Nasally administered Lactococcus lactis secreting heme oxygenase-1 attenuates murine emphysema
概要
1.序論
慢性閉塞性肺疾患(Chronic obstructive pulmonary disease;COPD)は,たばこ煙を代表とする毒性物質の長期間にわたる吸入曝露が起因となり,慢性的な気道症状と気流制限が引き起こされる炎症性肺疾患である(Chinai et al 2019).肺気腫は,気道リモデリングと肺胞壁の破壊により生じるCOPDにおける病型の一つである(Sharafkhaneh et al 2008).COPDは世界での死亡原因の第3位を占めているが,基本的には根治となる治療法が存在せず,予防のためには病因となる酸化ストレスや炎症性メディエーターへの曝露を避けるために禁煙などの原因物質の吸入曝露を回避することが必要となる(World Health Organization 2020)(Terzikhan et al 2016).
ヘムオキシゲナーゼ-1(Heme oxygenase-1;HO-1)はヘムの分解を触媒し,ビリベルジンや鉄,一酸化炭素を生成し,これら分解産物を介するなどして抗炎症・抗酸化作用などをもたらす(Tenhunen et al 1968).HO-1はこれらの作用により酸化ストレスや炎症からの組織障害に対する防御機構に関連していると考えられており,COPD発症メカニズムとの関連も示唆されている(Fredenbugh et al 2007).実際,COPD患者において血清HO-1値の低下やHO-1投与による肺の炎症抑制効果も報告されている(Sato et al 2006)(Otterbein et al 1999).
乳酸菌は食品の発酵での利用やプロバイオティクスとしての利用で古くから人類の健康に寄与してきたが,その安全性や経済性,遺伝子組換え技術や生体への投与方法の簡便さなどから様々な遺伝子組換え乳酸菌が開発されてきた.さらに特定タンパク質の産生だけでなく,その運搬体としても利用が試みられてきている(Gareau et al 2010)(de VOS et al 2011).遺伝子組換え乳酸菌の利用による粘膜への特定タンパク質の到達は,全身性の有害事象を伴わず局所での効果を最大化できると期待されている(Cano-Garrido et al 2015).遺伝子組換え乳酸菌を利用した治療法はヒトを対象とした臨床試験も行われている(Daniel et al 2011).
Shigemoriらは,HO-1を分泌する遺伝子組換え乳酸菌を開発し,経口投与による腸内での外因性HO-1の高発現と炎症性腸疾患モデルにおける治療効果を報告している(Shigemori et al 2015).肺疾患における局所療法としての吸入療法は,現在COPDの標準的治療となっており,本研究では肺へのHO-1到達を目的に遺伝子組換え乳酸菌を使用した治療方法を開発し,HO-1を分泌する遺伝子組換えLactococcus lactis(HO-1 lactis)のマウスへの経気道的な投与による安全性と治療効果を検証した.
2.実験材料と方法
8-9週齢のBALB/cマウスを用いて,Lactococcus lactis(L. lactis)の経鼻投与による全身性・局所的な影響の評価を行った.また,ブタ膵エラスターゼ(Porcine pancreatic elastase;PPE)を経気道的に投与することにより作製した肺気腫モデルマウスを用いて,HO-1 lactisの予防的な経鼻投与による,局所的または全身性の影響や肺内・血清内でのHO-1の発現を解析し,また治療効果について生理的・形態学的に解析を行った.解析にあたり,対照群として,非肺気腫モデルマウスと無治療肺気腫モデルマウス,HO-1をコードしない遺伝子組換えL. lactisを投与した肺気腫モデルマウスを設定した.
3.結果
マウスへのHO-1 lactis経鼻投与により,投与後48時間に最大となる体重減少が見られたが,生存率や最終的な体重に影響は与えなかった.また,投与後48時間をピークとし,120時間まで持続する肺内での外因性のHO-1発現を観察された.肺気腫モデルマウスに対する予防的なHO-1 lactisの点鼻投与でも,肺内での外因性のHO-1の発現が検出され,さらに血清中のHO-1値の上昇も検出された.
また,HO-1 lactisの予防的投与により,PPE投与後に出現した好中球を主体とする気道内の細胞数増多や,ケモカイン(Keratinocyte chemoattractant)の増加,サイトカイン(Interleukin-10)の減少はそれぞれ抑制された.
肺気腫モデルマウスにおけるHO-1 lactis予防投与の治療効果としては,体重減少を抑制した他,形態学的な評価においては肺気腫形成の抑制が観察され,また呼吸機能においては肺の組織抵抗低下と組織弾性低下が抑制された.
4.考察
HO-1 lactisの経鼻投与の安全性が示唆された.また,HO-1 lactis経鼻投与後の肺内・血清内でのHO-1高発現が示された.また,HO-1の高発現により,PPE投与後の気道内での炎症細胞誘導が抑制され,その結果,肺気腫の形成・進展が抑制されたと考えられた.
本研究では,遺伝子組換え乳酸菌の経気道投与の安全性と肺疾患に対する治療効果が示唆された.遺伝子組換え乳酸菌は,経気道投与により標的臓器である肺へ治療物質を直接到達させ、それに引き続き治療物質が全身循環することにより治療効果を示し,COPDをはじめとする炎症性肺疾患治療に対する吸入療法や点鼻療法へ応用できる可能性がある.