オンライン教育の方略構築と検証
概要
1. 背景・目的
2020年、世界各国や日本地域において新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行し、蔓延防止対策の一貫で、企業ではテレワークが実施され、大学でもオンライン方式の教育が行われた。薬学教育において医療人として必要な知識・技能・態度の習得が必要である1)が、オンライン方式の教育における、特に技能や態度に関する学習効果ついては、不明な部分が多い。またオンライン教育は試行錯誤的に実施されている状況があり、十分な標準化がされていない。
また、政府は2021年9月デジタル庁を創設し2)、医療DX(デジタル変革)を推進している3)。2022年度からはオンライン服薬指導4)が開始予定であり、そうした視点からも、オンライン教育導入の必要性と課題について、検証が必要となっている。
そこで、本研究は、本学の「人間と薬学Ⅱ(介助)」演習においてグループワーク手法を取り入れたオンライン方式の演習を実施し、学習効果および実施上の課題について、検証することとした。
2. 方法
本研究は、薬学部1年生(482名)対象の「人間と薬学Ⅱ(介助)」で実施した。オンライン方式の演習は、2コマ(1コマ70分)分の演習を、前半と後半に分け、段階的に知識・技能・態度の習得できるよう演習を組み立てた(図1)。演習は、約40名学生/回を12回実施した。
前半部分では、主に車いすに関する「知識」と「技能」習得を目指し、後半部分では、主に「態度」の醸成を目指し、Zoom(ブレイクアウトルーム)を用いたグループワーク演習を行った(図1)。
同期型オンライン演習は、Zoom(ZoomVideoCommunications,Inc.製ツール)を用いて実施した。
2-1 前半部分(知識と技能)
前半部分では、主に知識と技能(車いすの基本操作、介助方法、声かけなど)の習得を目指し、車いす操作の事例動画と配布資料を用いて、教員による講義を行なった(図2)。
その講義前後に、教員が編集制作した不適切な介助を含む事例動画を視聴し、実際の介助についての理解を高めるため、不適切な介助について解説を行った(図2)。
後半部分では、主に態度(車いす利用者への受容と共感的な態度)の醸成を目指し、車いす利用者のYouTube投稿動画を視聴し、感想をまとめ、グループワークでの討議後、発表した(図3)。
2-2 演習全体を通して通信環境等の不具合対応
学生側の通信不良時の即時対応として、予めZoom以外の連絡手段(電話番号)を教えて対応した。また、演習中の質問や不具合は別途担当者を配置し、Zoomのチャット機能を用いて対応した。演習に関する質問や通信不具合等にあった学生に対して、演習終了後に個別対応を行い、通信障害により演習の一部または全部が視聴できない学生には、録画した該当する講義を共有し、再視聴してもらった。
2-3 研究評価項目
演習冒頭に、教員より研究目的を説明し、参加同意を取得した学生を対象に、評価用データ(Zoom投票、感想文、アンケート、再視聴対応事例)を用いて、前半から後半に分けて、評価した。学習効果については、知識、技能、態度について対応する評価用データを用いて評価し、課題や不具合については、アンケートと再視聴対応事例を基に評価した(表1)(図4,5,6)。
2-4データ解析および評価、倫理的配慮
本研究は、授業の一環でのアンケートのため個人情報を取得するが、研究のための評価用データでは、氏名や学生番号の削除など匿名化(ハッシュ化)した上で集計し、統計解析を実施した。学習効果の解析について、有意水準を0.05とし、z検定を行った。さらに、YouTube動画視聴とグループワークの参加が車いす利用者への共感(態度の醸成)に相関するのか層別解析を行った。なお、本研究は、「東京薬科大学人を対象とする医学・薬学並びに生命科学系研究倫理審査委員会」より承認を得て実施した。(承認番号:人医-2020-014)
3. 結果・考察
3-1 学習効果
知識・技能の習得については、前半演習の講義後、96.4%の学生が「車いす使用前点検できる」と回答し(図7)、98.8%の学生が「介助技術を習得できた」と回答した(図8)。また介助事例動画を用いた前半演習講義後、より多くの学生が、不適切な介助を指摘(講義前5.5%→講義後72.5%)(図9)や介助申し出必要性を理解出来る(73.4%→92.0%)ようになった。演習終了後、85%以上の学生が車いすの基本的事項や適切な介助について理解できるようになったことが示された(図10)。
態度の習得(共感の醸成)については、車いす利用者のYouTube視聴とグループワーク後、92.9%の学生が車いす利用者の状況を確認した上で声かけすると回答した(図12)。これは、実際の車いす利用者の動画を視聴することで「相手の気持ちを尊重することが大切」など共感の醸成が生まれたことによるものと考えられる(図13)。
共感の醸成については、グループワークの積極的な参加した学生は、積極的に参加しなかった学生と比較して、「優しい気持ちで接するよう努めたい」という共感の醸成が優位に高かった(オッズ比3.2, p<0.001)(表2)。車いす利用者動画視聴とグループワークなどの学習方略が、共感の醸成に効果的であることが示唆された。
3-2 不具合・課題(通信不具合他)
演習中の不具合(通信障害含む)については、81.1%の学生は特に問題はなかったと回答したが(図15)、14.4%の学生が何らかの通信環境不具合(カクつき他)を報告し、映像カクカク(17.5%)、音声途切れ(13.3%)などが報告された(図16)。ただし動画の再視聴が必要になった学生は5名に留まった。
3-3 満足度等
演習全体を通して、75.1%の学生は、介助・障害について真剣に考えることが出来たと回答した(図17)。84%の学生は、「介助をひつようとする人の気持ちや状況の理解に役立った」と回答した(図17)。演習に満足した学生は56.9%に留まり(図17)、車いすに触れる機会がなかったこと等を課題として挙げていた(自由記載欄)。
本研究では、教員説明、動画(教員作成/車いす利用者作成YouTube)視聴、グループワークを組み合わせ、Zoomで演習を実施した(方略構築)。学習効果については、知識・技能の習得について90%以上の学生が車いす介助の基本的な知識・技能を習得した。態度(共感の醸成)については、車いす利用者作成動画の視聴とグループワーク等の学習方略が、学生の共感の醸成に効果的であることが示唆された。不具合、課題については、約15%の学生で何らかの通信環境不具合が発生し(実際に再視聴が必要になった学生は数名に留まる)、また車いすに触れる機会がなかったことが課題として挙げられた。
以上のことから、オンライン教育は、新型コロナ禍中での対面の代替としてだけではなく、その特性を活用しながら、新たな学び方として薬学生の教育法の一つに導入する必要があると考えられる。
現在、政府はデジタル庁を創設、ヘルスケアDXを推進しており5)、2022年度からはオンライン服薬指導が開始される。今後、薬局でのオンライン方式での服薬指導業務の確立と評価が必要になり、また係る現役薬剤師向けオンライン教育が必要になることが予想される。本研究が、そうしたafterコロナでの、ヘルスケアDXや教育DX発展の一助になれば幸いである。