Optimal conditions for graft survival and reinnervation of denervated muscles after embryonic motoneuron transplantation into peripheral nerves undergoing Wallerian degeneration
概要
【緒言】
下位運動ニューロン疾患では、脱神経された骨格筋の筋萎縮が進行し、不可逆的な変性を引き起こす。骨格筋の萎縮を防ぐには早期の再神経支配が必要だが、中枢神経系の複雑な神経ネットワークを再構築することは容易ではない。我々は、末梢神経内に幹細胞移植を行い、中枢神経系との連続性を必要としない運動機能再建を目指している。これまでにワーラー変性を生じた末梢神経内に胚性運動ニューロンを移植することにより脱神経された骨格筋の萎縮を予防し、これを機能的電気刺激と組み合わせることで機能的筋収縮が得られることを報告してきた。末梢神経損傷においては、脱分化したSchwann細胞が軸索再生の中心的な役割を果たすが、損傷から時間が経過するとSchwann細胞は徐々に萎縮し、神経再生をサポートする能力が低下する。末梢神経内への幹細胞移植においても、移植のタイミングが遅れると機能的再神経支配に影響を及ぼすことが予想されるが、その詳細は明らかではない。本研究では、末梢神経内に移植した運動ニューロンが生き残り、神経を再生し、筋萎縮を予防するのに適した条件を明らかにすることを目的とした。
【方法】
実験動物として成体(8週齢)のF344/NSlcラットを使用し、両坐骨神経を大腿部で切断した脱神経筋モデルを作成した。脱神経期間をずらすため、神経切断後0週・1週・4週・8週・12週および24週経過した脱神経筋グループを準備し、各グループに6匹ずつのラットを振り分けた。胎生14日の胎児ラットから採取した脊髄前角由来の運動ニューロン(1.0×10⁶cell)を含む培養液10µlを左後肢の総腓骨神経断端に注入移植した(transplantation群)。右後肢には細胞を含まない培養液10µlを注入移植した(surgical control群)。移植後3ヶ月の運動機能評価として前脛骨筋の筋収縮力を測定した。また、移植部の形態・神経筋接合部の形態・筋湿重量・再生軸索数を組織学的に評価した。移植環境の経時的変化を確認するため、移植直前に採取した総腓骨神経の組織学的評価も行った。さらに、移植後1年の組織学的評価で移植した運動ニューロンの生存を確認した。蛍光顕微鏡による評価には凍結包埋を用い、電子顕微鏡評価にはEPON包埋を用いた。筋収縮力・筋湿重量・再生軸索数は各グループ間で統計学的に比較した。
【結果】
移植環境の経時的変化を蛍光免疫染色で確認すると、神経切離直後の神経断端はβⅢtubulin陽性の軸索の周囲をS100陽性のSchwann細胞が取り囲む正常の末梢神経の構造であるのに対し、切離後1週では軸索構造が崩壊し、βⅢtubulinの発現が低下していた。一方、S100陽性のSchwann細胞は著明に増殖し、ワーラー変性が生じていた。S100の発現はSchwann細胞数の減少を反映して経時的に低下し、切離後12週、24週では消失していた。移植後3ヶ月で結節状に腫大した細胞移植部を蛍光免疫染色で観察すると、脱神経期間が短い1週グループでは、βⅢtubulin陽性のニューロンはGFAP陽性のアストロサイトに埋もれるように存在しており、移植細胞から分化した中枢性グリアがニューロンの生存に関与しているようであった。一方、脱神経期間が長い12週グループでは、GFAP陽性のアストロサイトは減少し、孤立して存在するニューロンが確認された。Naïveやsurgical controlグループではβⅢtubulin、GFAPともに発現はみられなかった。生存するニューロン数は脱神経期間が長いと減少したが、移植後1年経過してもニューロンは生存していた。電子顕微鏡を用いた評価では、生着したニューロンとともに基底膜を持つSchwann細胞、基底膜を持たないグリア細胞を確認した。再生軸索の中には厚いミエリン(基底膜を持つ)に包まれたものと、薄いミエリン(基底膜を持たない)に包まれたものの2種類が存在し、中枢性グリアと末梢性グリアの双方の関与が示唆された。各移植群で再形成された神経筋接合部を組織学的に評価すると、α-Bungarotoxinによって標識されたアセチルコリン受容体クラスターは、脱神経期間が短い0週・1週・4週グループではクラスター分類でpretzel phenotypeが主体であるのに対し、8週以降のグループではplaque phenotypeが主体であり、形態学的未熟性が示唆された。Transplantation群の筋湿重量はsurgical control群と比較して、1週(0.042±0.0031%BW vs. 0.032±0.0020%BW; p=0.009)、4週(0.044±0.0069%BW vs. 0.026±0.0045%BW; p=0.0023)、8週(0.044±0.0029%BW vs. 0.026±0.0008%BW; p=0.0023)で有意に大きく、移植細胞による筋萎縮の抑制効果を認めた。再生軸索数は1週(1251±623)で最大であり、8週(236±130)、12週(191±122)、24週(127±123)と比較して有意に多かった。移植後3ヶ月の運動機能評価において、前脛骨筋の強縮力(10V,120Hz,300ms)は1週グループで最大であり、脱神経期間が延長するにつれて減少した。Naïveに対する割合は0週:3.79%、1週:18.99%、4週:8.05%、8週:6.30%、12週:5.80%であった。
【考察】
末梢神経内への幹細胞移植において、神経切離から時間経過するとともに移植環境は変化した。切離後1週ではワーラー変性により脱分化したSchwann細胞が増殖していたが、時間経過とともに減少・消失した。これを反映するかのように、移植後の再生軸索数・筋収縮力は切離後1週で最大であり、脱神経期間が長くなるにつれて低下した。最適な移植時期は、神経切断後1週と考えられた。一方で、筋萎縮の予防効果は切離後8週まで得られた。再神経支配された前脛骨筋の筋力は脱神経期間が長くなるにつれて減少したが、過去の報告によれば歩行に必要な下肢筋力は最大筋力の5%程度であるため、切離後12週の移植においても歩行可能なレベルの筋収縮力が得られたといえる。また、切離後24週の移植においても運動ニューロンは生存し、軸索再生することが組織学的に確認できており、移植のtime windowが広がる可能性を示唆する結果であった。移植した運動ニューロンがどのように生存し、軸索を再生し、脱神経筋を再神経支配するかの詳細は明らかではない。今回移植した胚性運動ニューロンには運動ニューロン以外にも神経前駆細胞が含まれている。移植後の神経前駆細胞から分化した中枢性グリア細胞が運動ニューロンの生存に影響を与えたかもしれない。しかし、本研究の結果では中枢性グリア細胞が減少した環境でも移植した運動ニューロンが生存しており、シュワン管に移植された運動ニューロンの生存をサポートするものが他にある可能性を示唆していた。これらの細胞分子学的メカニズムの解明が、細胞移植療法における機能回復の改善のためのkey factorとなる可能性があり、今後の課題である。
【結論】
ワーラー変性を生じた末梢神経内への胚性運動ニューロンの移植において、移植細胞の生存と脱神経筋の再神経支配に最適な条件を検討し報告した。機能的な観点から、移植のタイミングは神経切離後1週が最適であった。筋萎縮を抑制する効果は神経切断後8週まで維持され、再神経支配された筋の収縮力は歩行可能なレベルであった。本結果は、再生医療において移植細胞を準備するためのtime windowを広げる可能性を示唆する。また、本法が現在の治療では回復することが期待できない麻痺筋の再建アプローチとして役立つことが期待される。