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大学におけるオンライン授業の可能性と課題 : 学生と教壇実習を経験した大学院生へのインタビューを手がかりに <共同研究の部>

中村 好甫 安藤 和久 内田 圭佑 小川 直樹 権 赫虹 広島大学

2021.03.31

概要

大学におけるオンライン授業の可能性と課題
―学生と教壇実習を経験した大学院生へのインタビューを手がかりに―
中村好甫・安藤和久・内田圭佑・小川直樹・権赫虹
(広島大学大学院 人間社会科学研究科)

1. 研究の目的と方法
本発表は、教職を志す大学生と大学院生へのインタビューを手掛かりに、インタビュイー
の経験したオンライン授業の可能性と課題を導出することを目的とする。
COVID-19 の感染拡大は 2020 年の学校と授業に大きな影響をもたらした。2020 年 2 月 27
日の春休みまでの臨時休校の要請、4 月 16 日の緊急事態宣言対象区域の全国への拡大に伴
い、2020 年度が始まっても全国の学校は一斉休校を余儀なくされた。学校再開後において
も、学校と授業の様相はコロナ・ショック以前に回帰することはなく、オンラインツールの
活用を中心とした学校と授業への対応は喫緊の課題となっている。
この間に教育学研究では、
「ポスト・コロナ」の学校教育をどう描くかに関する多くの論
考が提出された。草原・吉田(2020)はコロナ・ショック下での小・中・高等学校、日本人
学校、行政の実践的挑戦を多数紹介し、それらに教育学研究がどのように応答しこれからの
学校教育を展望するのかを描いた。また、石井(2020)は「with コロナ」の経験の意味を問
うことを通して、その先の公教育のあり方をリデザインすることを試みている。これらの論
考が示しているのは、危機的状況がそれに対する対処療法的提案というよりもむしろ、「学
校とは何か」

「授業とは何か」という根本的な学校・授業観の問い直しを要求したというこ
とである。
同時期には、大学における実践も数多く報告されている(加納 2020 を参照)。教職課程履
修生にとってのオンライン授業の経験については、米津ら(2020)が、オンライン授業の経
験を通じて、直接的な関係性を構築することを学ぶ、という教職課程の性質から、オンライ
ン授業では代替し得ない対面授業の意義を指摘している。しかしながら、本発表での大学生
と大学院生の語りから検討したいのは、オンライン授業の経験からこそインタビュイーた
ちが感じ取った授業そのものへの可能性についてである。
本発表では、こうした先行研究や報告を踏まえ、コロナ・ショック下において授業の受け
手である学生がどのような授業の体験をしたのかについて事例の詳細な検討を行う。分析
の対象として、H 大学の教育学部および人間社会科学研究科、教育学研究科に在籍する大学
生・大学院生にアンケート調査を行った(有効回答数:34)
。その後、インタビューへの協
力可能と回答したうちの 3 名に、教壇実習生 1 名を加えて半構造化インタビューを実施し
た。本発表では、主にインタビューにおいて得られた語りを対象に分析を実施する。

2. 学生へのインタビューからみるオンライン授業でのコミュニケーションの
3

変化
2-1. オンライン環境による限界性と学習の「個別化」
ここでは、H 大学教育学部の 3 年生で、教職課程を履修している A への聞き取りを取り
上げる。A に対しては、2020 年 10 月 1 日の 15 時より 1 時間程度のインタビューを行った。
以下、報告すべき内容をまとめ、具体的な発言を例示する。その際、発言に文脈上、補足が
必要な場合は、
〈〉内に記す(以下、同様)。
まず、授業がオンラインでの実施となったことに伴う授業のスタイルに関する発言があ
った。
A: 1 タームの時は Zoom か Teams を使って授業をすることが多かったんですけどうまく

いってるのといってない授業があってなんか効率悪いなーっていうのと逆に深く学べ
るなっていうのがありました。
A の履修していた授業は同時双方向型で行われており、このようにその中でも、うまくい
っていない(効率が悪い)授業とうまくいっている(深く学べる)授業があったと感じてい
る。そのうち特に授業がうまくいっていないと感じる要因を授業内コミュニケーションに
関する発言から読み取ることができる。
A:〈英語科の教員免許を取得するための英語の発音に関する授業において〉40 人ぐら

いが一気に喋るとわけわからなくなるからその先生も実際にちゃんと発音しているか
わからない状態でリピートしてっていう風に言っていた。こっちはどういう感じでと
かタイミングとかよくわからないし、リピートしている人も少ないだろうなぁとか思
いながらやっているので、話すとかなんかこう相手とコミュニケーションをとるみた
いな授業だと対面でやるべきじゃないかなっていうのは強く思いました。
A: 顔を出すのと出さない授業があったけど、個人的に出しているほうが先生の顔も見

えるしみんなの顔も見れる方がちゃんとやろうっていう気にはなる。自分のカメラを
オフにしていたら別に何やっていても分からないから、注目するべきポイントが分か
らなくて、みんなの様子とかを伺いながら議論するとかっていうのもできなかった。
〈対面授業では〉周りの雰囲気とかで感じられて自分が次何するかっていうのを本当
に自然とできていたような部分でも〈オンラインになって〉みんな無音で自分と教材し
かないとなると自分はどういう裁量というか、どれくらいの力をいれて一個の活動と
か課題に取り組めばいいのか、そこがジレンマじゃないけどあった。
まず、A はオンラインツールの問題でもあるが、同時双方向型のオンライン授業で同時に
複数人が話すという活動には限界があると感じている。また、対面授業と比較して、同時双

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方向型のオンライン授業では周りの雰囲気を十分に感じることができないことを課題であ
ると考えている。例えば、ディスカッションにおいては、単に意見を言ったり聞いたりしさ
えすればいいのではなく、どの部分について議論を深めるかといった共通認識を持ってお
くことやメンバーが議論についてこれているかなどを把握しながら進めなければならない。
このような対面授業では雰囲気で行えていたことが、オンライン授業ではカメラがオフに
なることなどにより制限されることとなった。
さらに、COVID-19 の影響によってオンラインでの授業実施が余儀なくされ、学習の「個
別化」が引き起こされている。A へのインタビューから、授業内においてもグループではな
く個人で課題に取り組む部分が多くなったなど、ディスカッションなどのグループ活動に
おいても、学生が個人の裁量で行わなければならない学習の割合が大きくなっていること
が推察される。さらに、対面授業であれば、課題で分からないことがあれば周囲の人に聞き、
課題の進み具合も周りと比較して進んでいなければ、より集中するといったことができて
いた。しかし、オンライン授業では、周囲の人との話や雰囲気を感じるといった授業内コミ
ュニケーションをとることが困難になり、個人個人が分断されたように感じ、それぞれが
「個別」に学習に取り組むことが、より一層求められる状況になっていると考える。
2-2. 相互作用としての授業の成立に向けて
次に取り上げるのは H 大学教育学部の 3 年生で、教職課程を履修している B への聞き取
りである。B に対しては、2020 年 10 月 15 日に 1 時間半程度のインタビューを行った。B は
聞き取り前に実施したアンケートの「今後同じ講義をオンラインでも対面でも受講できる
とすれば、どちらで受講したいと思いますか。またそれはなぜですか。」という設問に対し
て、
「対面で受講したい。オンラインでは受けた気にならないし、オンラインでは雑談など
といった無駄が排除されてしまう気がする。」と回答している。その後の B への聞き取りに
おいても現れているのは、オンラインによる授業展開においては、授業の成立要因としての
相互作用が授業展開にそぐわない「無駄」なものとして排除される危険性があるという問題
意識である。
B はオンライン授業での教師と学生、学生同士のコミュニケーションが対面授業における
それとは別物なほどに変化したと述べる。以下の B の発言からは、B が感じる変化がコミ
ュニケーションの方法の変化だけではなく、そこで交わされる内容の変化を含意している
ことが読み取れる。
B:例えばちゃんと対面で 4 人で話し合うってなった時に、まあその形式的なっていう

か問いに沿って話す内容に沿って話はどちらでもある程度はまあ進むじゃないですか、
でもそのある程度から…(中略)…空白の時間ができたら、ああなんか行き詰まったな
ーってなった時に、その日の例えば服装とか髪型とか最近有ったことみたいなんで軽
く雑談に入れるんですよね。でもその対面じゃなくってオンラインになった時にわか

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らないんですよね、そのどう振っていいかとか、あと顔も映さなかったりするんで今そ
っちがどういう状況なのかとかいろいろ含めてわからない、その話してはいるんです
けど、現実味はないですね。
オンラインツールを介することでの情報の欠如が授業内容外でのコミュニケーション可能
性を阻害する。授業のために設定された問題に限定された議論をさせられることで、そこで
のコミュニケーションは「現実味はない」ものとなる。B が感じているのは、コミュニケー
ションが授業目的の達成のみに向けて進められ、生活文脈に基づく「雑談」が排除されるこ
とが、かえって学びの深さが伴わない議論を導くという帰結である。
さらに B が排除されたと認識する「雑談」は学生同士によるものだけではなく、教授技
術として教師が用いる「雑談」をも含む。
B:教師がする雑談だったら、えっと、一種の授業の展開の技術でもあると思うんです

よ。例えば対面だったら、その空気を変える、これ教育実習で聞いたんですけど、その
授業中の雑談、小話みたいなのはその空気を変える手段にもなる、だし、そのもっと教
える内容に関連したことで言えば、その雑談からもう一つ話を飛ばせるみたいな、深い
ところに行けるみたいな、そういう要素もあり、…(略)…
B は教師による「雑談」を授業場面を転換する教授技術として捉える。しかしながら、この
教授技術としての「雑談」には教室の状況や生徒の表情を考慮した上での判断が求められる。
しかしながら、視覚と聴覚のみへの情報で構成されるオンライン授業では、教師は教室や学
生の状況に対して刻々の判断を下すことは困難である。
B が「雑談」という言葉を用いて表現したオンライン授業の課題は、教授-学習という相
互行為としての授業成立が軽視され、教授一方向的な授業が強化されたという点に集約さ
れる。すなわち、「教師がやりたいと思っている授業が必ずしも良い授業ではない、教師が
やりたいと思った授業がその計画通りになされたからそれが良い授業であったかって言わ
れると決してそうではない」のであり、授業には教師が管理し得ない学びの契機が保障され
なければならない。
「その雑談がなかった時、その雑談があった時の学びはその授業で得られたのかって
問われた時に、いや得られたっていうふうに断言はできない」
。それゆえ、教師が意図し
ない「雑談」や授業前後の「雑談」による学びの深まりが期待できないオンライン授業で
は、教授は効率的に強化し得ても、それは必ずしも学びを深めることにはつながらないの
であり、相互作用としての授業は成立しない。「視覚と聴覚だけ刺激され、他者からのそ
の他の情報は不在であり、リアルな存在としての統合的全体である人はそこにない。視覚
も小さな二次元に変換され、聴覚も多数の人の声は距離感を持って同時には聞こえない」
(子安 2020、64 頁)状況にあるオンラインにおいて、今一度「教育の方法と技術は、何

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らかの意味で教師の子どもたちへの「働きかけ」のあり方、あるいはその「働きかけ」が
どのように作用(action)するのかを問題にする。その「働きかけ」がうまくいっている
のかどうかは、子どもたちの何らかの反応(reaction)のなかに表現される。そうした作用
(action)と反作用(reaction)の相互作用(interaction)において、教育という営みは展開
している。

(深澤 2014、17 頁)という教育の原則に基づく授業構想が求められる。
2-3. オンライン授業における時間と空間の多層的保障
3 人目に取り上げる C は大学院修士課程の 2 年生である。C に対しては、2020 年 10 月 14
日に 30 分程度のインタビューを行った。C はインタビューの導入で、
「移動時間が〈オンラ
イン授業によって〉ないので、タイムスケジュールというか自分の行動のスケジューリング
が独特で面白かったような感じが若干します」とオンライン形式となった大学の授業形態
の状況を述べており、自身の授業のイメージに対する変化を受け止めていた。
C も他のインタビュイーの学生同様に、オンライン環境におけるコミュニケーションの限
界について指摘している。他方で、C はオンライン上でのコミュニケーションの関係性につ
いて、インタビューの別の箇所では肯定的に受けとめていた。そこでは、オンライン授業の
可能性を見出しており、コミュニケーションにおける雰囲気あるいは情報が欠落すること
やオンラインツールという機能性が、授業そのものをより時間的空間的に拡張し学びを保
障していく可能性を提示してくれた。C はインタビュー中に、以下のようにも述べている。
C:議論をすると先ほど言ったように一対一になるので、音声の問題上、そこで盛り上

がってる話が話とは別にチャットでも別に問題提起だったり、疑問がでてて、そっちに
も面白いものが並んでいたりしたのでこれは良いなと感じました。
C:チャットがあると逆に言うと雰囲気と言うか流れに関係なく議論が進められるとい

うのがいいですかね。
C の経験では、オンライン空間における一対一というコミュニケーションの制約が、授業で
の対話の関係性を制限したことで学習者が授業で浮かんだ疑問や自己の思考をまとめる時
間的な余地を生み出すことにつながった。また同時に、オンラインツールの機能を用いるこ
とによって、学習者が授業で思い浮かんだ疑問や観点を授業中に発信受信する機会が与え
られた。
こうした例は、オンライン授業において議論の内容をより発展させていく新たな手法と
しての可能性を示してくれる。また、C はオンライン授業の改善案として、対面授業による
オンラインツールの要素を取り入れた授業の構想を事前のアンケート項目で提案していた。
この理由について尋ねた際には、以下のように答えている。

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C:同じ机の中でディスカッションをしてるという中でも対面のディスカッションで話

していることとは違う疑問があって、…(中略)…チャットないしは Teams だったらチ
ームのコメント欄でもいいのと思うのですけど、そこに投げることができれば、より時
間的にも空間的にも多層的な授業が望ましいのかは分かりませんが、そういった授業
というのはありえるのかな。
ここでは、C がオンラインの形式の利点として、授業の文脈や議論の本題とは異なる疑問や
観点を述べる空間を新たに確保できることを改めて理由に挙げている。こうした C の回答
は、オンライン環境が授業を時間的な制約から解放することに加えて、空間的な制約からも
解放する可能性を示唆しており、C はそれを「多層的な授業」と述べた。
C はオンライン授業において、コミュニケーションが一対一に限られてしまうという授業
内での関係性に学習の狭まりを感じた一方で、制限された関係性がオンラインツールと組
み合わさることで授業が「多層的」に拡張されていくという授業における学びの広がりの可
能性を見出してもいた。

3. 教壇実習生へのインタビューからみるオンライン授業が与える授業観の変

ここでは、大学の授業で教壇実習を経験した大学院生(以下、S と表記)へのインタビ
ューから、授業を提供する側から見たオンライン授業の可能性と課題を検討する。S に対
しては、2020 年 10 月 25 日(日)の 14 時から約 1 時間にわたってインタビューを行っ
た。
S は H 大学の博士課程後期に在学する大学院生であり、教職課程担当教員養成プログラ
ムを受講している。S が行った教壇実習は、このプログラムの一環として行われたもので
ある。ちなみに今回インタビューを行った S は、上述した教壇実習での実践以外でも、リ
アルタイムのオンライン授業を行っている。そこでの S の経験も、インタビュー内容には
含まれている。
S へのインタビューから、オンライン授業の可能性と課題を二つの点に着目して考察す
る。一つ目は、リアルタイムのオンライン授業におけるコミュニケーションの変化という
点である。二つ目は、オンデマンド型のオンライン授業における教材の作成と提供という
点である。
3-1. 実習生の実践概要
COVID-19 感染が拡大する中、H 大学は大学での諸活動についてレベル 1 からレベル 5 ま
での行動指針を策定した。また、4 月 22 日からは全面的にオンライン授業が始まり、
「レベ
ル 3(高度警戒)
(大幅な活動制限)」を 5 月 31 日まで維持し、6 月 1 日から「レベル 2(要
警戒)
(中程度の活動制限)
」へ引き下げた。

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本実践は、3 年生向けの教職課程の一科目である。実習生は講義中心の 15 回授業の第 12
回を教壇実習として担当した。教壇実習を行った授業では学生に事前課題が出されており、
学習支援サイトの掲示板に課題の回答を記述させている。さらに、あらかじめ実習生による
ビデオ収録された動画(事前課題の回答に対するコメントも含む)、テキストとしての配布
資料、それぞれの教材に関する説明文が学習支援サイトに出されている。これらの教材を用
いて学生が各自期限までに受講する形、つまりオンデマンド型の授業を行った。
動画は四部に分かれており、実習生の姿や板書がメインになり、情報を補足する字幕もあ
る。学生は動画を視聴しながら、配布された資料を用いて動画内で指示された課題を行う。
また、授業を受けた後に「授業に対する質問や感想」や「改善すべき点」、
「授業の内容に関
するコメント」を集めた。

図 1、2:オンライン授業の一場面
3-2. 教壇実習生へのインタビューの分析
(1) 授業内コミュニケーションの変化
S は今回の実習以外にも、テレビ電話ツールを用いたリアルタイムのオンライン授業の
実践経験がある。S はリアルタイムのオンライン授業の可能性を以下のように語る。
S:オンラインの掲示板を積極的に使うようになった。そうすることによって、普段

発言しない学生の発言をかなりひろいやすくなった。学生の意見とかを顔が見えない
からこそひろいやすくなった。
オンライン掲示板やチャット機能などを使用することで、授業において受講生は「話す‐
聞く」という形式のコミュニケーションだけでなく、
「書く‐読む」という形式のコミュニ
ケーションを選択することが可能になった。また、テレビ電話ツールでの顔を隠した状態
のコミュニケーションは匿名性を担保できるため、授業で意見が言いやすいという受講生
もいることがインタビューで言及された。オンラインツールの使用によって、対面の授業

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では発言を躊躇う受講生が授業内コミュニケーションに参加しやすくなったところに、S
はオンライン授業の可能性を感じている。
一方で、オンライン授業におけるコミュニケーションの課題もうかがえた。以下の回答
は、リアルタイムのオンライン授業のやりづらさについての質問に対するものである。
S:顔が見えないオンラインでやってるんだけど、本当にやりづらい。なぜかという

と、録画と違って、普段の授業(対面の授業)って、話したことに対する学生の反
応、それこそ無表情であったりとか、分からなそうな顔だったりとか、頷いてる顔と
かを見ながら、こっちも話す内容とかを徐々に変えていくものだから、それができな
いと迷い迷いになってしまう。
S:受講生の顔が見えることによって何があるかっていうと、話しながら「あ、これ

難しい話になっちゃったな」「分かりづらそうだな」っていうところを、軌道修正し
てもう一回話し直すとか、授業の軌道修正が受講生の顔が見えるとやる必要があった
り、授業を変幻自在に変えるっていうのがあるんだろうけど…(略)…
受講生のプライバシーへの配慮から、授業によっては受講生にカメラ機能をオフにする
よう教員から呼びかける場合もある。その場合、授業中の受講生の表情を見ることが不可
能になる。
テレビ電話ツールを用いてリアルタイムで授業を行ったとしても、受講生の表情を確認
できないため、受講生の授業内容への反応をうかがい知ることができない。受講生からの
反応が遮断された状態では、S の言う「軌道修正」が困難になる。結果として、リアルタ
イムの授業だとしても授業者は円滑な授業内コミュニケーションが可能になるとは限ら
ず、授業者が授業の進度を調整する上で困難を抱えている様子をうかがい知ることができ
る。
では、今回の実習で行ったようなオンデマンド型の授業では、S はこの「軌道修正」を
どのように考えていたのだろうか。このオンデマンド型の授業における「軌道修正」は教
材の作成と関わる点である。
(2) 教材の作成と提供
S がオンデマンド型の授業での「軌道修正」に言及した箇所は、以下の通りである。
S:録画の場合だと軌道修正は必要ない。なぜかというと、修正しなきゃいけない事

態にならない。
インタビュアー:録画の場合は、そういった軌道修正も込みで作成するということで
すか。

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S:だから、分からなかったら繰り返し見てくれっていう感じ。
S はオンデマンド型の授業において「軌道修正」は必要ないと述べる。しかし、S は動画
教材の作成の段階で、事前に「軌道修正」を試みているようにうかがえる発言がある。
S:一つの授業を何回も見返せるっていうのがすごく良いと思った。…(中略)…分か

らなかったら一時停止して戻したり、この話知ってるだったら早送りしたり。学生自
身が自分自身にあった授業の進度を選択できるというのはいい。リアルタイムの授業
だと、授業者が手綱を握ってるけど、録画だと学生が手綱を握れる。だからどんな内
容でも理解できると思う。
S は、受講生が動画を停止したり、早送りしたりして進度を調整することを事前に見込ん
で動画教材の作成をしたと見られる。実習で用いられた動画教材では、授業者が映る映像
の周囲に字幕の解説が付されていた。授業内容が難解であれば、動画を止めて字幕を読む
ことで内容の理解が容易になるよう工夫がなされていた。Sの言う「軌道修正」は受講生
からの反応を受けて行うものであるが、オンデマンド型の授業では事前に授業内容に対す
る受講生の反応や教材の使われ方を予測し、可能な限り「軌道修正」を折り込んだ教材作
成が必要になる。
S がオンデマンド型の授業に可能性を感じている点として、今回の実習で用いたような
動画教材を使用することで、学習の主導権を受講生の側に移行できる点が挙げられる。今
回の実習の場合、教材の使用を通して、受講生自身が授業の場所、時間、進度を自主的に
調整することができる。また、
「軌道修正」が行き届く範囲で教材作成を工夫すれば、受
講生が授業内容を理解することを容易にする可能性もある。
次に、教材作成において S が感じる課題について見ていこう。S が教材作成における課
題について、特に直接的に言及した箇所は以下の通りである。 ...

この論文で使われている画像

参考文献

石井英真『未来の学校―ポスト・コロナの公教育のリデザイン―』日本標準、2020 年。

加納寛子「コロナ禍における高等教育でのオンライン授業の可能性について~学生のオ

ンライン授業のための通信環境と ICT 機器の所有状況に関する調査より~」

『日本科学

教育学会年会論文集』44、2020 年、521-524 頁。

関西大学プレスリリース「■通学時間が有効活用できるのはいいけれど…課題の多さにス

トレス■オンライン授業に対する学生の本音~回答数 12,655 件の学生アンケートの結

果 か ら ~ 」 No.38 、 2020

11

日 ( https://www.kansai-

u.ac.jp/ja/assets/pdf/about/pr/press_release/2020/No38.pdf)

(最終閲覧日:2021 年 3 月 11 日)

12

草原和博・吉田成章『ポスト・コロナの学校教育―教育者の応答と未来デザイン―』溪水

社、2020 年。

子安潤「ICT の不可能性とリアル授業の可能性」全国生活指導研究協議会編集部編『生活

指導』12/1 月号 No.753、高文研、2020 年、58-65 頁。

深澤広明「教えることの「技術」と「思想」―教育方法の原理的考察―」深澤広明編『教

師教育講座第9巻教育方法技術論』協同出版、2014 年、9-20 頁。

米津直希・宇田光・五島敦子・笹尾幸夫・大塚弥生「教職課程カリキュラムの実施におけ

る現状と課題:オンライン授業の実践的交流を手掛かりに」

『南山大学教職センター紀

要』6、2020 年、31-36 頁。

13

...

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