機械学習によるシングルセルレベルでのマウス骨芽細胞の多様性
概要
機械学習によるシングルセルレベルでのマウス骨芽細胞の多様性
広島大学大学院医歯薬保健学研究科 博士課程 医歯薬学専攻
中野将志
骨髄間葉系幹細胞から骨芽細胞系譜への分化はマスター転写因子 RUNX2 をはじめとする複
数の転写因子によって制御される。分化した骨芽細胞は骨基質タンパク質を産生し,基質石灰化
に寄与するが,その役割を終えると半数以上はアポトーシスにより死に至り,残りの細胞は骨基
質に取り込まれ骨細胞となるか,ライニング細胞となり骨表面を覆う。さらに我々を含めた複数
のグループは,特定の条件において骨芽細胞が脂肪細胞へ分化転換することを報告している。こ
のように骨芽細胞のその後の運命決定機構は不明な点が多い。
ゲノム解析技術などの進歩により単一細胞レベルでの解析が可能となり,従来の細胞集団の
解析では捉えることができなかった細胞の多様性が明らかにされつつある。我々は骨芽細胞の
多様性と運命決定の分子基盤を明らかにするために,骨芽細胞に蛍光タンパク Venus を発現す
るレポーターマウスを作製し,同マウスより単離した 90 細胞の Venus 陽性 (+) 骨芽細胞のシ
ングルセル RNA-Seq を行い,骨芽細胞の不均一性について明らかにしたが,解析に用いた細胞
数が十分であるとは言えなかった。本研究は,この不均一性の詳細を明らかとすることを目的と
し,解析スケールを拡大して (285 細胞) RNA-Seq 解析を行い,機械学習を用いてクラスタ解
析,疑似系列解析, GO 解析を行った。リファレンスデータには mm10 (genecode Release M23;
GRCm38.p6) を使用し,Salmon (Genome alignment free quantification tool) により遺伝子
発現量を定量化した。解析は Seurat (R toolkit for single cell genomics; ver.3.1.0) を使用した。
発現変動の大きい上位 3,000 遺伝子を抽出し, PCA 解析を行い,1〜25 の主成分について解析を
行った。UMAP により細胞が持つ遺伝子情報の次元を圧縮したところ,285 細胞は 5 つのクラ
スターに分類された。これらを Feature plot および Violin plot, Heatmap, Dot plot により可視
化し,既存の骨芽細胞マーカーの発現を確認したところ,すべての細胞に骨芽細胞マーカーの発
現を認めた。しかしながら,発現レベルはクラスタ間で差があり,クラスター1 は成熟骨芽細胞
マーカーの発現量が低値であった。Slingshot による疑似系列解析行ったところ,擬似系列軸上
でクラスター2, 3, 4 あるいはクラスター2, 5 の 2 方向性が推定された。クラスター1 とクラスタ
ー2 の間では,108 遺伝子の発現が有意に上昇しており,57 の GO タームに有意差を認めた。
これらの多くは細胞増殖や骨芽細胞分化,骨化と関連するものであった。一方,187 の遺伝子発
現は有意に低下し,421 の GO タームに有意差を認め,細胞外基質の構造や細胞接着との関係が
示唆された。
興味深いことに,クラスター1 には造血幹細胞マーカーCd34 の発現が顕著であった。CD34
はマウス骨芽細胞前駆細胞にも発現することが報告されていることから,同細胞の Venus レポ
ーターマウス骨組織における局在を確認した。
7 日齢および 28 日齢の頭頂骨および大腿骨を 4 %
パラフォルムアルデヒド/PBS で灌流固定,4 °C で 2〜3 時間浸漬固定した。その後,10 %
EDTA/PBS にて 4 °C 下 1〜3 時間脱灰し,凍結切片を作製した。抗 GFP 抗体および抗 CD34 抗
体を使用し免疫染色を行ったところ,7 日齢および 28 日齢ともに頭頂骨において骨表面の
Venus+ 骨芽細胞の一部に CD34 に共染される細胞を認めた。大腿骨遠位端の海綿骨および皮質
骨には Venus+ /CD34+ 骨芽細胞はほとんど検出されなかった。CD34+ 細胞は血管周囲,骨髄細
胞の一部,Venus+ 骨芽細胞の周囲の細胞にも確認された。
以上,本研究では 285 の Venus+ 細胞のシングルセル RNA-Seq データをもとに,機械学習に
より,遺伝子発現プロファイルの異なる 5 つのクラスターを得た。近似した 4 つのクラスター
は,擬似系列解析および GO 解析から,異なる運命をたどることが推測される 2 系列に分類さ
れた。Cd34 の発現を特徴とするクラスター1 は,骨芽細胞マーカーの発現レベルが低値である
ものの,その局在 (Venus+ /CD34+ ) は頭蓋骨表面の骨芽細胞の間に散在性に認められ,従来報
告されている骨芽細胞前駆細胞,幹細胞とも異なる細胞であることが推察された。これらの所見
は骨芽細胞の多様性の一端を示すものと考える。