足がかりにした側鎖の構築を行なった。すなわち、31 に対して水酸基のアリル化と第⼆世代 Hoveyda-Grubbs 触媒を用いた閉環メタセシスにより七員環アリルエーテル62 を得た (Scheme 4)。続いて、アセトニド基の除去を行いジオール 63 へと導いた後に、チオホスゲンを作用させチオ 炭酸エステル 64 へと導いた。64 を Corey-Winter オレフィン化反応で⼀般的に用いられる a) 亜 リン酸トリメチル存在下加熱還流する条件に付したところ、目的化合物 57 は得られなかった。
⼀方、E. J. Corey により報告されたb) N,N’-1,3-ジメチル-2-フェニル-1,3,2-ジアザホスホリジンを用いる温和な条件下では、低収率ではあるものの目的のオレフィン 57 を得ることに成功した。
七員環アリルエーテル 57 から 1 へのオレフィンの幾何異性を制御した四炭素ユニットの導入はモデル基質 65 を用いて検討した。種々の条件検討の結果、三臭化ホウ素と無水酢酸を作用させることでアリルブロミド 82 へと変換し、続く 84 との右田-小杉-Stille クロスカップリング反応を行うことで 85 を得ることに成功した (Scheme 5)。すなわち、モデル基質においてオレフィンの幾何異性を制御した側鎖部の構築法を確立した。本法は、本基質 57 へ適用できなかったものの、更なる条件の精査を行うことで 1 の全合成達成への活路を⾒出せるものと考えている。
2. Castro-Stephens カップリング反応による合成
側鎖部を有する基質におけるマクロエーテル化と Claisen 転位反応による 1 の合成戦略の基、研究を行なった。酒⽯酸ジメチル (100) から 10 工程の変換により合成した末端アルキン 114 と 1,5-ペンタンジオール (101) から 9 工程の変換により合成したプロパルギルブロミド 125 をCastro-Stephens カップリング反応に付すことで 1 の全炭素を有する 127 を得ることに成功した (Scheme 6)。しかし、得られた 127 に対するマクロエーテル化反応は進行せず、ホモプロパルギルアルコール構造に起因する脱水反応が進行することが明らかとなった。したがって、マクロエーテル前駆体を 141 に示す構造に変更することでマクロエーテル化が進行し、1 の合成が達成できることを期待している。
上記結果より、1 の合成を達成することはできなかったものの、収束的合成経路による全合成に向けた指針となる知⾒を得ることができた。
本研究にて報告した合成法が neuruymenolide A (1) の初の不斉全合成に繋がることや有機合成化学の更なる発展に貢献することを期待する。