Search For the Vacuum Polarization using a high-field laser and an XFEL
概要
論文審査の結果の要旨
氏名
清
野
結
大
本論文で論文提出者は高強度レーザーと X 線自由レーザー(XFEL)を用いた真空回折と
いう新しい方法による真空偏極の探索実験の報告を行った。本論文は7章からなる。第 1 章
はイントロダクションである。真空偏極、これまでの真空偏極の探索、高強度レーザーと
XFEL を使った真空回折実験の説明、さらに、この論文の概要を述べる。第 2 章では高強度
レーザーと XFEL のパルスを正面衝突させる真空回折実験における回折信号の理論的な計
算式に関して記述する。第 3 章では高強度レーザー(ポンプ光)
、XFEL(プローブ光)や
信号検出システムなどの実験装置について述べる。第 4 章では XFEL パルスとレーザーパ
ルスの空間的・時間的な調整について述べる。第 5 章ではデータ収集と解析について述べ
て、最終的な真空回折の上限の結果を述べる。第 6 章では結果についての議論と将来の実
験に対する展望について述べる。第 7 章は結論である。
真空偏極は、量子電磁気学においては、光が仮想的に電子・陽電子対を生成・消滅する過
程として予言され、真空偏極によって電荷をもたない光同士の相互作用が可能になるが、真
空中においてはいまだに観測されていない。真空偏極の探索を通じて、Axion および Axionlike な粒子などの標準理論を超えた未知粒子の探索ができ、また、これまで検証されていな
い高強度電磁場における物理現象の探索ができる。
いくつかの先行実験によって真空偏極の探索が行われてきたが、実験感度の向上があま
り見込めなくなってきている。
光子光子散乱の探索は光子数の多い高強度レーザーや XFEL
を用いて行われてきたが、信号の統計量が観測まで 18 桁足らない。真空複屈折実験では、
数テスラの磁石の磁場中を通過させたレーザー光に引き起こされる偏光変化を、プローブ
レーザー光を共振器で磁場中を何度も往復させて探索する。実験のどれも共振器由来のノ
イズによって感度の向上がむずしい。そこで新しい実験方法の開発が望まれていた。
論文提出者は真空偏極が引き起こす真空回折現象に注目し、真空回折の探索実験を考案
した。ペタワット級の高強度レーザーを 1m 程度まで集光すると O(106)テスラの強力な磁
場が局所的に得られ、プローブ光の X 線は可視光レーザーと比べて光子エネルギーが 4 桁
も大きく、信号数は電磁場強度の 2 乗とプローブ光のエネルギーの 2 乗に比例する。その
ため共振器を使用せずに、たいへん大きな信号数(1 回の衝突で O(1)光子)が期待できる。
ただし、この方法では、高強度レーザーと XFEL のパルスが小さく(~1μm)、パルス幅
が短い(~100 fs)ために両パルスを衝突させることが困難であった。そこで論文提出者は、
これまで考慮されていなかった効果を含めて実効的な回折分布の式を導出し、またパルス
同士を衝突させる技術など、探索実験技術の開発を行った。
次にレーザーを集光するためにレーザーの位相を制御する光学系の構築を行った。具体
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的にはレーザー波面の位相を、波長の 1/100 の精度で精密に制御する光学系を構築した。形
状可変ミラーの表面形状を数 nm の精度で調整することでレーザーの位相を制御し、レー
ザー集光像の最適化を行って、レーザーを 1.9μm まで集光することができた。また論文提
出者は、
幾何学的な回折を起こさせずに大角度の X 線を除去できる X 線光学素子
(shaper)
を発案し、開発を行った。これによりバックグランドが 3 桁減少した。
この探索実験で一番難しい課題は、1.9m の高強度レーザーと 15m の XFEL の両パル
スが衝突していることを、空間的・時間的に確実に保証することである。論文提出者は、相
対距離を確実に測定するために両パルスの照射痕を用いる方法を考案し、両パルスの空間
的な衝突を 4m の精度で保証することができた。またパルス同士の衝突を時間的に保証す
る手法も確立した。GaAs の光学的性質が高速で変化する現象を利用して、両パルスがレー
ザー集光点に照射されたタイミングを、XFEL とレーザーのタイミングジッター300 fs よ
り小さい、160 fs の精度で測定することができた。
真空回折の初めての探索は、兵庫県にある高強度 XFEL 施設 SACLA のビームラインに
おいて、0.6-TW レーザーと 8.4 keV の XFEL ビームを用いて行われたが、有意な信号は観
測されなかった。これにより真空回折実験による真空偏極に対する初めての、90%信頼区間
の上限値が、量子電磁気学で予測される信号 X 線数𝑛𝑄𝐸𝐷,𝑠𝑢𝑚に対する観測された X 線光子
数𝑛𝑥𝑟𝑎𝑦,𝑠𝑢𝑚の比として以下のように得られた。
𝑛𝑥𝑟𝑎𝑦,𝑠𝑢𝑚
< 2.3 × 1018
𝑛𝑄𝐸𝐷,𝑠𝑢𝑚
さらに将来の展望として、SACLA の XFEL と 500-TW レーザーを用い、これまで開発さ
れた実験手法や技術をもとにさらなる改良を行うことによって、真空回折による真空偏極
の初観測に向けた見通しをまとめた。
この論文は、論文提出者が主体となって新しい手法の開発、解析、系統的誤差の評価を行
ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位
を授与できると認める。
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