アンフィジノール3の合成研究
概要
【研究背景および研究目的】
アンフィジノール 3(AM3)は渦鞭毛藻 Amphidinium klebsii が生産する海洋性天然物であり,強力な抗真菌活性と溶血活性を有している。その詳細な作用機序は未解明であるものの,AM3 は真菌の生体膜に直接作用すると推定されており,耐性菌の出現しにくい新奇抗真菌剤のリード化合物として期待されている。AM3 の絶対配置は 1999 年に天然物に対する NMR 解析を駆使して決定された。しかし,AM3 は鎖状部分に数多くの不斉炭素を有するため,立体化学の決定が極めて困難な化合物と言える。私の所属する研究室では化学合成による AM3 の構造確認を行っており,これまでに C2位および C51 位の絶対配置が提出構造と逆であることを明らかにした。さらに近年では C38–C39位の相対配置についても構造確認を行う必要性が指摘されていた。また,AM3 は二つのテトラヒドロピラン環を中心に長い直鎖のポリオール部分とポリエン部分を併せ持つ特徴的な構造を有しており,世界中の著名な有機合成化学者によって合成研究例が報告されてきた。しかし,AM3 の巨大かつ複雑な構造に起因する合成の困難さゆえに,その全合成は未だに達成されていない。私は AM3の正しい構造の解明に向け,AM3 の部分構造の合成,ならびに世界初の全合成を達成することを研究目的とした。さらに,全合成の過程で生じた合成中間体を活用し,ポリオール部分及び,AB 環部分に関する構造活性相関研究を行うことにした。
【アンフィジノール 3 の構造改定】
AM3 の C38–C39 位の相対配置を確認するため,C31–C67 位に相当する部分構造を,提出構造型と,C32–C38 位が逆の絶対配置のものについて二通り合成し,NMR データを天然物と比較することにした。A 環フラグメントと B 環フラグメントをアルデヒド–アルケ二ルリチウムカップリングによって連結した後,Julia–Kocienski オレフィン化によってポリエン部分を導入することで,2 種の C31–C67 部分構造を合成した。合成した部分構造と天然物の NMR データを比較した結果,両化合物において天然物との有意な差が観測され,正確な構造確認が行えなかった。
より確実な構造確認のため,天然物の分解物を比較対象として用いる手法を考案した。すなわち, AM3 に対して過ヨウ素酸分解,還元,続く MTPA エステル化を行い,AB 環部分に対応する分解誘導体を調製した。そして,その天然物の分解物と同じ平面構造を持つ標品を,提出構造型と C32–C38ジアステレオマー型について二通り調製し,NMR データの比較を行った。その結果、提出構造型の標品と天然物の分解物との間に大きなデータの差が観測された一方で,ジアステレオマー型の標品と天然物の分解物のデータが一致した。従って AM3 の C32–C38 位の絶対配置が提出構造と逆であることが明らかになった。また,これにより,AM3 が同一分子内に A 環と B 環で互いにエナンチオメリックな部分構造を有する珍しい化合物であることが明らかになった。
【アンフィジノール 3 の全合成】
AM3 の全絶対配置の最終的な構造確認のため,改定した構造に基づいた,AM3 の全合成研究を行った。合成計画として,AM3 をポリエン部分,ポリエン部分,AB 環部分の三つの大きなフラグメントに分割して合成し,それらを合成の最終版にて鈴木宮浦カップリングと Julia–Kocienski オレフィン化によって順次連結させる,高度に収束的な合成戦略を考えた。分子量が 1500 を超える巨大フラグメント同士の鈴木宮浦カップリング反応は多くの困難を伴った。しかし,モデル化合物を用いた条件検討の結果,塩基として用いる炭酸セシウムの濃度が重要であることを見出し,濃度を 3 Mから 1 M に変更することで,77%の収率でカップリング成績体を得ることに成功した。得られたカップリング成績体をアルデヒドへと誘導した後,ポリエンスルホンとの Julia–Kocienski 反応を検討した。種々の検討の結果,THF/HMPA = 4:1 の混合溶媒を用いることで,高収率,高立体選択的に目的物を得ることに成功した。最後に HF·Py を用いて全ての保護基の除去を行うことで,AM3 の初の全合成を達成した。合成品と天然物の各種データは良く一致し,改定した構造が正しいことを証明できた。
【アンフィジノール 3 の構造活性相関研究】
今回開発した AM3 の全合成法は,3 つのフラグメントから僅か 5 段階で AM3 の全構造の合成が 可能であり,また,連結するフラグメントを変更するだけで種々の人工類縁体を容易に合成可能で あることから,構造活性相関研究への応用も期待される。しかし,その総工程数は 112 段階にも及 ぶため,さらなる合成の簡略化が求められた。近年,天然物の生物活性を維持しつつ,その構造を 簡略化した人工アナログ分子の創製が報告されている。そこで,AM3 の抗真菌活性を維持した簡略 化アナログ分子の創製を目的とし,ポリオール部分および AB 環部分に関する構造活性相関研究を 行うことにした。全合成の過程で生じた合成中間体を用いて比較的容易に合成可能な,C21–C67 ア ナログ、C20–C67 アナログ、提出構造型 C21–C67 アナログ、C43 エピマー型 C21–C67 アナログと いう 4 つの人工アナロ分子を設計し,全合成の際と同様の手法にてそれぞれ合成を行った。合成し た 4 種の人工アナログ分子および,既に合成済みであった C31–C67 アナログの抗真菌活性試験を, aspergillus niger に対するペーパディスク法によって行った。その結果,ポリオール部分を一部省略 した C21–C67 アナログおよび C20–C67 アナログの MIC はそれぞれ 20 μg/disk と 52μg/disk であり,天然物のMIC 値 8 μg/disk に匹敵する強い抗真菌活性を有することが明らかになった。本成果は AM3 の人工類縁体が天然物と同等の抗真菌活性を示した初の例となった。一方で,より小さい構造を持 つ C31–C67 アナログは一切活性を示さず,C21–C31 付近の構造が AM3 の抗真菌活性に重要な役割 を持つことが示唆された。さらに,AB 環部分の絶対配置を一部反転させた,提出構造型 C21–C67 アナログおよび,C43 エピマー型 C21–C67 アナログにおいても抗真菌活性は観測されなかった。従 って,AM3 の A 環部分および,C43 位付近の構造も抗真菌活性に重要な役割を持つことが明らかに なった。また,得られた結果に基づいて,AM3 の作用機構について考察を行った。AM3 は生体膜 に作用し,ポリオール部分が生体膜を貫通した barrel-stave 型または,ポリオール部分が生体膜表面 と相互作用する toridal 型の細孔を形成することで抗真菌活性を発現すると考えられている。今回開 発した C21–C67 アナログは天然物と同等の抗真菌活性を有する一方で,そのポリオール部分が短く,生体膜を貫通することが困難であると考えられる。従って,AM3 の抗真菌活性は toridal 型の細孔形 成によって引き起こされる可能性が高いことが明らかになった。