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薬学教育における情報教育の過去・現在・未来

山田 寛尚 倉田 香織 佐藤 弘人 東京薬科大学

2022.03.31

概要

1.目的
 東京薬科大学薬学部では、授業用ノート型パソコンを必携化し、情報処理教育を行なっている。かつて、パソコンを用いた情報処理教育を受けるのは「大学生」という認識であったが、現在では小学生においてもその機会が提供されている。パソコンの普及により「専門情報処理教育」から「一般情報処理教育」へ変遷し、各種アプリケーションソフトウェアとインターネットの普及により、「一般情報処理教育」から「処理」の概念を外した「情報教育」に変貌している[1]。
 薬学部学生への教育(薬学教育)は「薬学教育モデル・コアカリキュラム平成25年度改訂版」に基づき、各大学の裁量を加えて行われている[2]。「情報教育」は薬学準備教育ガイドラインの中で「情報リテラシー」という項目で取り扱われ、「情報学」における専門教育は「医薬品情報学」となり、「情報処理教育」については、明確には記載されてこなかった。薬学教育モデル・コアカリキュラムは2022年に改訂が予定されている。改訂の内容は、原稿の執筆時点では不明であるが、医学、歯学、薬学の同時改訂となり、2024年度入学生から、年次導入されていく予定である。
 2020年からの小学校でのプログラミング教育の必修化は大きな話題となった。ただし、教科として独立してはおらず、数学や理科、国語といった各教科の中で実施されるものである。中学校では、1989年に教科「技術・家庭」の選択領域として「情報基礎」が新設され、2002年からは「情報とコンピュータ」として必修化されている。高等学校からは、教科としての「情報」の授業が存在する。2003年に教科「情報」が必修化され、2013年の科目改訂を経て、2022年からは「情報I」が必修科目、「情報II」が選択科目として実施される[3]。これに付随する形で、2025年には大学入学共通テストに追加される予定となっている。
 こうした経緯の中で、著者らは、「一般情報処理教育」と「情報教育」のバランスをとりながら、どちらかに偏りすぎることなく、学生らの能力を高めることができるよう、カリキュラムを構築してきた。1年次必修科目「基礎情報学」と「基礎情報学演習I」、1年次選択科目「基礎情報学演習II」は、2年後には大きく変わることとなるだろう。また、自分たち以外の教員も、情報教育に関わる機会が増えることだろう。そこで、これらの科目の取り組みを振り返るとともに、今後について、述べて行くこととする。

2.授業用ノート型パソコンの必携化と推奨機種
 自由科目として開講した初年度の授業では、ノート型パソコンの仕様は指定しなかった。当時は大学で用意したパソコンルームに整然と並んだパソコンを利用した授業が一般的であったが、本学では、注目され始めていたBYOD(Bring Your Own Device)を実施することとなった。仕様を指定しなかったことで、コピー&ペーストといったOSの機能を教えるにも一苦労、OS毎に異なるアプリケーションの画面構成などの影響もあり、その指導には大変な労力が要求された。授業時間内に演習を完了することは難しく、授業ではデモンストレーションを中心に説明を行い、課題演習は各自の自習時間に実施するほかなかった。当時から、学内のネットワーク環境は(有線ではあったが)整備されていたものの、学生らの自宅にはインターネット環境はなく、担当教員は週に4日、自習のために解放されていた講義室に出向き、長時間の指導を行なっていたのも事実である。大変な仕事ではあったが、学生との直接的なやり取りの中で、一斉授業を行うために必要な条件や経験を積み上げることができ、その後の授業設計に生かされている。いま思えば、同期型のオンデマンド型授業を極めて非効率に実施していたようなものであり、この時の経験は2020年度前期の完全オンライン授業の実施に役立った。20年の時を経て、時代がやりたいことに追いついたのかもしれない。
 教員1名、50〜70名の学生、1コマ70分の条件で、パソコン実習を実施するためには、「基準」となる環境が必要である。新入生には、用意するパソコンの最低限の仕様を提示し、これを十分に満たす機種を推奨機種として紹介している。この推奨機種を基準とし、手順書は必ずその年の推奨機種を用いて作成し、初心者でも混乱がないよう毎年改訂してきた。OSのアップデート等で大きくメニュー構成やデザインが変更となることもあるので、基本的に直前に作成するようにしている。
 推奨機種の購入率は、かつては70-75%程度と高い水準にあり、密度の濃い一斉授業と、丁寧すぎるほどの情報提供が可能であった。徐々に購入率は下がり、2021年度は65%に低下した。推奨機種は費用対効果が高いものを選定しているが、低価格帯のものは避けているので、オンライン学習が一般化しつつある昨今では、2台目としての購入は困難な状況である。それでも数年前までは、ほぼ全員がWindows OS搭載機を用意できていた。macOS搭載機であっても、Windows OSを動かすことができるBootCampというプログラムを使用することで、環境を統一することができたからである。残念なことにBootCampは、2020年以降に発売されたmacOS搭載機では使用することができない。また、タブレットを推奨機種としないことに、学内からの意見が多くあることは承知している。ペンが使えるタブレット型パソコンやタブレット機器の有用性は誰もが認めるところである。後者は、保証期間が2年程度と短いため、個人の裁量で購入すべきものであると考えている。担当者としては、パソコンとタブレットを持つことが最善であると考えている。実際に学生たちは、タブレットでオンライン上の手順書を見ながら、パソコンの操作を行っている。否が応でも、BYODは多様化していく。オンライン学習時代では、パソコンだろうが、タブレットだろうが、1台では効率が悪いと考えるべきではないだろうか。2台の所有が前提であれば、学生に提示する最低限の仕様としての条件をさらに緩和し、推奨機種のスペックや価格帯を下げることが可能となる。

3.1年生前期における学生たちの成長
 基礎情報学演習Iの第1回目の授業で、パソコンでの文字入力スキルの測定を行なっている。小中学校の授業でもパソコンが使われるようになっていることから、大学に入学する学生の文字入力スキルは上がっていくと誰もが期待した。現実は、その反対となっている。スマートフォンやタブレットの普及がその理由である。
 キーボードからの文字入力のスキルは、ICT機器から情報を受信するだけであれば、ほとんど必要ない。しかし、情報を発信する側に回り、計算処理を大量に実施するためには、欠かせない重要な能力である。教員は日常的にこうした作業を行っているが、多くの学生にとって、オンライン授業が普及したことで、切実に必要となった能力なのである。
 本学の学生の入学時の水準は高いものではない(図1)。この水準を上げていかないことには、マークシートを塗りつぶすことが勉強の目的になってしまう学生ばかりになってしまう。人間と薬学や、物理学、生物学など、多くの1年生科目の担当教員がレポート課題やWebClassへの教材の提示を積極的に行い、学生たちが毎日パソコンを使わざるを得ない状況を作り出してきた。学生たちは「たった3ヶ月でこんなにパソコンが使えるようになった」と喜んでいる。これは「基礎情報学演習I」ではなく、1年生科目担当者全員、そして教務担当が一丸となって作り上げた、本学の良き環境であると思っている。
 2020年度前期の完全オンライン授業の実施時には、ネット環境が用意できない学生は約5%に上ったが、パソコンが用意できない学生は数えるほどしかいなかった。中には、学生からの問い合わせで、事務部門の窓口がパンクした大学もあったと聞く。本学では、個々の教員の負担が増えたことは残念であったが、基本的には、平時の体制のまま対応することができていた。対面授業も始まり、ポストコロナに向かっている。1年生は進級して、専門の勉強をすることを心待ちにしている。2年生以降の科目担当者にも、この環境を上手に活用して、特色ある豊かなカリキュラムを実現していただきたい。

4.1年次必修科目「基礎情報学」[4]
 「情報学」とは何か、明確に答えることができる薬学部教員はどの程度存在するのだろうか。薬学における情報学のあり方や、薬学を学び卒業していく学生が修得すべき能力など、各自の専門領域ごとに一家言あるのだろう。では、「基礎情報学」では一体何を教えているのか?
 授業は「情報とは何か」、「コミュニケーションとは何か」から始めている。情報は無形物であり、表現形式があり、媒体と組み合わせて、認識されている。ビット列で表現される「データ」が、パソコンという媒体を介して「情報」となり、多くの人の経験によって「知識」に昇華され、蓄積されていく。「情報」を「知識」にしていく過程ではコミュニケーションが欠かせない。コンピュータは「個人」の能力を拡大し、コミュニケーションは「社会」の能力を拡大する。薬学生が情報学を学ぶ目的は、医療現場におけるこうした情報のあり方を正しく理解することである。
 薬学部に入学して薬剤師を目指す学生たちが、人間社会におけるコミュニケーションに興味をもたないわけがない。医療面接を例に、姿勢反響や空間行動における距離、縄張り行動、メラビアンの法則、共感的反復などを紹介しながら、良いコミュニケーションの成立に必要なものは「データ」ではなく「知識」であることを同時に考えてもらっている。そして、13コマの中で、学生たちの反応が最も良いのが「情報デザイン」のコマである。医療現場におけるヒヤリ・ハットを取り上げ、調剤過誤を未然に防ぐためのインターフェイスデザインについて解説していくコマである。デザイン教育は、計画を記号化するという点において、プログラミング教育につながるものがある。ヒューマンエラーを防ぐためにさまざまなデザインが応用されている。専門教育も重要であるが、コンピュータのGUIやスマートフォンのデザインは、ヒトとモノのコミュニケーションを支えるインターフェイスであることを学んでおくことで、より身近な事例として、考えを深めることができる。
 第2の柱は、情報を扱う者が遵守すべき著作権保護や個人情報保護に関する法の理解と、データを守るための情報セキュリティの三原則(機密性、完全性、可用性)や暗号化通信の技術についての理解を深めることである。身近な事例として、オンライン授業やオンライン診療、オンライン服薬指導といった事例を取り上げて説明を加えている。また、医薬品の開発に触れ、その知的財産権についても取り上げている。

5.1年次必修科目「基礎情報学演習I」[5]
 前述の基礎情報学と比較して、基礎情報学演習Iは、どのような授業なのかを想像することが容易いと思われる。ただ、実際に感想を聞くと、「想像していたものとは全然違った」、「高校の教科「情報」とは全然違った」と言う学生が多い。
 授業計画では、薬学モデル・コアカリキュラムに準じた書き方をしているので、実態は正しく伝わっていないと思っている。かなり早い時期から、Excel関数を主体とした情報処理学習に多くの時間を割いてきた。昨今、プログラミング学習の必要性があちこちで強調されているが、表計算の仕組みと、その応用の仕方を、基本からしっかりと学習しておけば、計算処理を目的とするプログラミングを学習する際に大いに役に立つ。
 Excelを使ったデータ処理は中学校や高校で経験している学生も多い。しかし、表計算の仕組みを概念として理解し、使いこなせている学生は期待するほど多くはない。高大連携プログラム等でプログラミング学習まで経験している学生でも、表面上ソフトウェアの使い方を知っているだけで、仕組みについては説明できないことも珍しくはない(これまでには数えるほどしかいなかった、高いレベルで理解している学生も増えている)。一方で、Excelはほとんど使ったことがない、という学生でも、仕組みから説明することでかなり高度な課題をこなせるようになる。Excel関数もプログラミングも、根っこの部分では、データを論理的に処理するための思考が必要である。簡単にいえば、数学の能力である。いくら、小学生や中学生でパソコン、あるいはExcelを操作したといっても、計算処理の論理的な部分を十分に扱っているとは限らない。高校生や大学生に求められるのは、論理的思考をもって、目の前の作業を一般化し、式やアルゴリズムに落とし込む、そういう能力である。高校でやったから身に付いていると考えるのではなく、大学では、反復することでより高度な処理ができるように指導することが重要であると考えている。授業では、「IF関数、VLOOKUP関数、絶対参照」を徹底的に学習する。授業の最終課題の1つは、①小児薬用量の換算式と、②国民健康・栄養調査で得られた身長と体重データ(性別毎)、③主要医薬品の成人薬用量の一覧表を組み合わせ、プルダウンメニューで医薬品名と患者の年齢、性別を選ぶことで、換算式毎の計算値が表示される自動計算シートを作成することである。
 この教材には、もう一つの工夫がある。授業の冒頭で、電卓で自分や家族、小学1年生、中学1年生のBMI値を計算してもらい、検査値の上限や下限を確認してから、関数での計算を始めている。薬学生が学習する公式は、計算して値を出すことだけが目的ではなく、変数と変数の関係を把握し、予後を予測するために使用する。また、薬剤師は自らの値を代入して得られる値を参考に、異常値を察知し、リスク回避の第一歩を踏み出す。正しい計算プログラムは、人為的ミスの繰り返しを避けられること、手順が多いプログラムは、ミスが発生しやすい。ただ、計算ができれば良いのではなく、よりスマートな手順を考えることの重要性について、繰り返し、説明している。
 薬剤師が管理する医薬品は彼らが想像するよりもずっと多様である。そこで、最終課題では、①診療報酬で使用される薬価基準収載品目リスト、②薬事工業生産動態統計調査のデータを用いて、薬効分類毎の医薬品の数の違いや薬価、生産金額の比較、年次推移の比較を行い、各自が作成した構造式モデルを添えたレポートを作成する。目に見える範囲のデータを扱っていたのでは、学生たちは計算処理の真の価値がわからない。Excelといった身近な道具で、まずはビッグデータを取り扱うことを覚え、そこから得られる知識こそが「情報」であることに気付いてほしい。学生にとっては、とにかく大変なレポートではあるが、これから自分たちが生きる世界を自らの手で可視化することで、今後の学習のモチベーションにしてほしいと切に願っている。

6.1年次選択科目「基礎情報学演習II」[6]
 基礎情報学演習IIでは、アウトラインプロセッシングに基づく文書作成や、意思決定にむけた表計算ソフトウェアの利用、分子モデリング(計算化学)、グラフィクスプログラミング、暗号化技術、構造化文書の作成と公開など、ICTへの理解を深めることを目標としている。
 最初の4コマを使い、Chem3Dを用いて、医薬品分子の化学構造を3次元的に理解し、分子力学計算を行うことで、分子が3次元的にどのように動くのか、安定な構造とはどういうことなのかを演習を行いながら学ぶ。次の4コマで、WordやExcelの演習を行う。このセクションでは、コンピュータによる一括処理に焦点を当て、スタイル機能の利用やワイルドカードを用いた検索・置換(Wordでは書式等も検索・置換の対象であるが、こうした概念を持っていない学生が多い)や、ピボットテーブルによるデータ解析などを扱う。次の6コマで、慣れ親しんだソフトウェアを離れて、文字によるコンピュータの操作を学んでいく。コマンドラインによるOSの操作を体験し、コンピュータがマウスなしでも動かすことができることを理解したのち、HTMLをはじめとする構造化文書の仕組みを理解したところで、プログラミングに挑戦するための準備体操は終わりである。
 プログラミングにおいて最低限必要な概念は、変数と座標・関数、そして、順接、分岐、反復である。コンピュータの本質はこれらの組み合わせにある。Design By Numbers(DBN)はこれらを直感的に学習するツールとして、MITメディア・ラボのJohn Maedaが開発した簡易言語である。DBNは書いたプログラムをコンパイルする必要がなく、コードの実行と描画を確認できる。2コマの中で、長針と短針からなる時計を表現するプログラムを作成していく。プログラミングにおける基本概念を使うことは、IF関数を理解していれば容易い。DBNは何の役に立つのか?と問われるが、基本概念が理解できていれば、PythonやRといった言語の習得は、方言を習うようなものである。
 総合演習では外部講師による講義を行っている。この講義では、COVID-19創薬の現場、薬がどのような観点から創られているのかを学ぶ。このように本演習では、文書作成から情報公開といったICTスキルだけではなく、計算科学、創薬の入門といった幅広い知識について触れている。

7.医療現場におけるAI(人口知能)とデータサイエンス
 基礎情報学と基礎情報学演習Iにおいて、2019年度より「AI(人口知能)とデータサイエンス」について、各2コマ話題として取り上げている。入学したばかりの学生たちはあまりAIには期待していないと聞いている。それは「AIの発展で薬剤師は職を失う」と思っているからである。情報処理教育を行う立場上、見過ごせない。確かに、AIは従来、薬剤師が蓄積した「知識」を昇華して作り上げた「仕事」の多くを不要にする力を持っている。注目するべきはそこではない。薬剤師が長い時間をかけて蓄積した知識を、短時間で作り上げることができ、かつ、ブラッシュアップすることができる。そのことで、人間である私たち薬剤師が実際に行う「仕事」が、より良いものになることを知ってほしい。
 機械学習は、AIの技術の一つである。機械学習が飛躍的に進歩し、様々な分野で利用されるようになっている。普段、私たちが手にしているスマートフォンやPC、タブレット、顔認証システムや画像認証システムに利用される画像・音声処理といった身近なものから、地震の予測や台風の進路予測、自動運転、防犯、コンピュータゲームにも利用されている。医療業界も例外ではなく、画像認識技術を用いた画像診断に用いられ、AI技術を利用した医療機器として承認されている。
 AIの技術の向上に加えて、ビッグデータの蓄積も見逃すことができない。ビッグデータの量的側面は「典型的なデータベースソフトウェアが把握し、蓄積し、運用し、分析できる能力を超えたサイズのデータ」を指し「事業に役立つ知見を導出するためのデータ」という目的をもったものをいう。スマートフォンの保有割合が8割を超え、様々な社会活動にコンピュータが介在し、データが電子化された現代社会において、ソーシャルデータ、マルチメディアデータ、ウェブサイトデータ、カスタマーデータ、センサーデータ、文書データ、ログデータ、オペレーションデータなど、ありとあらゆるデータにより構成されている[7]。
 AIの技術やビッグデータを活用し、新たな発見、知見を得ようとする分野がデータサイエンスと呼ばれている。活用領域は、予測・意思決定・異常検出・自動化・最適化など多岐に渡る。データサイエンス教育は、従来の情報教育とも情報処理教育とも異なる側面をもっている。コンピュータを用いて、計算処理を効率的に行い、問題解決に資する情報や知識を生み出す点においては、後者に近いが、情報通信や計測技術の飛躍的発展の結果として生まれた、従来とは量・質ともに全く異なるデータを取り扱っていく点において、統計学の力を借りている点に注目している。
 AIはルーチンや機械的な作業、正確性が必要な側面において有効性を発揮する。事務処理や調剤、薬歴管理といった業務に活用することができる。一方で、服薬指導といった対人業務には向いていない。昨今、AIを活用した様々なロボットが開発されているが、コミュニケーションについては人間に勝るものはなく、あくまで脇役である。こうしたロボットを従えて、薬剤師がより良い対人業務を行うことが重要であるし、このロボットに良い仕事をさせるため、あるいは良いロボットを選定する目を養うために、データサイエンスに関する知識の習得や、技術の習得が必要である。

8.数理・データサイエンス教育・AI教育の今後
 数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)は、大学等の正規の課程における、学生の数理・データサイエンス・AIへの関心を高め、かつ、適切に理解し、活用する基礎的な能力を育成することを目的としたものである。「1.社会におけるデータ・AI利活用(導入)」、「2.データリテラシー(基礎)」、「3.データ・AI利活用における留意事項(心得)」、「4.オプション(専門・実践)」からなる、モデルカリキュラムが示されている[8]。
 2021年度に開講されている科目の中で、モデルカリキュラムに対応する科目には、数学、基礎統計学、医療薬物薬学特論II:データ解析集中講座、多変量解析(ヘルスケア・データサイエンス)が該当する。基礎情報学および基礎情報学演習I、IIにおいても、取り扱っている項目(学修内容)が多い。特に、「3.データ・AI利活用における留意事項(心得)」は、基礎情報学でほぼ全ての項目を網羅している。現代における情報学のあり方を教育しようとすれば、話題としては同じものを扱うこととなるのは必然である。基礎情報学演習I、IIでは、オープンデータを活用した高度な情報処理やプログラミング学習に必要な基本概念を取り扱っているものの、科目そのものが旧来の「情報リテラシー」教育の理念のもとに開講されたこともあり、データサイエンスの関連科目として連携・発展させていく必要性がある。この点については、薬学モデル・コアカリキュラムの改訂により、自由度があがることを期待している。また、近年、外部公開された授業計画の記載内容が大学評価に大きく影響することもあり、正しく現状が伝わるよう、表記の見直しも必要であると考えている。
 データサイエンスを体験することの障壁はかなり低くなってきている。C言語やFortranのようなプログラム言語は敷居が高いものであった。しかしながら、PythonやRといったインタプリタ言語の開発が進み、GUIにおけるメニューボタンをクリックする感覚で、プログラムを記述することができるので、手軽にプログラミングを体験できる。AIの技術、機械学習はデータサイエンスにおいて無くてはならないものである。しかし、機械学習を習得しただけではデータサイエンスに活用することは難しい。データそのものが無ければ機械学習を行うこともデータを解析することもできないが、何より重要なのはそのデータの見方と扱い方に関する能力である。すでに薬学教育の中で、AIの基本的な考え方を教え、データの扱い方を修得することを目的として、学生たちにとって身近なWordやExcelを用いたデータ処理の演習を行なってきた。数値計算や条件検索による一括処理、グラフ描画などである。また、薬価基準収載品目リストを用いたデータベース検索はその集大成となっている。Excelは表計算の概念を理解してしまえば視覚的にわかりやすい優れたアプリケーションである。また、機械学習を実行することも可能である。PythonやRでは、OSによるファイルやディレクトリ(フォルダ)管理も一括して実施できることから、データサイエンスの教育においても活用においても、標準ツールになっている。基礎情報学演習Iの最終課題をPythonで行うことも可能である。こうした変更を行うことで、今後はデータ処理の基礎から学び始めた学生が、3ヶ月でプログラミング学習の基礎までを学習することが可能になる。
 基礎情報学演習IIは選択科目である。したがって、ひとつのテーマを深く掘り下げることもできるし、後に深く掘り下げるために、視野を広げるためにテーマを分散させることもできる。プログラミングやデータサイエンスを本格的に実施したい学生が多いのであれば、PythonやRを使った課題演習を中心にカリキュラムを再構築することもできる。授業の最後にアンケートをとってみたところ、「一つを深くやるよりも、視野を広げるタイプの授業が良い」という学生のほうが多かった。同時期に開講されている1年次選択科目である数学をめぐる世界や計算化学を選んでいる学生の中には、プログラミングやデータサイエンスに対して興味がある学生が多いようなので、現状の基礎情報学演習IIにもそれなりのニーズがあることは確かである。
 基礎情報学演習Iでは、提出された電子ファイルは全て内容をチェックして、間違っている箇所を個々にフィードバックしている。LMSのおかげで、レポートのチェックにかかる労力は軽減されているが、個々にフィードバックするのには力不足は否めない。最近は、提出されたファイルをPythonなどのプログラミング言語で一括処理して、採点用データを作成し、効率を上げている。
 社会人の多くがExcelでやっていることを、Pythonで実施するのが当たり前の未来は、すぐそこまで来ていると思っている。データサイエンスなどといった新しい概念をわざわざ持ち出さなくても、情報教育の担当者としては、プログラミング学習のコマを増やすことが社会人教育としても重要だと実感してもいる。

参考文献

[1] 川村一樹. メディア教育研究, Vol. 6, No. 2, pp. S11-S21 (2010)

[2] 文部科学省高等局医学教育課薬学教育係. https://www.mext.go.jp/a_menu/01_d/08091815.htm

[3] 文部科学省初等中等教育局学校デジタル化プロジェクトチーム. https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1416746.htm

[4] 東京薬科大学シラバス. https://syllabus.ps.toyaku.ac.jp/syllabus/students/preview/2207

[5] 東京薬科大学シラバス. https://syllabus.ps.toyaku.ac.jp/syllabus/students/preview/2208

[6] 東京薬科大学シラバス. https://syllabus.ps.toyaku.ac.jp/syllabus/students/preview/2243

[7] 平成24年度情報通信白書. https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc121410.html

[8] 文部科学省高等教育局専門教育課. https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/suuri_datascience_ai/00002.htm

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