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大学・研究所にある論文を検索できる 「がん化学療法施行患者における血清チアミン値低下と初期の精神神経症状の発症要因に関する観察研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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がん化学療法施行患者における血清チアミン値低下と初期の精神神経症状の発症要因に関する観察研究

飯村 洋平 東京薬科大学

2022.07.13

概要

血清チアミン値の低下は記憶障害、認知機能障害、気分障害やうつ症状といった様々な精神神経症状を誘発することが知られている。がん化学療法施行患者においては、主にがん細胞の細胞代謝促進によるチアミン消費促進、がん化学療法薬によるチアミンの消費促進や不活性化によって血清チアミン値が低下しやすい傾向にあるが、血清チアミン値を低下させる因子として以下が報告されている。①5-FU がチアミンから活性型チアミンへの転換を阻害し、チアミンの活性低下を起こす。②シクロホスファミドまたはその代謝物クロロアセトアルデヒドが活性型チアミンであるチアミンピロリン酸やチアミン二リン酸と競合し、結果的にチアミンの活性が低下する。③がん細胞の亢進した細胞代謝によりチアミンの消費が促進する。④がん化学療法誘発性の悪心嘔吐や、消化管機能障害による摂食不良によりチアミン摂取量が低下する。上記により、がん化学療法施行患者は血清チアミンの低下、活性低下が起こりやすく、脳の神経細胞に様々な障害が生じうる。つまり、チアミンの欠乏は視床、中脳の下丘、乳頭体、内側膝状核、前庭神経内側 核、下オリーブ核、前頭皮質、海馬、視床下部といった脳の特定の部位に障害をもたらし、多様な精神神経症状を発症させうる。

これまで、チアミン関連精神神経症状に関する報告はウェルニッケ・コルサコフ症候群やうつ症状を主とした深刻なチアミン欠乏により誘発される重度の精神神経障害に限定されており、血清チアミン値低下による初期(疾患として診断に至らない)の精神神経症状について検討した報告はない。我々は、東京大学医科学研究所附属病院(以下、当院)において、血清チアミン値の軽度低下にともなう認知機能低下とその後の血清チアミン値の回復で認知機能回復を呈した胃がん化学療法施行中の高齢患者や、チアミン関連精神神経症状(うつ、攻撃傾向、服薬アドヒアランス低下など)を呈したがん化学療法施行患者を複数症例経験した。上記より、「がん化学療法施行患者は軽度の血清チアミン値低下による初期の精神神経症状を呈するリスクがある」という仮説を立て、当院ではがん化学療法を施行する患者に対して血清チアミン値を日常臨床で測定することとした。本研究は、当仮説を明らかとするためにがん化学療法施行患者の血清チアミン値をモニターし、初期の精神神経症状と血清チアミン値の関連について検討する目的で行った。

図 がん・がん化学療法がチアミンに与える影響と精神神経症状の関係

第1章 消化器がん化学療法施行患者における血清チアミン値と精神神経症状発現リスクの検討当院において 2012 年 1 月から 2018 年 12 月の期間に消化器がんと診断され、がん化学療法施行中に血清チアミン値が測定された患者 30 名を対象とした。血清チアミン値と精神神経症状の有無および精神神経症状(認知機能低下、注意力低下、気分障害)発現のリスク因子について単施設後方視的観察研究を実施した結果、血清チアミン値の低下が、精神神経症状発現のリスク因子として検出された(odds ratio = 0.018, 95% CI: 0.0004 – 0.8333, p = 0.04)。また、精神神経症状を呈した患者群(レスポンス群)は呈さなかった患者群(ノンレスポンス群)と比べて、血清チアミン値が有意に低かった(The median thiamine serum levels: 18.5 (15-31) ng/mL vs 29(21-62) ng/mL, p<0.01:Mann-Whitney U-test)。なお、レスポンス群の血清チアミン値が基準値の 24ng/mL 以下を示した患者 11 名の背景について検討したところ、5-FU を含むレジメンによるがん化学療法が施行された患者及び血清アルブミン値が低栄養に該当する 3.5mg/dL 未満であった患者がそれぞれ 9 名(81.8%)、7 名(63.6%)であった。この結果より、消化器がん化学療法施行患者において血清チアミン値の低下と初期の精神神経症状の関連が示唆された。また、血清チアミン値低下と精神神経症状発症は 5-FU によるチアミン消費促進と活性低下、アルブミン値の低下よる栄養状態の悪化が関連要因となりうることが示唆された。

第2章 血液がん化学療法施行患者における血清チアミン値と精神神経症状発現リスクの検討

当院において、2019 年 3 月から 2020 年 3 月の期間に血液がんと診断され、がん化学療法施行中に血清チアミン値が測定された患者 42 名を対象とした。血清チアミン値と精神神経症状の有無および精神神経症状発現のリスク因子について単施設後方視的観察研究を実施した結果、同様に血清チアミン値の低下が、精神神経症状発現のリスク因子として検出された(odds ratio = 0.015, 95% CI: 0.001–0.180, p<0.01)。精神神経症状の有無により、レスポンス群はノンレスポンス群と比べて、血清チアミン値が有意に低かった(17 (12-42) ng/mL vs 25 (11-96) ng/mL ,p<0.01:Mann-Whitney U-test)。なお、レスポンス群の血清チアミン値が基準値の24ng/mL 未満を示した患者 19 名の背景について検討したところ、シクロホスファミドを含むレジメンによる化学療法が施行された患者及び血清アルブミン値が低栄養に該当する 3.5mg/dL 未満であった患者がいずれも 9 名(42.1%)であった。この結果より、血液がん化学療法患者においても血清チアミン値と初期の精神神経症状の関連が示唆された。また、シクロホスファミドの代謝物クロロアセトアルデヒドによるチアミン活性低下、低栄養状態が血清チアミン値の低下と精神神経症状発症の関連要因となりうることが示唆された。

第3章 消化器がんおよび血液がん化学療法施行患者における血清チアミン値の変動と精神神経症状の発症時期、発症リスク要因に関する検討

当院において、2018 年 1 月から 2020 年 3 月の期間に消化器がんまたは血液がんと診断され、がん化学療法施行中に血清チアミン値が測定された患者 87 名を対象とした。単施設後方視的観察研究を実施した結果、血清チアミン値の低下が、精神神経症状発現のリスク因子として検出された(odds ratio = 0.040, 95% CI: 0.010-0.163, p < 0.01)。精神神経症状の有無により、レスポンス群はノンレスポンス群と比べて、血清チアミン値が有意に低かった(18 (12-42) ng/mL vs 28 (11-96) ng/mL , p < 0.01:Mann-Whitney U-test)。
ケモナイーブ患者 29 名を対象に初回がん化学療法開始後の血清チアミン値の推移と精神神経症状の発現頻度に関してサブセット解析(消化器がん 10 名、血液がん 19 名)を行った。血液がん患者において、血清チアミン値は初回がん化学療法開始後 5-8 週で有意に低下した(28.8 ± 11.1ng/mL, vs 23.5 ± 7.6ng/mL, p=0.035,:Wilcoxon rank sum test )。精神神経症状の発現頻度 は 1-4 週目が最も高かった。消化器がん患者においては、初回がん化学療法開始時点からの特徴的な血清チアミン値の変化はみられなかった。精神神経症状の発現頻度は、17-20 週が他の期間と比較して高かった。更に、精神神症状を呈し、データ欠損のない患者 13 名に限定して検討を行った結果、血液がん患者(n=8)においては、化学療法開始 4 週後に血清チアミン値が最も低下(19.3 ± 6.8ng/mL)し、全患者で同時期に精神神経症状を発症した。消化器がん患者(n=5)においては化学療法開始 24 週後に血清チアミン値が最も低下(17.6 ± 2.1ng/mL)し、4 名(80.0%)の患者が 20-24 週後に精神神経症状を発症した。精神神経症状発症時期の相違は、消化器がん患者では原病による消化管機能障害は徐々に進行する場合が多いことが、血液がんでは異常な細胞代謝亢進が行われる腫瘍と、がん化学療法による更なる細胞代謝促進によるチアミンの急速な消費促進が起因したと考えられる。

チアミン低下による精神神経症状発症のリスク因子に関する検討から薬剤性(5-FU、シクロホスファミド)である可能性が示唆された。5-FU、シクロホスファミドを含むレジメンを施行した患者群(5-FU 群; n=41/CPA 群; n=14)とそれらの薬剤を含まないレジメンを施行した患者群(non-5-FU 群; n=4/non-CPA 群; n=28)で血清チアミンの低下率を比較したところ、5- FU 群とCPA 群がそれぞれ、non-5-FU 群、non-CPA 群よりチアミン低下率が有意に大きかった(消化器がん:5FU 群 vs non-5FU 群; 44.0 ± 23.4% vs 9.8 ± 3.1%, p=0.014、血液がん: CPA 群 vs non-CPA 群; 47.9 ± 25.0% vs 26.8 ± 16.2%, p=0.005, Mann-Whitney U-test)。ま た、レジメンの投与スケジュールは、消化器がん患者で 1 日目からの 5-FU46 時間持続静脈注射を 2 週間に 1 回繰り返すレジメン(FOLFOX、FOLFIRI 関連レジメン)が多く(20 名: 44.4%)、血液がん患者で 1 日目のシクロホスファミド静脈注射を 3-4 週間に 1 回繰り返すレジメン(CHOP、LSG15 関連レジメン)が多かった(9 名:21.4%)。投与スケジュールの相違によって消化器がん患者においては、5-FU の繰り返し持続投与により、休薬期間中にチアミンの補充が追い付かず遅発期の精神神経症状の発症に、血液がん患者においては、シクロホスファミド血中濃度急上昇による急激なチアミン活性低下が早期の精神神経症状に起因すると考えられた。

総括

本研究により、消化器がん、血液がん化学療法施行患者において、軽度の血清チアミン低下と初期の精神神経症状が関連しその要因は特に 5-FU、シクロホスファミドが原因薬剤である可能性が示唆された。また、血液がんにおいては初期に、消化器がんにおいては遅発期に血清チアミン値が低下しやすい傾向であり、適切なチアミンの補充投与が症状改善の一助となる可能性が示唆された。現在、他のがん種を含めた検討と精神神経症状に関する客観的評価指標を用いた前向き研究を計画している。

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