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統合失調症における眼球運動特徴とその認知社会的機能意義の検討

森田, 健太郎 東京大学 DOI:10.15083/0002002365

2021.10.13

概要

【序文】
　統合失調症は、当事者、支援者、社会に対する大きな苦痛や負担につながる。現在、治療の中心となっている薬物療法は精神症状を標的としており、社会生活を見据えた治療を行う上では不十分である。そのため、多岐に渡る介入点から治療戦略を検討する必要がある。これまで、様々な統合失調症の生物学的研究が行われ、健常対照者に比べて統合失調症に特徴的な神経生理学的特徴や認知機能特徴と、社会機能など日常生活に係るアウトカムとの階層的関係について知られるようになった。このような関係性を元に、新たな統合失調症の治療介入法開発も行われてきた。例えば、聴覚系のミスマッチ陰性電位を治療指標として、認知機能や社会機能へ働きかけを行う試みが行われている。神経生理学的指標から社会機能に至る階層的関係性は、統合失調症の視覚系でも存在する可能性がある。
統合失調症では、様々な認知機能障害が存在することが知られており、知覚統合や視覚マスキングなどに代表される視覚認知も特徴が現れる一つである。統合失調症の視覚認知の特徴と社会機能が単一パスに存在することを報告する研究もあり、視覚認知と社会機能は、階層的関係性にあると考えられる。
　統合失調症の代表的な神経生理学的指標として眼球運動特徴が知られている。動くものを眼だけで追いかける精度が落ちる滑動性追跡眼球運動の特徴、環境を視覚的に探索する範囲が狭くなる探索眼球運動の特徴、随意的に眼球運動を抑えることが難しくなるサッケード制御の特徴などがある。先行研究では、視覚認知課題中の探索眼球運動が健常対照者と統合失調症当事者で異なること、視覚認知課題で正答していた統合失調症当事者の眼球運動が健常対照者に近かったことが報告されている。そのため、統合失調症において視覚認知と眼球運動も関連すると考えることができる。
　以上のことから、統合失調症でみられる眼球運動特徴が、統合失調症で障害される視覚性の認知機能特徴や社会機能と特有な階層的な関係にあり、これは健常対照者と比較して統合失調症で特異的にみられると仮説を立て、本研究でこの階層的関係を検証することとした。

【方法】
　本研究は2段階で進めた。研究1では、大阪大学のデータベースの一部として取得された眼球運動データを使用した。先行研究で見出された3つの眼球運動指標とこれらから求められる眼球運動スコアに着目し、認知機能指標や社会機能指標との関連性を探索的に検討した。研究2では、多施設眼球運動研究の一環として国内4施設で収集されたデータを用いて、眼球運動指標と社会機能指標の関連について再現性を確認した。研究2の結果は、眼球運動指標と社会機能の関連解析の結果として研究1の結果と一緒に報告した。

研究1
　大阪大学医学部附属病院でリクルートされた統合失調症当事者69名と健常対照者246名が参加した。本研究は大阪大学研究倫理審査委員会の承認を得た。
　眼球運動の計測にはEyeLink1000システム（SR Research, Ontario）を用いた。眼球運動検査課題は3種類実施し、眼球運動指標を計測した。フリービューイング課題ではスキャンパス長を計測し、追跡眼球運動課題では水平位置ゲインを算出、注視課題では注視持続時間を計測した。
　認知機能指標として成人ウェクスラー知能検査改定第3版（Wechsler Adult Intelligence Scale III：WAIS-III）を実施し、13の下位項目の年齢調整評価点、4つの群指数、全検査IQを算出した。
　社会機能の指標として社会機能評価によって算出される一週間あたりの全労働時間（時間/週）を算出した。
　統計解析にはSPSS（version 24.0, IBM Corp., Armonk, NY）とMATLAB（version 2014b, Math Works Inc., Natick, MA）を使用した。指標間の関連性の検討では、Pearsonの相関係数（R）、Fisherのr-to-z変換、階層的重回帰分析や媒介分析を用いた。有意水準はp<0.05として設定し、多重比較補正にはBonferroni補正を用いた。

研究2
　国内4施設（大阪大学医学部附属病院、東京大学医学部附属病院、名古屋大学医学部附属病院、九州大学病院）でリクルートされた統合失調症当事者118名、健常対照者280名が参加した。各施設の倫理委員会により承認された手続きに則り研究を進めた（東京大学の倫理審査番号：629）。
　眼球運動は、EyeLink1000Plusシステム（SR Research, Ontario）で計測した。EyeLink1000Plusと周辺機器を含めた機器の設置、眼球運動データ取得方法、眼球運動データのクオリティチェックなどは4施設すべてで統一したプロトコルに従って行われた。眼球運動課題や抽出した眼球運動指標は研究1と同様であった。
　社会機能指標として、研究1と同じ方法で社会機能評価を元に全労働時間を算出した。統計解析にはSPSS（version 24.0, IBM Corp., Armonk, NY）とMATLAB（version 2014b, Math Works Inc., Natick, MA）を使用した。指標間の関連性の検討では、Pearsonの相関係数（R）とFisherのr-to-z変換を用いた。有意水準はp<0.05に設定した。

【結果】
眼球運動と認知機能の関連解析
　統合失調症群では、眼球運動スコアと行列推理間の正相関を認め、スキャンパス長と4つの認知機能指標（知覚統合・行列推理・処理速度・符号）との正相関を認めた。健常対照群では、眼球運動スコアと符号との正相関を認めた。また、Fisherのr-to-z変換を用いて両群の相関の強さを比較したところ、有意な相関を認め、かつ相関の有意な群間差を認めたのは、眼球運動スコアと行列推理の相関（相関：R=0.44、p=1.78×10-4；相関の群間差：z=3.6、p=3.54×10-4）とスキャンパス長と行列推理の相関（相関：R=0.48、p=2.66×10-5；相関の群間差：z=3.8、p=1.48×10-4）のみであった。
　次に、推定IQ（日本語版National Adult Reading Test）、精神症状（陽性・陰性症状尺度）、現在の抗精神病薬内服量（クロールプロマジン換算量）などの交絡因子の効果を除いた状態で、2つの眼球運動指標（眼球運動スコア・スキャンパス長）と行列推理の関連性を検討するため、階層的重回帰分析を用いた。その結果、交絡因の影響を考慮しても、2つの眼球運動指標と行列推理の関連性は有意であった。

眼球運動と社会機能の関連解析
　統合失調症群でのみ眼球運動指標と全労働時間の相関を認めた。
　眼球運動スコアと全労働時間、水平位置ゲインと全労働時間の相関を認めたが、健常対照群と有意な群間差を認めたのは、眼球運動スコアと全労働時間の相関のみであった（相関：R=0.29、p=1.45×10-2；相関の群間差：z=2.8、p=4.75×10-3）。
　眼球運動と社会機能の関連については、眼球運動の多施設共同研究のデータでも検討した。統合失調症群における眼球運動スコアと全労働時間の相関（R=0.19、p=3.47×10-2）のみが有意であった。しかし、このデータでは統合失調症群と健常対照群の間で相関の有意差は認めなかった（z=1.2、p=2.24×10-1）。

眼球運動と社会機能の関連に対する認知機能の媒介効果
　最後に、眼球運動スコアと全労働時間の関連に対する認知機能指標の媒介効果を調べた。眼球運動スコアを独立変数とし、全労働時間を従属変数とした。その結果、全検査IQを用いた検討では媒介効果（a0b0）は認めなかった（a0b0=1.18；95%信頼区間[-0.03, 3.12]）ものの、4つの群指数を用いた検討では、知覚統合の媒介効果（a3b3）のみが有効であった（a3b3=1.82；95%信頼区間[0.14, 4.16]）。

【考察】
　本研究で眼球運動指標と相関を認めた認知機能指標は知覚統合、行列推理、処理速度、符号の4つのみであった。これらはいずれも、視覚認知に関連した認知機能指標であった。
　眼球運動スコアを構成する3つの眼球運動指標のうち、特に統合失調症群でスキャンパス長と認知機能指標との相関が目立った。眼球運動スコア作成において、最も重みが大きい指標はスキャンパス長である。スキャンパス長は視覚探索における探索眼球運動の指標である。本研究の主要な結果は、健常対照者と比較して統合失調症群特異的にみられたスキャンパス長と行列推理や知覚統合との関連性であった。行列推理は、積木模様と絵画完成とともに知覚統合の群指数を構成する要素でもある。
　知覚統合は、視覚情報を収集し、それらを相互に関連付ける認知機能であり、統合失調症でよくみられる認知機能障害の1つでもある。知覚統合ではトップダウンの視覚情報処理が重要な役割を果たしており、統合失調症では、ボトムアップ成分に従う視覚認知課題よりもトップダウン成分を動員する視覚認知課題の遂行の方が難しくなることが知られている。
　眼球運動は、視覚探索における「戦略」などのトップダウンの視覚情報処理の出力としとらえることができる。視覚探索には、例えば、広く視野を探索する戦略や狭い範囲を集中して探索する戦略などがある。統合失調症では、戦略を切り替えられず、同じような視覚探索戦略を用いてしまう傾向があると言われている。そのため、広い範囲での視覚探索を行えているスキャンパス長が長い統合失調症当事者は、トップダウンの情報処理を変化させ、より効率的な視覚探索戦略へ切り替えることができると考えられる。これがトップダウンの視覚情報処理を要する知覚統合のような視覚認知課題を遂行するため有利に働いている可能性がある。
　さらに、本研究で得られた媒介分析の結果と合わせ、統合失調症において、このような効率的な眼球運動が、トップダウンの情報処理を要する視覚認知機能を介して、良好な社会機能と関連すると考えられる。
　探索眼球運動など一部の眼球運動は、成長とともに変化することが知られており、強化学習によって効率が改善するとの報告も存在する。これは、眼球運動の背景にある視覚情報処理や戦略をトップダウン的に強化させることができる可能性を示しており、例えば、眼球運動の「トレーニング」などが統合失調症の視覚認知に良好な効果をもたらすかもしれない。
　本研究にはいくつかの限界が存在する。眼球運動が認知機能や社会機能にどのように影響を与えていくかについては縦断研究での検討が必要である。認知機能指標のWAIS-IIIのみでは十分に影響を検討できない「意欲」などが存在する。抗精神病薬の累積使用の影響は検討されていない点などが挙げられる。
　以上の結果をふまえ、統合失調症において、広い視覚探索など効率的な眼球運動をもつことは、良好な社会機能につながる可能性がある。また、この効果はトップダウンの視覚情報処理を要する知覚統合が媒介している可能性が示唆された。

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参考文献

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