アルキニルヌクオチドおよび当該残基を有する人工DNAの核酸関連酵素に対する適合性評価
概要
近年、DNA の遺伝文字として機能する第3の核酸塩基対(人工塩基対)を創成する研究が急速に進展している。これまでに人工塩基を組み込んだ核酸アプタマー、さらには人工塩基対を複製して世代継承できる細菌も作られるようになった。天然酵素を騙して人工塩基対を生命に組み込めることを示した画期的な成果である。しかしこのような研究において、人工塩基対の導入は全 DNA 配列中の1カ所がほとんどであり、多くてもせいぜい数カ所に限られている。これは、それら人工塩基の主たる対合の駆動力が非特異的な疎水性相互作用であることに起因する。すなわち、DNA 中に共存する大多数の天然塩基が水素結合で厳密に相補鎖中の対塩基を選別しているからこそ、それら人工塩基対の存在が許容されているに過ぎない。
上記背景のもと、申請者の所属する研究室では、4種の人工塩基(D*、T*、G*、C*)からなるアルキニルヌクレオチドを開発してきた(図1a)。これらの人工塩基は、相補的な水素結合様式で D*/T* および G*/C* 塩基対を選択的に形成する。そのため、配列の全てが人工ヌクレオチドで構成される DNA(全人工 DNA)でさえ、人工/人工の二重らせんを構築できる。このように本人工 DNA は、天然 DNA と物理・化学的な相似性を有するため、当該分野における研究をさらに発展させる可能性を持つ。
本学位論文では、4種の核酸関連酵素に対する当該人工 DNA の適合性を調査した。第1章では、末端デオキシヌクレオチド転移酵素に対する適合性評価を行なった。アルキニルヌクレオチドが当該酵素反応の基質として認識され、DNA 鎖が伸長されることを明らかにした。第2章では、DNA リン酸化酵素および DNA 連結酵素に対する適合性を調査し、酵素反応の基質となり得るための骨格的な特徴を明らかにした。第3章では、 DNA 合成酵素への適合性を評価し、DNA 合成酵素に対するアルキニルヌクレオチドの振る舞いを特徴付けた。以下にその詳細を記述する。
第1章 末端デオキシヌクレオチド転移酵素に対する適合性評価 1)
末端デオキシヌクレオチド転移酵素は、鋳型非依存性 DNA ポリメラーゼであり、ヌクレオチド三リン酸を基質として DNA 鎖の3'末端へヌクレオチドを連結し DNA 鎖を伸長する酵素である。
本酵素に対する適合性の評価にあたり、Ludwig らによって報告されている手法を用いてアルキニルヌクレオチド三リン酸(dN*TP、N* はD* やT*) を調製した(図2a)。これらを酵素反応の基質として、天然 DNA 鎖の末端への人工ヌクレオチドの連結反応を評価した
(図2b, c)。酵素反応の結果、天然 DNA 鎖の末端に人工ヌクレオチドが付加されることが判明した。また、この酵素反応によって複数残基の人工ヌクレオチドが連結されたことから、本酵素は人工ヌクレオチドを含む末端部位でさえ、DNA 鎖の末端として認識していると考察される。以上より、アルキニルヌクレオチドは、末端デオキシヌクレオチド転移酵素に対して適合性を示し、天然ヌクレオチドとして誤認されることが判明した。
第2章 DNA リン酸化酵素および DNA 連結酵素に対する適合性評価 2)
DNA リン酸化酵素は、DNA 鎖の5'末端のヒドロキシ基をリン酸化する酵素である。また DNA 連結酵素は、ドナー鎖(5'-リン酸化鎖)とアクセプター鎖(3'-OH 鎖)を基質として、両者間のリン酸ジエステル結合形成を触媒する酵素である。ともに遺伝子工学分野において頻用される核酸関連酵素であるため、これらに対する適合性を評価することは、本人工 DNA を遺伝情報分子として応用する上で重要となる。
DNA リン酸化酵素に対する適合性の評価として、天然 DNA 鎖の5'末端に人工ヌクレオチドを導入した“キメラ型” DNA の酵素的リン酸化について評価した(図3)。人工ヌクレオチドに対して、DNA の化学合成法として一般的であるホスホロアミダイト法を適用し、それぞれのキメラ型 DNA を準備した。酵素反応の結果、いずれの人工ヌクレオチドを導入した場合においても、リン酸化は効率よく進行した(図3a)。さらに、全人工 DNA 鎖を基質とした場合においても、リン酸化が進行することが分かった(図3b)。以上より、アルキニルヌクレオチド残基を有する人工 DNA は、DNA リン酸化酵素に基質として認識されることが判明した。
次に、DNA 連結酵素に対する適合性の評価として、天然 DNA 鎖の連結部位となる末端に人工ヌクレオチドを導入したキメラ型 DNA の酵素的連結を試みた。反応基質としてそれぞれのキメラ型 DNA を用い、天然 DNA の鋳型鎖存在下における酵素的 DNA 連結反応を評価した(図4)。連結反応は概ね良好に進行したが、人工塩基 T* および C* を導入した場合においては連結効率が低かった。申請者は、この原因が塩基対部位のサイズによると考察した(図5)。天然塩基 A および G はプリン環を基本骨格としており、対応する人工塩基 D* および G* のサイズと大きな差異はない(図5a)。一方で、天然塩基 T および C はピリミジン環を基本骨格としているため、対応する人工塩基 T* および C* はそれらの代替塩基としては大きすぎる(図5b)。そこで核酸塩基部位のサイズを調整するため、人工ヌクレオチド T* および C* からアセチレン部位を削除した sT* および sC* を新たに合成した(図1b)。これらを連結部位に導入したキメラ型 DNA の連結反応を評価したところ、連結効率が大幅に改善した(図6)。以上より、DNA 連結酵素による DNA 連結反応の効率は、酵素反応点の塩基対部位のサイズに影響を受けることが判明した。
第3章 DNA 合成酵素に対する適合性評価
DNA 合成酵素は、ヌクレオチド三リン酸を基質として鋳型鎖と相補的なヌクレオチドを伸長鎖に付加する酵素である。本酵素への適合性は、本人工 DNA を PCR を基盤とする様々な応用へと展開する上で必要不可欠である。
本人工塩基は、天然塩基を模倣していることから、対応する水素結合パターンを持つ天然塩基を代替できる可能性がある。そこで、アルキニルヌクレオチドの DNA 合成酵素に対する適合性を調査すべく、人工ヌクレオチド三リン酸(dN*TP)を基質とした酵素的
DNA 伸長反応を評価した。天然 DNA を伸長鎖と鋳型鎖、dN*TP を基質として酵素反応を行ったところ、伸長鎖への人工ヌクレオチドの付加が確認された。すなわち、dN*TPは DNA 合成酵素の基質となり得ることが判明した。
次に、dN*TP の伸長鎖への組み込みについて、鋳型となる天然ヌクレオチド残基に対する選択性を検証した。鋳型となるヌクレオチド残基が異なる4種類の鋳型鎖を用いて、各 dN*TP を用いた場合における速度論評価を行い、酵素反応の効率を示す Vmax/Km を算出した。その結果、dG*TP は鋳型のヌクレオチド残基が C の際、dC*TP は G の際に、酵素反応の効率が最も良いことが分かった。以上から、dG*TP および dC*TP は、その人工塩基の持つ水素結合パターンを反映した選択性により、伸長鎖へ付加されることが判明した。
一方で、dT*TP および dD*TP は、それらの持つ人工塩基の水素結合パターンから想定される選択性を示さなかった。dT*TP は、鋳型のヌクレオチド残基が相補的となる A の場合よりも G の場合に効率が良く、dD*TP は T よりも A の際に効率が良いことが判明した。この理由として、dT*TP は核酸塩基間の水素結合を掛け違った wobble 型の塩基対を形成することが要因として考えられた。その考察を基に、wobble 型の塩基対形成が不利となるよう設計した dK*TP を新たに合成した。この dK*TP について鋳型ヌクレオチド
残基に対する選択性を評価したところ、鋳型となるヌクレオチド残基が A の際に効率よく付加され、狙った選択性を有することが判明した。
本研究では、アルキニルヌクレオチドおよびそれらを残基として有する人工 DNA が、複数の核酸関連酵素の基質となることを見出した。末端デオキシヌクレオチド転移酵素と DNA リン酸化酵素は、なんの問題もなくこれらを基質とした。DNA 連結酵素に対する評価からは、連結反応の効率が核酸塩基対のサイズに大きく影響を受けることが明らかになった。また DNA 合成酵素に対する評価から、人工塩基と天然塩基との水素結合様式が重要であることが分かった。