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大学・研究所にある論文を検索できる 「脳腫瘍を標識する噴霧式新規蛍光プローブ」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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脳腫瘍を標識する噴霧式新規蛍光プローブ

北川, 陽介 東京大学 DOI:10.15083/0002005001

2022.06.22

概要

<序文>
原発性脳腫瘍はWHO分類に従いグレードIからIVに分類され、特にグレードⅠ-Ⅱ腫瘍は低悪性度神経膠腫、最も悪性の高いグレードIV腫瘍は膠芽腫(glioblastoma)と呼ばれるが、5年生存率はそれぞれ、グレードⅡの腫瘍で70%、膠芽腫は10%未満と他の固形がんと比較しても予後不良である。神経膠腫の予後因子としていくつかの臨床的因子(PFSや年齢など)や遺伝子変異の他に、手術摘出率が挙げられる。手術摘出率が高く、残存腫瘍が少ないほど予後と相関することが知られるが、他の固形がんと神経膠腫において大きく異なる点は、原則として全摘出がほぼ不可能である。神経膠腫の中でも特に膠芽腫では高い浸潤能を有することが知られ、浸潤の先端部分は肉眼的には正常組織と判別不能である。(図1)残存脳機能の保護の観点から拡大治癒切除は困難のため、神経膠腫手術においては、しばしばtrade-offの関係にある摘出率向上と脳神経機能温存との両立を目指すことが求められる。

安全に手術摘出率を向上さることを目的とした様々な手術支援技術があるが、中でも術中蛍光標識は既存の顕微鏡に励起フィルターと蛍光フィルターを取り付けるだけで手術に実装でき、低コストで高い汎用性を実現できるため、近年の脳腫瘍手術において頻用されている。特に、5-アミノレブリン酸(5-aminolevulinic acid、5-ALA)は悪性神経膠腫の手術において唯一保険収載されている蛍光試薬であり、術中の腫瘍標識に効果を発揮する。しかし、5-ALAにも課題は多く残されている。まず、感度特異度の問題があり、悪性度(WHOグレード)が高いほど蛍光標識されやすい傾向が知られるが、最悪性の膠芽腫においても、感度特異度はそれぞれ80%程度に留まる。よりグレードの低い神経膠腫にではさらに劣り、感度3%という報告もある。このように偽陽性・偽陰性の問題が無視できない。また、前述のように術前内服投与が必要だが、効果が持続しにくく、再投与も容易でないという点がしばしば問題になる。このため、幅広い疾患に対応し感度特異度に優れ、かつ即時性も併せ持つような蛍光標識技術が求められている。

そこで本学医学部医用生体工学講座生体情報学教室の浦野教授らが開発したがん細胞で亢進している酵素活性を特異的に検出する“activatable”型の蛍光プローブに着目した。hydroxymethyl rhodamine green (HMRG)を母核とするアミノペプチダーゼ検出プローブで、HMRGの一つのアミノ基が各種アミノ酸によってアミド化されていると無色・無蛍光であるが、検出対象のアミノペプチダーゼによって特異的に加水分解されると、開環構造が優先するHMRGに変換され強い蛍光を発する。また、HMRG以外にも光誘起電子移動(photoinduced electron transfer;PeT)を蛍光原理とした高感度なペプチダーゼ検出能力を有する赤色のdimethylsiliconerhodamine600(2MeSiR600)も蛍光母核として用いることでターゲット酵素や細胞深達度を変化させ、より高い標識率を可能にすると考えた。

<材料と方法>
腫瘍サンプルは東京大学医学部附属病院において、2017年4月から2018年12月の間に初回・再発時手術が行われた神経膠腫症32例の検体を用いた。また、蛍光プローブは本学薬学部代謝学科の浦野研究室において、HMRG及び2MeSiR600を蛍光母核として、各種基質部位にアミノ酸(d体、l体、非天然)を導入した蛍光プローブライブラリー(HMRGベースが320種類、2MeSiR600ベースが400種類)を用いた。凍結神経膠腫及び腫瘍周辺部のライセートを用いた一次スクリーニングにより上位10%程度を選定し、有望なプローブを中心に手術摘出生検体を用いたex vivoでの蛍光標識スクリーニングを行い、2段階式に有望プローブを選定した。さらに、プロテオーム解析により酵素反応を引き起こしたアミノペプチダーゼをDiced electrophoresis gel(DEG)アッセイにより同定した。DEGアッセイは、本学薬学部小松氏らにより開発され、細胞ライセート等の酵素抽出液を非変性の二次元電気泳動によって分画した後、ゲルを細分してマルチウェルプレートに分注し、その中で蛍光プローブを用いた酵素アッセイを行う手法である。さらに、阻害薬実験、膠芽腫の細胞株U87を用いた実験、ウエスタンブロッティング、免疫染色、動物実験の各種基礎実験による確証を行った。

<結果>
1.一次スクリーニング
神経膠腫と腫瘍周辺部の凍結ライセートを用いて蛍光強度の上昇率や差分から有意なプローブの内、上位約10%を選定した。HMRGは膠芽腫において蛍光上昇がみられるプローブがみられた。2MeSiR600は神経膠腫の種類別に、特異的に判別できる蛍光プローブは選定できなかったが、神経膠腫と腫瘍周辺部でそれぞれ蛍光強度の上昇がみられるプローブが選定された。

2.二次スクリーニング
新鮮手術検体を用いて検証を行った。膠芽腫に関して、PR-HMRG(YK-190)が腫瘍を88%と比較的高率に標識することができた。2MeSiR600は腫瘍周辺部の蛍光強度が上昇する傾向がみられたが、腫瘍を有意に標識するプローブは見られなかった。(図2、図3)

3.プロテオーム解析
(1)DEGアッセイと精製酵素DEGアッセイよりCalpain-1、Cytosolic non-specific dipeptidase、Cathepsin D、Cytosol aminopeptidaseを標的酵素として選出した。次に、Calpain1・CathepsinDはSNJ-1945により阻害され、Cytosol non-specific dipeptidase・Cytosol aminopeptidaseはAmastatinによって阻害されることが知られており、これらを共培養してCalpain1・CathepsinDに標的酵素が含まれることを明らかにした。更に、精製酵素による実験からCalpain1は経時的に蛍光強度の上昇がみられたが、CathepsinDはほとんど変化がみられなかったためCalpain1を標的酵素として同定した。
(2)siRNAを用いたU87細胞株実験siRNAを用いたU87細胞株実験ではCalpain1とCathepsinDのノックダウンで、どちらもコントロール群と比較して蛍光強度の低下がみられ、リアルタイムPCRによるRNA発現の検証を行った。
(3)ウエスタンブロッティングと免疫組織染色手術検体のうち、HMRGプローブに反応陽性群と反応陰性群での比較では、Calpain1とCathepsinDを定量すると、Calpain1が陽性グループで有意に高値だった。免疫組織染色においても陰性グループや腫瘍周辺部と比較して陽性グループでCalpain-1>CathepsinDの発現上昇がみられる結果だった。

<結論>
本研究では、二段階式のスクリーニング実験から膠芽腫を検出するためのプローブとしてPR-HMRGプローブ(プロリン-アルギニン)を選定し、DEGアッセイ、免疫組織化学染色、およびウエスタンブロット法から、標的酵素としてアミノペプチダーゼ、Calpain1を同定した。本プローブ下を有効に使用する戦略として、基本的には5-ALAを併用しつつ、腫瘍の中でも柔らかく容易に識別な壊死部分は通常の白色光下にて可及的に超音波吸引装置を用いて除去し、最終局面において腫瘍切除面を止血後に摘出腔に対して蛍光プローブを塗布し、全摘出を確認するのが効果的と考えた。これにより、腫瘍を特異的、高感度かつ即時的に標識し、術前内服が不要な本プローブの利を十分に活かすことが可能と考えた。なお、本研究により開発した新規蛍光プローブは、脳腫瘍の検出プローブとして既に特許申請済である。(特願2019-95102)今後は、5-ALAとの精度比較のため詳細な病理的検証や前臨床試験を行い、他癌腫への応用も視野に入れ、臨床応用を目指す。