中等教育における外来生物の被害防除を目指した授業モデルの構築に関する研究 -クビアカツヤカミキリによるサクラ被害のマップ化とその利用-
概要
近年の急速なグローバル化に伴い,人や物資の移動が活発化している.このような状況下において,本来その場所に自然分布していないはずの生物が国外から導入され,野生化するケースが増加している.筆者の勤務校が位置する群馬県太田市では,2017年から外来生物のクビアカツヤカミキリ(Aromiabungii)による樹木被害が発生し,その被害本数は年々増加している.クビアカツヤカミキリはバラ科樹木を主に食害し,特に太田市ではサクラ(ソメイヨシノ)の被害が大きく深刻な問題となっている.このように外来生物による問題は,私たちの身近なところでも発生しており,外来生物による被害を抑制していくことは極めて重要な課題と言える.中学校学習指導要領(文部科学省2017)及び,高等学校学習指導要領解説理科編(文部科学省2018b)では「外来生物」の用語が明記されており,外来生物教育の重要性が示されている.そこで,理科の授業で実施する外来生物学習が,地域の外来生物問題に役立たせることができれば,教育と地域の双方で有益な学習活動になると考えた.このことを踏まえて,本研究では外来生物,特にクビアカツヤカミキリを題材とした教材を開発し,その授業実践を通して被害防除の一助となるような授業モデルの構築を目的とした.
現在,クビアカツヤカミキリの駆除方法は様々あるが,最も有効な方法は被害の早期発見であることが報告されている(加賀谷2020b).そのため,本研究では被害の早期発見を目指した「サクラ被害マップ作製教材」の開発とその授業実践を行い,被害防除に努めることとした.「サクラ被害マップ」は,生徒たちがサクラの被害状況を野外調査で調べ,その結果(被害状況・生育場所)をWeb地図上に記した分布地図である.この「サクラ被害マップ作製教材」ではWeb地図やGIS(地理情報システム)が関連していることから,これらの知見を活用した学習方法が多数蓄積されている地理教育と連携することとした.地理教育との連携では,理科教育(生物教育)と地理教育の連携授業によって得られる効果を把握することと,分布地図を作製するために本研究で開発した調査用アプリケーション(以下,調査システム)の操作性を確認することを目的とした.そのため,連携授業ではサクラの被害調査は実施せず,サクラの分布地図(サクラマップ)を作製する授業を行った.なお,調査システム(情報入力式)は,発見したサクラの緯度・経度等の情報を入力することで,Web上に分布地図が作製されていくシステムである.連携授業では,まず「生物基礎」の授業で,サクラが生育している場所の調査及び「サクラマップ」の作製を行った.次に「地理B」の授業で,「サクラマップ」の分布情報をGISで分析を行い,生徒が調査したサクラの分布について考察を行った.その結果,GISを活用することで生徒の考察が深められることや地理教員の指導によって効果的なGISの活用ができたこと,教科間(生物と地理)の関連性が認識できたことなど,様々な効果を得られることが分かった.その一方で,調査システム(情報入力式)の操作で緯度・経度を入力することに多数の生徒が負担を感じていることが分かり,多くの分布データを取得するために,負担感の少ない調査システムへの改善が必要となった.
連携授業の知見を基に,クビアカツヤカミキリの被害調査(授業実践)では,端末の画面に触れるだけ(緯度・経度の入力不要)で,分布地図を作製できる新たな調査システム(画面タッチ式)を開発した.調査システム(画面タッチ式)は,記録が簡易化されただけでなく,地図上に表示するピン(印)の色を青色・赤色・緑色の3色で色分けできる機能を追加した.この機能により,発見したサクラの状態に応じてピンの色を分けて記録できるようになった.そして,調査システム(画面タッチ式)を用いて高等学校(2020年)と中学校(2021年)で,クビアカツヤカミキリによって被害を受けたサクラを調査し,「サクラ被害マップ」を作製する授業実践を行った.その結果,高等学校では4,161本(調査生徒数:157人),中学校では8,489本(調査生徒数:104人)のサクラの分布データが記録された「サクラ被害マップ」を作製することができた.そして,質問紙調査の結果から,外来生物に対する保全意識の向上,自然観察における技量の向上や習得,調査に対する意欲と関心の増進,外来生物への理解の深まりが教育効果として明らかとなった.さらに,被害調査を家族や友人と一緒に実施した生徒も複数名おり,普及啓発の活動としても期待できることが分かった.
「サクラ被害マップ」の分布データについては,クビアカツヤカミキリの被害防除に役立たせるため,太田市環境政策課へ提供を行った.その結果,「サクラ被害マップ」を活用したことによって,無作為にサクラを探して調査するよりも,効率よく調査を実施することができ,被害樹の発見とその後の対策を円滑に進めることができたという報告を受けた.このことから,「サクラ被害マップ」は被害対策を実施している機関へ提供することで,被害の早期発見に有効であることが明らかとなった.
以上より,本研究では,外来生物教材として「サクラ被害マップ作製教材」を開発することができた.そして,「サクラ被害マップ」を作製することを通して,理科教育,地理教育,地域(公共機関)を連携させたクビアカツヤカミキリ(外来生物)の被害防除に向けた授業モデルを構築した.グローバル化が進む近年は,様々な外来生物による被害が懸念される.その際,本研究で構築した授業モデルが被害防除の早期発見に貢献できることが期待できる.