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大学・研究所にある論文を検索できる 「新規ストレス応答性チェックポイントキナーゼMARK3の同定と高異型度卵巣漿液性がんにおける機能異常に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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新規ストレス応答性チェックポイントキナーゼMARK3の同定と高異型度卵巣漿液性がんにおける機能異常に関する研究

町野, 英徳 東京大学 DOI:10.15083/0002005107

2022.06.22

概要

序文
高異型度卵巣漿液性がんは、卵巣がんによる死亡者数の70−80%を占める最も悪性度の高い組織型である。この組織型の内、約半数の相同組み換え修復異常を有するサブタイプにはプラチナ製剤やPARP阻害剤が奏功するが、残りの半数の相同組み換え修復異常を有さないサブタイプは高頻度に化学療法抵抗性を示すため、新しい治療法の開発が求められている。

高異型度卵巣漿液性がんには、ほぼ全例にTP53の不活性化型変異と約2/3にRB1経路の機能異常が認められ、化学療法抵抗性を示すサブタイプには高頻度にCCNE1増幅が発生する。これらのゲノム異常は細胞周期のG1/S期チェックポイントを破綻させ、高異型度卵巣漿液性がんの活発な細胞増殖を可能にしていると考えられる。一方で、TP53変異をもつがん細胞は代償性にATR-CHEK1経路によるDNA損傷応答性G2/M期チェックポイントを活性化させていると考えられており、このような状況で高異型度卵巣漿液性がんがG2/M期チェックポイントを回避している分子機構は十分には解明されていない。

LKB1はPeutz-Jeghers症候群の原因遺伝子として知られるがん抑制遺伝子であり、AMPKとAMPK-related kinaseを活性化する機能をもつ。MARK3はAMPK-related kinaseに分類され、CDC25Cのリン酸化を介してG2/M期停止を誘導するとされる。LKB1-MARK3経路による細胞周期制御の機序について検討した報告は非常に限られており、がん細胞における役割も不明である。本研究では、高異型度卵巣漿液性がんでLKB1-MARK3経路の分子が発現抑制されていることを示し、その臨床的意義を検討したい。

方法
公的データベースを利用して、高異型度卵巣漿液性がんと正常卵巣組織の遺伝子発現データを含む複数のコホートGSE18521、GSE26712、TCGA、GTExの統合解析を実施した。東京大学医学部附属病院および国立がん研究センターで手術により採取された高異型度卵巣漿液性がんの腫瘍検体を用いてRT-qPCR、免疫組織化学染色を行った。Western blottingで蛋白発現解析を行った。MARK3をDoxycycline(DOX)誘導性に強制発現あるいはknockoutする細胞株を作成し機能解析に用いた。Colony formation assayとCell viability assayでinvitroにおけるMARK3の腫瘍増殖抑制効果を評価した。RNA-seq解析を行い、卵巣がん細胞株OVCAR3にMARK3を強制発現させた際の発現変動遺伝子を抽出し、KEGG pathway解析、Gene ontology(GO)解析、Ingenuity pathways analysis(IPA)を実施した。リン酸化モチーフ解析を行い、MARK3の新規基質候補を同定した。リコンビナントのMARK3とCDC25Bを用いてin vitro kinase assayを実施した。

EGFPタグ付加CDC25B野生型とS323A変異型の発現ベクターを作成し、MARK3強制発現によるCDC25Bの細胞局在の変化を評価した。MARK3DOX-inducibleOVCAR3を用いてマウス皮下移植実験を行い、in vivoにおけるMARK3の腫瘍増殖抑制効果、血管新生阻害効果を評価した。

結果
(1)遺伝子発現解析による高異型度卵巣漿液性がん関連遺伝子MARK3の同定
高異型度卵巣漿液性がんが低点突然変異と高コピー数変化のゲノムプロファイルをもつことに着目し、遺伝子発現解析による新規がん関連遺伝子のスクリーニングを実施した。Human ovarian surface epithelium (HOSE)とHigh-grade serous ovarian carcinoma (HGSOC)のマイクロアレイデータを保有する二つの独立したコホートGSE18521(HOSE10検体、HGSOC53検体)、GSE26712(HOSE10検体、HGSOC185検体)を解析に使用した。二つのデータセット間で重複して出現する発現変動遺伝子の内、TCGAコホートで遺伝子発現量と臨床予後の間に有意な相関が認められる遺伝子を抽出したところ、BNC1とMARK3が同定された。

BNC1とMARK3はいずれも高異型度卵巣漿液性がんで発現抑制されていた。BNC1が主にプロモーター領域のDNAメチル化によって発現抑制されているのに対し、MARK3はコピー数減少とヒストン脱アセチル化酵素を介したエピジェネティック制御によって発現抑制されていると考えられた。MARK3の発現低下は無増悪生存期間の短縮、プラチナ抵抗性の獲得と相関しており、がんの高悪性度に寄与している可能性があるため、以後の研究ではMARK3の詳細な機能解析を実施することに決定した。

最初に、insilico解析の再現性を検証した。正常組織(卵管、卵巣)と腫瘍組織を用いてRT-qPCRと免疫組織化学染色を行い、MARK3が正常組織と比較して腫瘍組織で発現低下していることを確認した。多くの卵巣がん細胞株でもMARK3の遺伝子発現量、蛋白発現量は低下していた。

(2)高異型度卵巣漿液性がんにおけるMARK3の抗腫瘍効果
MARK3の腫瘍増殖抑制効果を評価するためColony formation assayとCell viability assayを行った。MARK3DOX-inducibleOVCAR3とMARK3DOX-inducibleCaOV3では、MARK3の強制発現に応じて腫瘍増殖が有意に抑制された。

MARK3が卵巣がん細胞に与える影響を網羅的に解析するため、RNA-seq解析を行い、OVCAR3にMARK3を強制発現させた際の発現変動遺伝子(発現上昇1687個、発現低下1885個)を抽出した。発現低下遺伝子群の解析では、KEGG pathway解析でCell cycle経路が、GO解析ではcell-cell adhesion、cell proliferation等の機能が抽出された。発現上昇遺伝子群の解析では、KEGG pathway解析でLysosome経路が、GO解析ではextra cell ularmatrix organization、translational initiation等の機能が抽出された。以後の研究では、MARK3がこれらの経路や機能に影響する機序を探索することにした。

(3)MARK3の新規基質の発見とストレス応答の証明
MARK3の新規基質を同定するために、MARK3の既知基質のアミノ酸配列情報を利用してリン酸化モチーフ解析を行い、11種類の未報告の基質候補を同定した。MARK3はCDC25Cをリン酸化してその核内移行を阻害することが知られていたが、今回の解析ではCDC25C(serine216)に加えてCDC25B(serine323)が新規基質候補として抽出された。MARK3はCDC25BとCDC25Cの両方を阻害することでG2/M期移行を全般的に制御している可能性があるため、MARK3によるCDC25Bの制御について機能解析を行うことにした。

リコンビナントのMARK3とCDC25Bを用いてin vitro kinase assayを実施したところ、MARK3のキナーゼ活性依存的にCDC25Bserine323のリン酸化が増強した。また、MARK3を強制発現させた細胞内環境でもCDC25Bserine323のリン酸化が増強した。EGFPタグ付加CDC25B野生型とS323A変異型の発現ベクターを作成し、MARK3DOX-inducible293Tにトランスフェクションして、MARK3の強制発現によるCDC25Bの細胞局在の変化を評価したところ、CDC25B野生型ではMARK3の強制発現によって核内局在が減少し、細胞質局在が増加したが、CDC25BS323A変異型ではこの変化は認められなかった。MARK3自体は主に細胞質に局在しているため、MARK3はCDC25Bserine323をリン酸化してCDC25Bの核内移行を阻害する機能をもつと考えられた。次に、各種のストレス誘導物質(DNA損傷、蛋白合成阻害、小胞体ストレス、酸化ストレス、サイトカイン)を用いたスクリーニングを行い、ストレスに対するMARK3の活性化機序を探索したところ、蛋白合成阻害剤Anisomycinと小胞体ストレス誘導物質Thapsigarginに反応してMARK3が活性化することが明らかになった。MARK3を活性化させる上流因子を同定するために、ストレス応答性キナーゼの阻害実験を行ったところ、MARK3の直接的な活性化キナーゼLKB1またはストレス応答性キナーゼp38を阻害した場合に、Anisomycinに応答するMARK3の活性化が生じなくなった。MARK3のknockoutは卵巣がん細胞に対するAnisomycinとThapsigarginによる抗腫瘍効果を増強した。以上の結果から、MARK3は蛋白翻訳制御の異常に関わるストレスに応答してp38によるシグナル伝達とLKB1依存的に活性化するチェックポイントキナーゼであると考えられた。

(4)MARK3がHippo signalingに与える影響の検討
LKB1-MARK3経路がMST1/2等のがん抑制遺伝子と相互作用してHippo signalingに関与することは複数の先行研究が示していたが、その効果としてHippo signalingを促進するのか抑制するのかという点については結論が一致していなかった。本研究で実施したRNA-seq解析では、卵巣がん細胞に対するMARK3の強制発現に伴い細胞間接着や細胞外マトリックス等、Hippo signalingと関連が深い経路が影響を受けることを示していた。MARK3はHippo signalingの活性化を介して卵巣がん細胞に抗腫瘍効果を及ぼしている可能性があり、この仮説を検証することにした。

Hippo signalingによって発現抑制される遺伝子セットHippo signature genesを公的データベースから取得した。卵巣がん細胞にMARK3を強制発現した際に出現した発現変動遺伝子群の中でHippo signature genesの分布を確認すると、Hippo signature genesは上位の発現低下遺伝子群に強く濃縮していることが明らかになった。IPA解析では、MARK3の強制発現に伴いMYCの機能的阻害や、Hippo signalingによって不活性化されるYAP/TAZ、TEAD等の機能的阻害が生じていることが示された。Western blottingで検証を行い、MARK3の強制発現によってYAPの阻害的リン酸化が増強すること、MYCや代表的なHippo signature genesであるCTGFの蛋白発現量が減少することを確認した。MARK3DOX-inducibleOVCAR3を用いてマウス皮下移植実験を実施し、MARK3が腫瘍増殖抑制効果と血管新生阻害効果を示すことを確認した。

結論
高異型度卵巣漿液性がんでLKB1-MARK3経路の分子が発現抑制による機能異常に陥っていることを見出した。

MARK3は既知基質CDC25Cserine216に加えて、新規基質CDC25Bserine323をリン酸化してCDC25Bの核内移行を阻害することを同定した。MARK3は蛋白合成阻害剤AnisomycinによってLKB1とp38依存的に活性化し、この他、小胞体ストレス誘導物質Thapsigarginによっても活性化した。MARK3のknockoutは卵巣がん細胞に対するAnisomycinとThapsigarginの抗腫瘍効果を増強した。以上から、LKB1-MARK3経路は蛋白翻訳制御の異常に関わる代謝性ストレス応答性G2/M期チェックポイントを構成していると考えられた。

LKB1-MARK3経路が細胞質で代謝性ストレス応答性にCDC25familyをリン酸化してG2/M期停止を誘導する機序と、ATR-CHEK1経路が核内でDNA損傷ストレス応答性にCDC25Cをリン酸化してG2/M期停止を誘導する機序は対称的である。これらの経路はそれぞれの細胞分画から発生するストレスに対して独立したG2/M期チェックポイントを構成して、細胞周期制御の効率的な機能分担を行っている可能性がある。

MARK3は卵巣がん細胞においてYAPの核内移行を阻害してCTGFやMYC等のがん促進因子を含むHippo signalingの下流遺伝子の発現を抑制した。LKB1-MARK3経路はHippo signalingを活性化して生体内で卵巣がんの増殖・血管新生を阻害する可能性がある

高異型度卵巣漿液性がんにLKB1-MARK3経路の分子に発現抑制が生じていることは、蛋白翻訳制御の異常に関わる代謝性ストレス応答性G2/M期チェックポイントが脆弱化していること、Hippo signalingが不活性化して腫瘍増殖・血管新生が促進されていることを示唆している。LKB1-MARK3経路に機能異常があるがん細胞に対しては、代謝性ストレスへの脆弱性を標的として合成致死を誘導する治療法や、Hippo signalingの下流遺伝子に対する標的治療の有効性が期待される。

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