高透水性セルロース系中空糸膜の開発と医薬品分野への応用
概要
Kobe University Repository : Kernel
PDF issue: 2024-05-02
高透水性セルロース系中空糸膜の開発と医薬品分野
への応用
髙尾, 翔太
(Degree)
博士(科学技術イノベーション)
(Date of Degree)
2023-03-25
(Date of Publication)
2024-03-01
(Resource Type)
doctoral thesis
(Report Number)
甲第8678号
(URL)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100482426
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(別紙様式 3
)
論文内容の要旨
氏
名高尾翔太
専
攻先端膜工学分野
論文題目(外国語の場合は,その和訳を併記すること。)
高透水性セルロース系中空糸膜の開発と医薬品分野への
応用
指導教員
吉岡
朋久
~ヽ
(氏名:高尾翔太
NO. 1)
本研究の概要:
地球は「水の惑星」と言われ、ふんだんに水があるように思われるが、実際に直接利用し
7
.
5%が海水で、淡水は 2
.
5%にすぎない。・しか
やすい水は限られている。地球上の水の約 9
も淡水はほとんどが南極や北極の氷であるため、利用しやすい河川や湖沼などの水は 0.01%
にすぎない。この水不足の解決手段として、海水の淡水化などが可能な膜法が期待され、盛
んに研究されている。この膜法は逆浸透 (
RO)、ナノろ過 (
N
F
)、限外ろ過 (UF)、精密ろ過 (MF)
膜が使われており、既に各社価格競争に入っている。その中で、株式会社ダイセル(以下、
C
A
)の中空糸膜を開発・製造し、浄水、医療関連、プロセス水
当社)では、酢酸セルロース (
分野に販売を行ってきた。しかし、近年、高性能な合成樹脂膜(ポリフッ化ビニリデンやポ
リエーテルスルホンなど)の台頭により、 CA膜の水処理膜市場でのシェアが縮小してきた。
そこで、当社でも酢酸セルロース膜の長所である高透水性を活かすために M F膜やセルロ
ース系中空糸膜の短所である耐久性の低さを改良した新規セルロース誘導体の開発を行っ
た。さらに、今回開発した膜の新たな用途として医薬品精製への事業化検討も行ったので、
CTA)と耐薬品性セルロースベンゾエート
本論文では、高透水性セルローストリアセテート (
(CBzOH)の MF膜の研究開発の結果及び医薬品分野での事業化検討についてまとめた。
第 1章序論:
当社は 1
995年から約 27年間、 CAの中空糸膜を開発・製造し、浄水、医療関連、プロセ
N
I
P
S
)法に
ス水分野に販売を行ってきた。また、この CAの中空糸膜は非溶媒誘起相分離 (
より、 UF膜で内圧ろ過方式の膜モジュールに設計することで、 CAや CTAの親水性を最大
限に活かした高透水性や耐防汚性を持った特徴的なの膜モジュールで市場に展開していた。
しかし、近年、高性能な合成樹脂膜(ポリフッ化ビニリデンやポリエーテルスルホンなど)の
台頭により、酢酸セルロース膜の水処理膜市場でのシェアが縮小してきた。そこで、当社の
CTAの長所である高透水性が活かせる新規の分離膜領域の MF膜の開発を行った。
第 2章高透水性酢酸セルロースの M F用の中空糸膜の開発:
熱誘起相分離 (
T
I
P
S
)法によって CTAで MF用の中空糸膜を作製し、その結果をセル
ロースジアセテート (CDA)およびセルロースアセテートプロピオネート (CAP)中空糸膜の
結果と比較した。また適切な溶媒系を選定するために広範な溶媒スクリーニングを実施し
CTA/スルホラン (
S
F
)/ネオペンチルグリコール (NPG)お
た
。 TIPS法に適した CTAの溶媒 [
TA/SF/1,3ーブチレングリコール (
1
,
3
B
G
)]
を 2種類見出し、その三元混合物は、液 4
夜
よび C
相分離とそれに続くポリマー結晶化による膜構造を形成した。作製したすべての膜は、完全
に相互接続された構造を示し、膜のバルク構造に 100nm の孔があり、内部は多孔質であ
った。対照的に、外表面の膜構造はエアーギャップに依存し、エアーギャップが 0mmで
(氏名:高尾翔太
NO. 2)
多孔質構造を形成し、 5mm で緻密構造が形成した。エアーギャップを 0mm、適切なポリ
マー溶液、および凝固液を用いることで、純水透過率が約 1000L
/(m2hb
a
r
) でかつ 100
nmシリカ微粒子の除去率 99%の MF用の CTA中空糸膜を作製できることが分かった。
第 3章耐薬品性セルロースベンゾエートの MF用の中空糸膜の開発:
TIPS法と NIPS法による CBzOH多孔質中空糸膜の作製に初めて成功した。まず CBzOH
に適した TIPS溶媒を得るために包括的な溶媒スクリーニングを実施した。 HSPおよび高
温での CBzOH の溶解度は、溶媒をスクリーニングするための最初の基準とし、 2番目の
ステップでは、中空糸膜の作製のために調液したポリマー溶液の加工性を考慮し、 CBzOH
の TIPS法に適した溶媒を 8種類見つけた。比較サンプルとして、セルロース誘導体の中で
代表的な製品である CTA中空糸膜を NIPS法により作製した。 TIPS法で作製した CBzOH
膜は、高気孔率、 100nm以上の大きな細孔を持ち、 1500L
/(m2hb
a
r
) の高い純水透過率
(PWP)と 100nm シリカ粒子の除去率が約 70%であった。一方、 NIPS 法で作製した
CBzOHおよび CTA膜は、約 600L
/(m2hb
a
r
)の低い PWPであるが、 100nmシリカ粒
子の除去率が 100% を示した。
次に、作製した CBzOHと CTA中空糸膜を用いて、 NaClO2000ppm濃度溶液に対す
る耐薬品性を比較した。 TIPS及び NIPS法で作製した CBzOH膜は、膜の構造、多孔性、
孔径に関係なく、 2000ppm の NaClO溶液に 2週間浸漬すると、 NaClO溶液に対して
著しく高い耐性を示した。一方、 CTA膜の機械的強度は、 NaClO溶液への浸漬時間の経過
とともに低下した。
以上より、 NaClO溶液に対する化学的に耐性のあるセルロース誘導体の開発に成功した。
第 4章セルロース系中空糸膜の事業化検討:
セルロース系中空糸膜は他の合成樹脂[ポリフッ化ビニリデン (PVDF)など]膜に比べて、
高透水や耐防汚性に優れており、浄水などに市場展開していた。しかし、近年はセルロース
系中空糸膜の代表である CTAの耐久性の低さから新規市場への進出ができず、さらに浄水
市場なども PVDF膜などに市場を奪われている。そこで、耐薬品性に優れたセルロース誘
導体として CBzOHを開発し、 MF用の中空糸膜まで開発を行った。そして昨今、医薬品分
野で処理能力の高い膜法が注目されており、当社のセルロース系中空糸膜が医薬品分野に
参入できるかを調査した。医薬品メーカーヘのヒアリングにより、当社の既存製品である
CTAの UF用の中空糸膜がペプチド医薬品の精製に適用できること、及び抗体医薬品の精
製工程に導入されているデプスフィルターの代替として、 CTAや CBzOHの MF用の中空
糸膜が適用できることが分かった。今後、ペプチドや抗体医薬品の精製用膜 Moを販売する
ビジネスモデルを構築し、市場参入を目指した。
(氏名:高尾翔太
NO. 3)
第 5章結言:
当社の保有するセルロース誘導体の CTAや CBzOHを用いて、神戸大学と共同研究をす
ることで M F用の中空糸膜を開発した。さらに、その開発した MF膜はセルロース材料の
優れた高透水性や耐防汚性を活かせる抗体医薬品の精製に応用できることを見出した。今
後、ビジネスモデル構築し、セルロース系中空糸膜で新規市場の医薬品分野に展開すること
とした。
(別紙 1)
論文審査の結果の要旨
氏名
高尾翔太
論文
題目
高透水性セルロース系中空糸膜の開発と医薬品分野への応用
│
審
査
委
員
区分
職名
主査
教授
吉岡朋久
副査
准教授
石川周
准教授
中川敬三
副査
I
│
、
一
副査
特命教授
副査
教授
氏
名
北河享
尾崎弘之
要 旨
本論文は、世界的な水不足問題を鑑み、セルロース系中空糸膜の短所である耐久性の低さを改良し
た高透水性セルローストリアセテート (
CTA)と耐薬品性セルロースベンゾエート (CBzOH)の精密ろ過
(MF) 膜の開発を行い、さらに、今回開発した膜の新たな用途として医薬品分野での事業化検討につ
いてまとめたものである。
第 1章 序 論 :
株式会社ダイセル(以下、当社)は 1
995年から約 27年間、 CAの中空糸膜を開発・製造し、浄水、医
N
I
P
S
)
療関連、プロセス水分野に販売を行ってきた。また、この CAの中空糸膜は非溶媒誘起相分離 (
法により、 UF膜で内圧ろ過方式の膜モジュールに設計することで、 CAや CTAの親水性を最大限に
活かした高透水性や耐防汚性を持った特徴的なの膜モジュールで市場に展開していた。しかし、近年、
高性能な合成樹脂膜(ポリフッ化ビニリデンやポリエーテルスルホンなど)の台頭により、酢酸セルロー
ス膜の水処理膜市場でのシェアが縮小してきた。そこで、当社の CTAの長所である高透水性が活かせ
る新規の分離膜領域の MF膜の開発を行った。
第 2章 高 透 水 性 酢 酸 セ ル ロ ー ス の MF用の中空糸膜の開発:
熱誘起相分離 (
T
I
P
S
) 法によって CTAで MF用の中空糸膜を作製し、その結果をセルロースジア
CAP)中空糸膜の結果と比較した。また適
セテート (CDA)およびセルロースアセテートプロピオネート (
切な溶媒系を選定するために広範な溶媒スクリーニングを実施した。 TIPS 法に適した CTA の溶媒
[CTA/ス ル ホ ラ ン (
S
F
)
/ ネ オ ペ ン チ ル グ リ コ ー ル (NPG)お よ び C
TA/SF/1,3ーブチレングリコール
(
1
,
3
B
G
)]
を 2種類見出し、その三元混合物は、液ー液相分離とそれに続くポリマー結晶化による膜構造
を形成した。作製したすべての膜は、完全に相互接続された構造を示し、膜のバルク構造に 100nm の
孔があり、内部は多孔質であった。対照的に、外表面の膜構造はエアーギャップに依存し、エアーギ
ャップが 0mmで多孔質構造を形成し、 5mm で緻密構造が形成した。エアーギャップを 0mm、適
切なポリマー溶液、および凝固液を用いることで、純水透過率が約 1000L
/(m2hb
a
r
) でかつ 100nm
シリカ微粒子の除去率 99%の MF用の CTA中空糸膜を作製できることが分かった。
第 3章耐薬品性セルロースベンゾエートの MF用の中空糸膜の開発:
TIPS法と NIPS法による CBzOH多孔質中空糸膜の作製に初めて成功した。まず CBzOH に適し
2ページにわたる場合
高尾翔太
氏名
た TIPS溶媒を得るために包括的な溶媒スクリーニングを実施した。 HSPおよび高温での CBzOH
の溶解度は、溶媒をスクリーニングするための最初の基準とし、 2 番目のステップでは、中空糸膜の
作製のために調液したポリマー溶液の加工性を考慮し、 CBzOHの TIPS法に適した溶媒を 8種類見つ
けた。比較サンプルとして、セルロース誘導体の中で代表的な製品である CTA中空糸膜を NIPS法に
1
500
より作製した。 TIPS法で作製した CBzOH膜は、高気孔率、 100nm以上の大きな細孔を持ち、 1
0%であった。一方、 NIPS
)の高い純水透過率 (PWP)と 100nmシリカ粒子の除去率が約 7
r
a
2hb
m
/(
L
)の低い PWPであるが、 100nmシリカ
r
a
2hb
m
I(
00L
法で作製した CBzOH および CTA膜は、約 6
%を示した。
0
0
粒子の除去率が 1
000ppm濃度溶液に対する耐薬品性
次に、作製した CBzOHと CTA中空糸膜を用いて、 NaClO2
2000
膜は、膜の構造、多孔性、孔径に関係なく、
H
O
z
B
C
を比較した。 TIPS及び NIPS法で作製した
ppm の NaClO溶液に 2週間浸漬すると、 NaClO溶液に対して著しく高い耐性を示した。一方、 CTA
膜の機械的強度は、 NaClO溶液への浸漬時間の経過とともに低下した。
以上より、 NaClO溶液に対する化学的に耐性のあるセルロース誘導体の開発に成功した。
第 4章セルロース系中空糸膜の事業化検討:
セルロース系中空糸膜は他の合成樹脂[ポリフッ化ビニリデン (PVDF)など]膜に比べて、高透水や耐
防汚性に優れており、浄水などに市場展開していた。しかし、近年はセルロース系中空糸膜の代表で
ある CTAの耐久性の低さから新規市場への進出ができず、さらに浄水市場なども PVDF膜などに市場
を奪われている。そこで、耐薬品性に優れたセルロース誘導体として CBzOHを開発し、 MF用の中空
糸膜まで開発を行った。そして昨今、医薬品分野で処理能力の高い膜法が注目されており、当社のセ
ルロース系中空糸膜が医薬品分野に参入できるかを調査した。医薬品メーカーヘのヒアリングにより、
当社の既存製品である CTAの UF用の中空糸膜がペプチド医薬品の精製に適用できること、及び抗体
医薬品の精製工程に導入されているデプスフィルターの代替として、 CTAや CBzOHの MF用の中空
糸膜が適用できることが分かった。今後、ペプチドや抗体医薬品の精製用膜 Moを販売するビジネスモ
デルを構築し、市場参入を目指した。
第 5章結言:
当社の保有するセルロース誘導体の CTAや CBzOH を用いて、神戸大学と共同研究をすることで
MF用の中空糸膜を開発した。さらに、その開発した MF膜はセルロース材料の優れた高透水性や耐防
汚性を活かせる抗体医薬品の精製に応用できることを見出した。今後、ビジネスモデル構築し、セル
ロース系中空糸膜で新規市場の医薬品分野に展開することとした。
本研究はセルロース誘導体の CTAや CBzOHについて,それらを用いて精密ろ過 (MF)用の中空糸
膜の開発を研究したものである。優れた親水性による高透水性および耐防汚性と,耐薬品性を両立す
るために,膜材料の化学構造の設計指針を明確に提示し, TIPS法による中空糸膜の製膜法に関して、
詳細かつ体系的な検討を行った。結果として,既存の CTA膜を上回る性能を実現し,セルロース誘導
体の MF膜の開発に成功したこと,さらにこの MF膜を用いて,新たなマーケットとして医薬品分野
ヘ応用し,適切な分析により事業化戦略まで構築したことについて重要な知見を得たものとして価値
ある集積である。提出された論文は科学技術イノベーション研究科学位論文評価基準を満たしており,
学位申請者の高尾 翔太は,博士(科学技術イノベーション)の学位を得る資格があると認める。