Analysis of conformational space sampled by domain reorientation in linear diubiquitin by paramagnetic NMR
概要
細胞内の様々な事象の調節に関わるユビキチン化には複数の様式がある。直鎖型(或いはMet1型)のポリユビキチン化は、ユビキチンのアミノ末端とカルボキシ末端を介して形成されたポリユビキチン鎖が基質タンパク質に付加される様式であり、主に免疫や炎症の制御に関わるシグナル伝達経路で重要な役割を果たす。ユビキチン鎖の役割は特定のタンパク質との選択的な相互作用の媒介、すなわち分子認識である。直鎖型ユビキチン鎖と、そのターゲットタンパク質の複合体の結晶構造は複数報告されているものの、直鎖型ユビキチン鎖は多様なコンフォメーションを取りうるうえに、鎖中に複数の結合部位を有するため、その分子認識機構は複雑で、十分には解明されていない。本研究では、主に常磁性NMR分光法を用いて、直鎖型ジユビキチンが水溶液中で取りうるコンフォメーション空間を解析し、ターゲットタンパク質との結合様式を調べた。
信頼性の高いNMRデータを得るために、ジユビキチンのうち、一方のユビキチンのみを15Nで選択的に標識した試料を、直鎖型ポリユビキチン鎖合成酵素を用いた酵素反応によって調製した。さらに、ジユビキチン内の特定のアミノ酸残基をシステインに置換し、その側鎖に特殊な配位子を繋ぎ、ここにランタノイド金属ツリウム(Tm)を配位させた。この試料のNMRスペクトルを取得し、ツリウムの常磁性に起因するアミド1Hと15N核の化学シフト変化(PCS: pseudo contact shift)を解析し、アミド1H、15N、それぞれとツリウム間の距離を算出した。さらに、ツリウムの常磁性に起因するジユビキチン分子の磁場中での弱い配向に伴う1H-15N核間の残余双極子結合も解析し、各アミノ酸残基の1H-15N結合ベクトル間の相対角度を算出した。ジユビキチンの複数の位置にツリウムを導入することで、分子全体に渡ってこれら構造データを取得し、得られた距離や角度情報に基づきジユビキチンが水溶液中でとりうるコンフォメーション集団を推定した。溶液中では、ジユビキチン中の二つのユビキチンは互いに殆ど接触せず、定まった相対配置(コンフォメーション)はないと考えられていたが、解析の結果、いくつかの相対配置が高頻度に現われていることがわかった。さらに、塩強度を変化させたり、アミノ酸変異を導入して解析を行なうことで、高頻度に現われるコンフォメーションの物理化学的特徴を明らかにした。ジユビキチンを含む複合体の結晶構造と上記で得たコンフォメーション集団の比較、および結合親和性の測定結果などから、ジユビキチンは、結合するターゲットによってコンフォメーション選択機構と誘導適合機構を使い分けていることを提案した。また、ターゲットタンパク質と複合体を形成したジユビキチンについても常磁性NMRの測定・解析を行なった。その結果、複合体中においても、ジユビキチンのコンフォメーションは完全には固定されておらず、比較的大きなドメイン間揺らぎが存在することが明らかになった。以上の様に、本研究によって、直鎖ユビキチン鎖の分子機構について多くの重要な洞察が得られた。