高透水性セルロース系中空糸膜の開発と医薬品分野への応用
概要
Kobe University Repository : Kernel
PDF issue: 2024-05-08
高透水性セルロース系中空糸膜の開発と医薬品分野
への応用
髙尾, 翔太
(Degree)
博士(科学技術イノベーション)
(Date of Degree)
2023-03-25
(Date of Publication)
2024-03-01
(Resource Type)
doctoral thesis
(Report Number)
甲第8678号
(URL)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100482426
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博士論文
「高透水性セルロース系中空糸膜の開発と
医薬品分野への応用」
2023 年 1 月
神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科
博士課程後期課程(先端膜工学分野)
高尾
翔太
1
目次
第 1 章 序論
4
1.1 研究の背景
4
1.1.1 研究の概要
4
1.1.2 膜開発の歴史
4
1.1.3 ダイセル膜事業の歴史
5
1.2 分離膜の種類
6
1.3 精密ろ過(MF)膜の社会ニーズとダイセル製品ラインナップ
7
1.4 膜材料別の分離膜の製法
8
1.5 熱誘起相分離(TIPS)法の原理
9
1.6 ダイセルの中空糸膜の製法と特徴
10
1.7 セルロース系中空糸膜の課題
12
1.8 本研究の目的と論文構成
14
第 1 章 参考文献
16
第2章
高透水性酢酸セルロースの MF 用の中空糸膜の開発
17
2.1 背景
17
2.2 実験方法
17
2.2.1 材料
17
2.2.2 酢酸セルローストリアセテート(CTA)の溶媒探索
18
2.2.3 CTA の熱分析
22
2.2.4 TIPS 法による CTA 中空糸膜の作製
22
2.3 結果と考察
24
2.3.1 CTA の溶媒探索
24
2.3.2 CTA を用いた TIPS 法の相図
25
2.3.3 高透水性の CTA 中空糸膜の構造及び基本性能
27
2.4 まとめ
32
第 2 章 参考文献
33
第3章
耐薬品性セルロースベンゾエートの MF 用の中空糸膜の開発
35
3.1 背景
35
3.2 実験方法
36
3.2.1 材料
36
3.2.2 セルロースベンゾエート(CBzOH)の溶媒探索
36
3.2.3 CBzOH の熱分析
36
3.2.4 TIPS 法による CBzOH 中空糸膜の作製
36
3.2.5 セルロース系中空糸膜の耐塩素性試験
38
3.3 結果と考察
38
3.3.1 CBzOH の溶媒探索
38
2
3.3.2 CBzOH を用いた TIPS 法の相図
39
3.3.3 耐薬品性の CBzOH 中空糸膜の構造及び基本性能
40
3.3.4 セルロース系中空糸膜の耐塩素性試験
44
3.4 まとめ
45
第 3 章 参考文献
第4章
46
セルロース系中空糸膜の事業化検討
49
4.1 セルロース系膜の新市場展開のビジネスモデル検討
49
4.2 医薬品精製でのセルロース系中空糸膜の新市場展開
49
4.3 ペプチド医薬品製造での課題及び当社膜の参入の可能性
52
4.4 事業戦略(セルロース系中空糸膜のペプチド医薬品への展開)
53
4.4.1 外部環境分析「PEST 分析」
53
4.4.2 外部環境分析「5 フォース分析」
57
4.4.3 内部環境分析「バリューチェーン分析」
58
4.4.4 内部環境分析「VRIO 分析」
59
4.5 ビジネスモデルの構築と開発した膜での更なる市場展開
第 4 章 参考文献
60
61
5 章 結言
62
謝辞
投稿論文
学会発表
64
特許出願
65
65
65
3
第 1 章 序論
1.1 研究の背景
1.1.1 研究の概要
地球は「水の惑星」と言われ、ふんだんに水があるように思われるが、実際に直接利用し
やすい水は限られている。地球上の水の約 97.5%が海水で、淡水は 2.5%にすぎない。しか
も淡水はほとんどが南極や北極の氷であるため、
利用しやすい河川や湖沼などの水は 0.01%
にすぎない。
日本に暮らしていると実感がないが、世界の人口は 2050 年には 90 億人を超える見込み
であり、人口が増大すれば、当然、食料の増産を迫られる。そのために必要な資源は水であ
る。このことからも、21世紀は世界各地で水不足が予想され、世界の水ビジネスの市場規
模は 2025 年に 111 兆円なると言われている 1)。
また水不足の解決手段として、海水の淡水化などが可能な膜法が期待され、盛んに研究さ
れている。この膜法は逆浸透(RO)、ナノろ過(NF)、限外ろ過(UF)、精密ろ過(MF)膜が使わ
れており、既に各社価格競争に入っている。その中で、株式会社ダイセル(以下、当社)では、
1995 年から約 27 年間、酢酸セルロース(CA)の中空糸膜を開発・製造し、浄水、医療関連、
プロセス水分野に販売を行ってきた。しかし、近年、高性能な合成樹脂膜(ポリフッ化ビニ
リデンやポリエーテルスルホンなど)の台頭により、CA 膜の水処理膜市場でのシェアが縮
小してきた。
そこで、当社でも CA 膜の長所である高透水性を活かすために、セルロース系中空糸膜の
短所である耐久性の低さを改良した新規セルロース誘導体の開発を行った。さらに、今回開
発した膜の新たな用途として医薬品精製への事業化検討も行ったので、本論文では、高透水
性酢酸セルローストリアセテートと耐薬品性セルロースベンゾエートの MF 膜の研究開発
の結果及び医薬品分野での事業化検討についてまとめた。
1.1.2 膜開発の歴史
表 1-1-2-1 に膜分離技術発展の主な経緯を示す 2,3)。表 1-1-2-1 より、膜を用いて物質の分
離を行ったのは、
1854 年の Graham による透析現象の発見が最初と言われている。その後、
1907 年には、コロジオン膜による細菌の除去が実施され、1912 年には、ニトロセルロース
系の精密ろ過膜が初めて実験室用として商品化された。
その後、1952 年に米国で制定された塩水法が膜の開発が活発化するきっかけとなり、
1953 年に Reid から RO 膜が提案された。1960 年には、このプロジェクト研究とは別に、
Loeb と Sourirajan によりセルロースアセテートの非対称逆浸透膜が開発され、透水性能
の向上が可能となり、実用化に近づいたと言われている。さらに 1976 年には逆浸透複合膜
の発明により、大幅な透水性の向上を実現し、現在の高性能のナノろ過膜や逆浸透膜の基礎
となっている 4)。一方、UF 膜は、1960 年に Michaels により開発され、1969 年には初め
て UF 膜ろ過装置が市販された。
日本においても、第二次世界大戦後、分離膜の開発研究に化学・化合繊メーカーが RO
膜、UF 膜及び MF 膜用の管状膜や中空糸膜の研究開発を活発に進め、1968 年に MF 膜ろ
過による生ビール製造に成功し、1980 年、同様に MF 膜を使用して生酒製造が開始された
2)。他方で、1970
年頃から血液透析用の中空糸膜の研究開発も活発になり、1971 年にはキ
4
ュプロファン中空糸膜の人口腎臓が市販され、1973 年には RO 膜、UF 膜及び MF 膜を組
み合わせた医薬品用無菌水製造装置が製作された 2)。1980 年頃から海水淡水化以外の用途
として、超純水洗浄工程のファイナルフィルターや自動車・家電製品の電着塗装液回収に使
用され、半導体や自動車・家電工業を支えており、2020 年の現代でも環境負荷の低い省エ
ネルギーに貢献できる一つの手段として、膜分離技術は活用されている。
表 1-1-2-1 膜分離技術発展の主な経緯
年代
人名(団体名)
事項
1854
T.Graham
透析現象の発見
1907
H.Bechhold
コロジオン膜(※1MF 膜)による細菌除去実験
1912
J.T.Abel
ニトロセルロース系膜での MF 膜の商品化
1953
C.E.Reid
※2
1960
S.Loeb,S.Sourirajan
酢酸セルロースの非対称 RO 膜の開発
A.S.Michaels
※3
F.Kill
Kill 型血液透析装置(人工腎臓)の開発
1969
Amicom 社、Abcor 社
UF 膜装置の開発・市販
1970
Dorr Oliver 社、General Motors 社
自動車電着塗装工程に UF 膜を導入
1971
Growley Food 社
酢酸セルロースの※UF 膜でのチーズホエー処理
1974
旭化成㈱
キュプラ製中空糸人工腎臓の開発
1976
North Star 社、UOP 社
合成複合膜による RO 膜モジュールの開発
1978
東洋紡㈱
海水淡水化中空糸型 1 段脱塩 RO 膜モジュール
RO 法の提案
UF 膜の開発
の開発
1981
旭化成㈱
超純水用ファイナルフィルターの開発
1984
三菱レイヨン㈱
中空糸型家庭用浄水器の開発
※1 MF:Microfiltration (精密ろ過)、※2:RO:Reverse Osmosis (逆浸透)
※3 UF:Ultrafiltration (限外ろ過)、
1.1.3 ダイセル膜事業の歴史
表 1-1-3-1 に当社膜事業の歴史と主な経緯を示す 5)。表 1-1-3-1 より、当社が膜の事業化
を検討した第一歩は、1967 年に国内初の CA 製 RO 膜の開発を開始したことである。1973
年に CA 製 RO チューブラー膜モジュールを上市することで、本格的に膜の事業化が進み、
1984 年には耐熱ポリエーテルスルホン(PES)製中空糸型 UF 膜の開発により、医療、製薬
及び超純水分野へ幅広く展開することができた。現在の浄水場で使用されている CA 膜モ
ジュールの初期版として、1995 年に CA 製中空糸膜の開発することで浄水市場に展開して
いった。その後、水道用膜モジュール性能調査委員会より、水道用膜モジュ一ルの認定取得
し、2019 年には膜事業が 50 周年を迎えることができた。現在も CA 製膜モジュールは透
水性などを改良することで、現在でも高透水性かつ耐防汚性の膜モジュールとして、様々な
浄水場で利用されている。
5
表 1-1-3-1 当社膜事業の歴史と主な経緯 5)
年代
事項
1967
国内初の酢酸セルロース(CA)製 RO 膜の開発開始
1973
CA 製逆浸透チューブラー膜モジュールを上市
1975
ダイセル㈱・メンブレン事業推進部発足により、
モルセップ(逆浸透膜・限外濾過膜製品)の製品販売を開始
1979
ダイセル化学工業㈱・メンブレン事業推進部にて、
人工透析用 RO 膜装置の製造・販売を開始
1984
耐熱ポリエーテルスルホン(PES)製中空糸型 UF 膜の開発により、
医療、製薬及び超純水分野へ展開
1995
CA 製中空糸膜の開発により、世界最大級の浄水場向け大型膜モジュールの
製造・販売を開始
1997
水道用膜モジュール性能調査委員会より、水道用膜モジュ一ルの認定取得
2008
ダイセル化学の中空糸膜の開発・製造事業を
ダイセン・メンブレン・システムズ㈱に統合
2019
メンブレン(膜)事業 50 周年を迎える
1.2 分離膜の種類
1.1.2 に記載したように、1907 年に細菌の除去のため、人類は初めて MF 膜を利用した。
その後、MF 膜だけでなく、UF 膜や RO 膜の研究が進み、現在では様々な分離膜が製品化
されている。図 1-2-1 に分離対象物質に対応する各種分離膜の分類を示す。図 1-2-1 で説明
するように、基本的には膜の孔の大きさで分離対象に対して使用する膜が区別される。例え
ば、イオンや低分子を分離する場合は RO 膜やナノろ過膜が利用され、ウィルスを分離する
場合は UF 膜が利用される。大腸菌や細菌などを分離する場合は MF 膜が利用される。こ
のように数多くの分離膜がある中で、現在の当社のターゲット領域は MF や UF 膜として
おり、MF 膜は研究開発のステージであるが、UF 膜は製品販売している。
6
図 1-2-1 分離対象物質に対応する各種分離膜の分類 6)
※1:逆浸透(RO)は Reverse Osmosis 、※2:ナノろ過(NF)は Nano filtration、
※3:限外ろ過(UF)は UltraFiltration 、※4:精密ろ過(MF)は Microfiltration の略称
1.3 精密ろ過(MF)膜の社会ニーズとダイセル製品ラインナップ
現在、当社がターゲット領域としている MF 膜の研究開発に取り組んでいるが、その MF
膜の社会貢献した製品について、具体例を挙げながら紹介する。100 年以上経過した現在で
も、MF 膜は浄水、食品分野など様々な用途に利用され、人類の生活に欠かせない製品とな
っている。図 1-3-1 にポリエチレン製の MF 用中空糸膜フィルター(商品名:クリンスイ)を
示す。図 1-3-1 に示すように 1984 年に三菱レイヨン(現三菱ケミカル)が、開発した 7-9)家庭
用浄水器の中に、ポリエチレン製の MF 用中空糸膜を搭載した。膜の細孔径が約 0.1μm な
ので、水道水中の粒子や雑菌・赤さびなどが除去できる。
図 1-3-1 ポリエチレン製の MF 用中空糸膜フィルター(商品名:クリンスイ)7,8)
7
表 1-3-1 当社の用途別の製品ラインナップ(中空糸膜・平膜)を示す。前記の通り、当社の
CA の長所である親水性や高透水性を活かせる分離膜の領域の一つに MF 膜があると考え
ている。しかし、表 1-6-1 より、当社は MF 膜を製品化できていないため、2015 年から CA
製の MF 膜の研究開発に注力している。
表 1-3-1 当社の用途別の製品ラインナップ(中空糸膜・平膜)
出典:筆者作成
※〇:該当製品あり、-:該当製品無
※1:CTA はセルローストリアセテート、※2:PES はポリエーテルスルホン
1.4 膜材料別の分離膜の製法
前記の通り、当社は CA 製の MF 膜の研究開発を行っているが、当社が得意とする膜材
料と分離膜の製法について説明する。表 1-4-1 に製膜方法と代表的な膜材料を示す。表 1-41 で示すように、膜の材料によって対応可能な製膜方法はある程度類型化されている。当社
が扱う CA や PES などの膜材料の製造のために相分離法や抽出法が検討されてきた。言い
換えれば、今まで当社は容易に多孔膜が形成できる相分離法を扱ってきた。
表 1-4-1 製膜方法と代表的な膜材料 9)
8
1.5 熱誘起相分離(TIPS)法の原理
前記の通り、当社は CA や PES などの膜材料を相分離法により、多孔化することで中空
糸膜を作製してきた。本研究では、セルローストリアセテート(CTA)を用いて熱誘起相分離
(Thermally Induced Phase Separation:TIPS)法により中空糸膜の作製に挑戦し、世界で
初めて TIPS 法により CTA の中空糸膜の製膜に成功した。詳細な実験方法や結果などは第
2 章に記載したので、ここでは TIPS 法の原理について説明する。
熱誘起相分離法は、1981 年に初めてまとまった特許が出された比較的新しい手法である。
また TIPS 法は大きく 3 種類のタイプ、冷却時に液-液相分離が起こる L-L 型 TIPS、高
分子の結晶化が起こる S-L 型 TIPS、溶媒の結晶化が起こる L-S 型 TIPS に分けられる。
この中で TIPS 法の典型例である冷却時に液-液相分離が起こる L-L 型 TIPS 法の原理に
ついて説明する。図 1-5-1 に L-L 型 TIPS 法での孔形成メカニズム 11)を示す。図 1-5-1 の
ように通常、高温で融解させた均一な高分子溶液を、1相領域と2相領域の境界である
binodal 線以下の温度に冷却させる(クエンチさせる)ことにより、相分離を誘起し、高分子
の結晶化(結晶性高分子)やガラス転移(アモルファス高分子)により構造を固定する。また図
-2より、以下のように孔が形成される。図中の赤色の実線は binodal 線を表し、この線の
内側の領域で相分離を起こす。また、点線は spinodal 線を表し、binodal 線と spinodal 線
は臨界点で接する。binodal 線と spinodal 線で囲まれた領域を準安定領域と呼ばれ、小さ
な濃度ゆらぎに対して安定であるが、大きな濃度ゆらぎに対しては相分離を起こし、高分子
濃厚相と高分子希薄相に分かれる。また spinodal 線の内側は不安定領域と呼ばれ、どのよ
うな小さな濃度ゆらぎに対しても、相分離を起こす。準安定領域では、相分離は核化と成長
機構(nucleation and growth)によって起こる。この機構ではまず相中に核が形成され、それ
が成長していく。一方不安定領域では、spinodal 分解によって相分離が起こる。ある高分子
濃度の溶液を高温で融解した後、冷却すると、binodal 線を横切って高分子濃厚相と高分子
希薄相に相分離する。各相の分率は、簡単な「てこの原理」によって決まる。さらに冷却す
ると、結晶化温度曲線と交わって高分子が固化する。その後、溶媒を除去すると、高分子濃
厚相がマトリックスに、高分子希薄相が孔となる。また臨界点を通過すると、高分子希薄相
が大きくなる、つまり孔が大きくなると言われているので、CTA の製膜検討ではは臨界点
付近を通過するようなポリマー濃度を狙った。
図 1-5-1 L-L 型 TIPS 法での孔形成メカニズム 10-12)
9
1.6 ダイセルの中空糸膜の製法と特徴
前記の通り、1995 年から開発されて、現在も当社膜製品の中で最も浄水分野に市場展開
している CA 製の中空糸膜の特徴と一般的に製膜方法により制御している膜構造について
説明する。
図 1-6-1 に当社 CA 製中空糸膜の構造と分離性能を示す。図 1-6-1 の膜断面の SEM 像よ
り、当社中空糸膜は膜の内部にボイドという空隙を有しており、膜でろ過した水量(透水性)
が高くなる構造となっている。また膜のろ過方式は原水を膜の内部に通液し、ろ過水を膜の
外に流れるような内圧ろ過を採用しているため、膜内部に溜まった汚れを膜の外表面から
水を流す(逆洗)だけで容易に膜内部の汚れを除去できる。
分離性能は分画分子量 15 万の UF
膜相当に制御している。
図 1-6-1 当社 CA 製中空糸膜の構造と分離性能 13)
表 1-6-1 に膜材料と製法別の中空糸膜の性質を示す。表 1-6-1 より、主な製膜方法は非溶
媒相分離(NIPS)法と熱誘起相分離(TIPS)法があり、NIPS 法で製膜すると膜材料に関係な
く、膜の外表面の孔が緻密になり、膜内部にはボイドを形成するという膜構造になる。よっ
て膜の分離性能は UF 膜の領域になる特徴があると言える。一方、TIPS 法で製膜した中空
糸膜の特徴は、膜表面の孔が粗大化し、膜内部に緻密層がないため、膜強度が高くなる傾向
にあると言える。当社の CA 製は NIPS 法での緻密膜を調製する技術があり、さらに浄水場
での顧客要求が UF 膜であったため、CA 製の UF 用の中空糸膜を製品化している。
10
表 1-6-1 膜材料と製法別の中空糸膜の性質(出典:筆者作成)
※1:PVDF はポリフッ化ビニリデン、※2:CA は酢酸セルロース
次に、当社 CA 製中空糸膜の材料的な特徴について説明する。表 1-6-2 に膜材料別の中空
糸膜の性能(親水性評価)、図 1-6-2 に膜材質別の UF 膜の河川水評価結果と図 1-5-3 に当社
CA 製中空糸膜の特徴を示す。表 1-6-2 より、CA は他の合成樹脂材料(PES や PAN)に比べ
て、水の接触角が低角でかつ吸水性が高いことから、親水性であると言える。また BSA な
どのタンパク質の吸着量が低く、ゼータ電位がマイナスに帯電しているため、浄水場の河川
水中に含まれるタンパク質などの汚れが付着しにくいことが予想される。図 1-5-2 より、
UF 膜の CA は他の合成樹脂に比べて、河川水の透水速度が高いため、先ほどの予想通り、
河川水中のタンパク質由来の汚れが付着しにくいことが河川水の透水速度が高い要因であ
ると考える。
以上のことから、図 1-6-3 のように、当社 CA 製の中空糸膜の特徴は膜材料の親水性を活
かすために、洗浄性の良さを追求した膜構造にすることで、高透水性かつ耐防汚性を持つこ
とである。
表 1-6-2 膜材料別の中空糸膜の性能(親水性評価)13)
CA
中空糸膜材質
接触角[°]
吸水率(25℃)[%]
BSA 吸着量[mg/m2,pH7]
ゼータ電位[mV,pH7]
PES
PAN
酢酸セルロ-ス ポリエ-テルスルホン ポリアクリロニトリル
50~55
65~70
55~58
4.7~6.5
0.43
2.5~3.6
0.5
3.5
1.3
-30
-4.2
-7.5
11
透過流束[m/日]
3.0
A河川
B河川
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
CA
PES
PAN
CA
PES
PAN
膜材質
図 1-6-2 膜材質別の UF 膜の河川水評価結果 13)
図 1-6-3 当社 CA 製中空糸膜の特徴 13)
1.7 セルロース系中空糸膜の課題
前記の通り、当社の CA 製中空糸膜は、20 年以上前から高透水性かつ耐防汚性の UF 膜
として、浄水分野で市場展開している、しかし、近年の水処理膜の市場では合成樹脂にシェ
アを奪われているという厳しい現状があり、その原因となった CA 製中空糸膜の課題につ
いて説明する。
図 1-7-1a に水処理膜市場の実績と予想推移と図 1-7-1b に MF/UF 膜の構成素材別の採用
内訳を示す。図 1-7-1a より、水処理膜の市場は、人口の増加及び省エネ・高品質化への要
求から膜需要が 2025 年には約 1.7 倍増加(対 2015 年比)し、
それ以降も同様に伸びるため、
ターゲット領域である MF/UF 膜も伸びることが想定されている 13)。図 1-7-1b より、PVDF
は約 69%(350 億円)占めているが、セルロース系材料は 0.8%(4 億円)と低迷している。この
セルロース系材料が低迷している原因を調査するため、膜材料別の物性比較を行った。
12
図 1-7-1a 水処理膜市場の実績と予想推移 14)
図 1-7-1b
MF/UF 膜の構成素材別の採用内訳 14)
表 1-7-1 に MF/UF の膜材料別の物性比較表を示す。 ...