イオン交換膜を活用したIPA中のシリカナノ微粒子の除去機構解明とその技術を応用した電子産業向け薬液フィルター事業の検討
概要
Kobe University Repository : Kernel
PDF issue: 2024-05-02
イオン交換膜を活用したIPA中のシリカナノ微粒子の
除去機構解明とその技術を応用した電子産業向け薬
液フィルター事業の検討
藤村, 侑
(Degree)
博士(科学技術イノベーション)
(Date of Degree)
2023-03-25
(Date of Publication)
2024-03-01
(Resource Type)
doctoral thesis
(Report Number)
甲第8680号
(URL)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100482428
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(別紙様式 3
)
論文内容の要旨
氏 名
藤村侑
専 攻
科学技術イノベーション
論文題目(外国語の場合は,その和訳を併記すること。)
イオン交換膜を活用した IPA中のシリカナノ微粒子の除去
機構附明とその技術を応用した電子産業向け薬液フィルタ
ー事業の検討
指導教員
吉岡朋久
(
注
) 2
, 000字∼ 4
, 000字でまとめること。
(氏名:藤村侑 N0.1)
【1.研究の背景】
半導体は近年の AI技術の台頭に伴って、より高い性能と省電力化を求められるようにな
ってきた。そうしたニーズを満たすために、半導体は用いられる材料はアップデートされ、
集積度を向上させるために、微細化が進み、非常に複雑な構造へと進化してきた。半導体研
究機関の CoEである、 IMECから発表された、半導体微細加工技術の今後の展望のおいて
も、微細化のトレンドはやや原則しつつも、今後も継続して進化していることを示されてい
る
。
半導体業界の発展の歴史を示す際に、必ず用いられるのが「ムーアの法則」である。ムー
アの法則は、 I
n
t
e
lのゴードン・ムーア氏が 1
9
6
5年に発表した論文で示された経験則で、
集積回路 1個あたりの部品数(トランジスタ数)は、毎年 2倍に増えていくというもので
ある。この法則が拠り所となって、半導体産業は技術開発に注力し、産業全体をけん引し、
発展し続けてきた。近年では、このムーアの法則が崩れ始め、これ以上集積度をあげること
はコストと見合わないと指摘され始めているが、チップ構造の 2次元から 3次元構造への
転換や、 EUVリソグラフィ技術による、より細かな微細加工技術の進化により、まだ延命
措置がなされている。ロジック/ファウンダリ各社の微細化プロセスのロードマップには、
微細化のトレンドはまだ続いており、各社鋭意取り組んでいることが分かっている。このト
レンドは鈍化する可能性もあるが、基板として用いられるシリコンの代替材料がまだ開発
段階であることもあり、しばらくはこの状況が継続されることが予想される。
半導体デバイスを作成する際には、ウエハー上で材料を蒸着し、エッチングすることを繰
り返していくが、そのときの残i
査を取り除くために、液体による洗浄、ウェットプロセスは
必ず必要である。ウェットプロセスは、微細化がまだ進んでおらず、加工線幅が μ mオーダ
ーの時代においては、超純水による洗浄で十分であった。しかし、これまで示した微細化の
トレンドに乗った、数 nmの加工線幅を有する半導体素子の洗浄において、表面張力の大き
な超純水を用いると、これまでのように表面の洗浄を行うことはできない。提供される超純
水の清浄度は十分であっても、水の表面張力によるパターン倒壊が発生してしまい、歩留ま
りの低下を引き起こしてしまう。また、高い表面張力は、微細な溝や穴の内への水の侵入を
妨げるため、そもそも超純水ではその内部を洗浄することができない。そうした中で、現在、
微細構造の洗浄として用いられているのがイソプロピルアルコール (
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la
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l、
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P
A
)
である。 IPAは水の約 1
/
3程度の表面張力であるため、ウエハー上に加工した微細構造の深
いトレンチやホールの中にまで浸入させて、製造プロセスで生じたゴミや残演を除去する
ことが可能である。また、 IPAはヒドロキシ基を有し、水素結合を形成することができるた
め、水との親和性が高い。そのため、 IPAで微細構造を洗浄したあとに、超純水で追って洗
浄することで、表面に残存する IPAを洗い流すことができる。
以上のように、 IPAは半導体製造プロセス中のウェットプロセスの洗浄において重要な
(氏名:藤村侑 N0.2)
箇所で用いられており、今後も微細化トレンドが進むに伴って使用量も増えていくこと
が予想されている。しかしながら、半導体構造の急激な微細化によって、これまでは問題と
して顕在化しなかった IPA中の微粒子に関する課題が生じて始めている。ウエハー洗浄に
用いられる IPA中に含まれる微粒子の問題は、国際的な半導体技術のロードマップを策定
している IRDS (
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lRoadmapf
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sandSystems) の歩留まりセクショ
ンにおいても、 IPA中の微粒子は重要項目として認知され始め、 2018年から取り上げられ
るようになった。 2018年当初の内容では、 50nmの微粒子が対象であったが、 2022年度版
には、 20nmにまで微細化し、管理すべき微粒子数も 220個から 3
0個にまで減少している。
ここ数年での急激な指標の変化からも、 IPA 中の微粒子管理が歩留まりに非常に大きなイ
ンパクトを与えていることが分かる。このように、 IPA中の微粒子管理が今後重要な技術の
一つとなる可能性は大いにあり、それに伴い、 IPA中の微粒子を除去したいニーズが大きく
なっている事が考えられる。
【
2.研究の目的】
本研究では、半導体製造プロセスの洗浄工程に用いられている IPA中の不純物、特にシ
リカナノ微粒子 (
S
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l
i
c
aNanoP
a
r
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i
c
l
e、SNP) を、高効率に除去するフィルターを提供す
るために、 IPA中における不純物を除去する材料や不純物の基礎データを取得し、それらの
知見を基に、より効果的な除去材の検討と、その活用方法について検討した。また、このフ
ィルターが提供されることにより、半導体産業の活性化とさらなる成長発展が見込まれる
と共に、新たな市場におけるビジネスチャンスがもたらされることから、その領域をターゲ
ットとした事業戦略について検討した。
3論文の構成】
【
本論文の各章では以下の内容について考察し、検討を行った。
•第 1 章
第 1章では、序論として、半導体産業の発展の歴史と微細化のトレンド、その微細化構造
の洗浄の課題と解決に向けた取り組みについて紹介した。また、半導体産業で用いられてい
る超純水の紹介と合わせて、洗浄溶液中の微粒子の除去に関する状況の違いを明確化し、
IPA中における微粒子除去の重要性とビジネス的なインパクトについて示した。
・第 2章
第 2章では、第 1章で示した本研究の目的を達成するための第ーステップとして、アニ
オン交換膜を用いた水/
I
P
A混合溶媒中のシリカナノ微粒子 (
S
i
l
i
c
aNanoP
a
r
t
i
c
l
e、SNP)
の除去について、実験、分析、シミュレーションの観点から考察し、 IPA中における SNP
(氏名:藤村侑
NO.3)
やアニオン交換膜の物性や、 IPAと水の比率の違いの影響について調査した。ここで得られ
た重要な知見として、水/
I
P
A混合溶媒において、 IPA比率が 7
0%を超えると、アニオン交
換膜のゼータ電位が、水中における値から符号が逆転するが、 SNPは水中と同じ符号を有
する現象が確認された。その要因について、分子動力学シミュレーションおよび密度汎関数
理論に基づいたシミュレーションから考察し、膜内部に おける対イオンの偏りによる影響
が大きいことが示唆された。
•第 3 章
第 2章に続いて、第 1章で示した本研究の目的を達成するための第ニステップとして、
IPA中における SNPの除去率を更に高める検討を行った。具体的には、第 2章で得られた
データを活用し、カチオン交換膜による SNPの除去を試みた。 3種類のカチオン交換膜に
ついて除去性能を評価し、その中で、表面にグラフト鎖 を有する AGC社製の CMVNが最
も高い除去性能を示した。この除去機構の解明のために 、第 2 章の内容と同様にゼータ電
位分析と分子動力学シミュレーションを実施すると共に 、原子間力顕微鏡 (
A
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s
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o
p
y、AFM) による、 IPA中の膜表面と SNPの直接的な相互作用について評価、考
察を行った。 AFMの評価により、グラフト鎖は、一度吸着した SNPをテンタクル効果で
強固に保持し、再脱離を抑制する効果があることが示された。
•第 4 章
第 1 3章で示した技術的ブレークスルーを基に、事業化に向け た戦略とその展開方法に
関する概要を示した。具体的には、課題の有する課題を整理し、それを解決するためのイノ
ベーションアイディアおよびそれを達成させるためのア プローチについて検討した。その
中でも、そうした取り組みが、なぜ当社に適しているのかも示した。示したイノベーション
アイディアに関する環境を調査するために、外部環境分 析 (PEST分析、 5
F
o
r
c
e
s分析)を
行い、戦略の方向性について示した。また、知財戦略について、当社の立ち位置も踏まえな
がら、積極的に取得する領域と取得を試みない領域に分割している。
•第 5 章
第 5章では、全ての章の総括として、 IPA中における SNPの高効率除去を目的としたフ
ィルター開発において必要な要素と、事業化に向けた取組みに関する考察をまとめた。
論文審査の結果の要旨
(別紙 1)
氏名
藤村侑
論文
題目
イオン交換膜を活用した IPA中のシリカナノ微粒子の除去 機構解明とその技術を応用し た電子
産業向け薬液フィルター事業 の検討
審
査
責
I
I
氏
区分
職名
主査
教授
吉岡朋久
副査
教授
川口博
准教授
中川敬三
教授
尾崎弘之
口
副査
名
旨
要
本論文は、半導体産業におけ る微細化・複雑化する半導体 デバイスの構造において課題 となってい
る、有機溶媒、特に IPA中の微粒子除去について、技 術的ブレークスルーの獲得と 、そのソリューシ
ョンの価値を最大化する事業 戦略を構築について取り組ん だ成果をまとめたものである 。
第 1章:序論
第 1章では、半導体産業の発展の 歴史と、現代における半導体 のニーズの上昇に伴う微細化 のトレ
ンド、その微細化構造の洗浄 の課題と解決に向けた取り組 みについて紹介した。液中の 微粒子除去に
先浄溶液中の微粒
関する歴史を示すために、半 導休産業で用いられている超 純水の紹介と合わせて、 i
子の除去に関する状況の違いを明確化し、 IPA中における微粒子除去の重要 性と、ビジネス的なイン
パクトについて示した。
A混合溶媒中の SNP除去機構の解明
P
I
第 2章:アニオン交換膜を用いた 水/
第 2章では、第 1章で示した微粒子除去に関す る技術的課題をクリアするた めに行った、アニオン
A混合溶媒中の SNP除去メカニズムの解明につい て示した。この研究では、実
P
I
交換膜を用いた水/
験、分析、シミュレーション の観点から SNPの除去メカニズムについて考察しており、 IPA中におけ
る SNPやアニオン交換膜の物性や、 IPAと水の比率の違いの影響について評価した。
第 2章で得られた重要な知見とし て、溶液中の IPA比率が増加すると、イオン交 換膜のゼータ電位
A混合溶媒においては、 IPA
P
I
の符号が、水中と比べて反転 するという現象であった。そ の比率は、水/
0%であり、この現象が SNPの除去率に大きく影響していることが示唆された。 IPA比率が大
比率が 7
きくなった際に、符号が反転 する要因について、分子動力 学シミュレーションおよび密 度汎関数理論
lイオン)の偏りによる影響 が
C
に基づいたシミュレーション から考察し、膜内部における 対イオン (
大きいことが示唆された。
IPA比率が高い混合溶液において は、アニオン交換膜では SNPの除去が難しいという結果で はあっ
たが、高 IPA比率ではゼータ電位の符号が 反転し、それが対イオンの影 響であるという重要な知見を
活用し、第 3章では、純 IPA溶液中の SNPの高除去率を目指して取り組んだ。
第 3章:グラフト鎖を有するカチ オン交換膜による IPA中の SNP除去機構の解明
第 3章では、より効果的な IPA中の SNP除去の達成に向けて、新しい 切り口による取り組みを実
施した。具体的には、第 2章では、除去材としてアニオン交換膜を用いて、 IPA中の SNPの除去に取
り組んだが、高 IPA比率の溶液ではアニオン交換 膜のゼータ電位の符号が反転 することにより、 SNP
の除去が難しいことが分かっ た。この第 2章で得られた知見を活かし、 カチオン交換膜による SNPの
除去を試みた研究を、第 3章で示した。評価対象とした カチオン交換膜は 3種類で、各カチオン交換
2ページにわたる場合
氏名 1 藤 村 侑
膜の除去性能を評価した。その中で、表面にグラフト鎖を有する AGC社製の CMVNが最も高い除去
性能を示した。その理由と除去機構の解明のために、第 2章の内容と同様にゼータ電位分析と分子動力
学シミュレーションを実施すると共に、 AFMによる、 IPA中の膜表面と SNPの直接的な相互作用に
ついて評価、考察を行った。ゼータ電位は第 2章におけるアニオン交換膜と同様に、 IPA中では水中
のゼータ電位の符号とは反転していることが明らかとなった。また、 AFMの評価により、 CMVNが有
するグラフト鎖が、一度吸着した SNPをテンタクル効果で強固に保持し、再脱離を抑制する効果があ
ることが示された。
以上より、 IPA中の SNPの高除去率を達成するためには、カチオン交換膜を用い、かつ、イオン交
換膜表面にグラフト鎖を有するものが望ましいという技術的ブレークスルーを得ることができた。この
技術的ブレークスルーを得るために、実験による取り組みだけではなく、神戸大学での M D シミュレ
ーションと、金沢大学での AFM分析が大いに貢献し、外部との共創が非常に有効に作用した事例であ
り、革新的なイノベーション創出には、こうした外部共創の取り組みが必要であることを示した。
第 4章:事業化に向けた戦略の構築
第 4章では、第 1 3章で示した技術的ブレークスルーを基に、顧客の課題を再度整理し、それを達
成するためのイノベーションアイディアの検討、またそれを達成させるためのアプローチ方法につい
て、検討した。学位申請者は現在栗田工業に属しているが、このイノベーションアイディアが有する栗
田工業の独自性について示すために、当該企業が適している理由についても示した。また、外部環境分
s分析)と内部環境分析(戦略的フィット分析)を行うことで、対象としてい
e
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r
o
F
析 (PEST分析、 5
る市場を把握し、どのような戦略で栗田工業は取り組むべきかを理解し、その方向性を検討した。
知財戦略については、川中産業という特殊な立ち位置である栗田工業の状況を鑑み、戦略に基づいて、
知財を取得する領域としない領域に分割し、現状の状況について示した。
今後の展望として、半導体の微細構造の洗浄には、現時点では IPAが多く用いられており、顧客の
ニーズもそこに集中している。しかし、半導体に用いられる材料の変化などにより、 IPAではなく、他
の溶媒に取って代わる可能性も大いにある。そうした場合、従来の取り組みであれば、再度ゼロから開
発を進めていく必要があるが、これまでに示した、栗田工業の知見+実験・分析・シミュレーションに
よる開発スキームを応用することで、スピーディーに顧客のニーズ沿ったソリューションを提供するこ
とができ、社会へと大きな貢献ができると考えられる。
第 5章:まとめ
サイズ排除ではなく、クーロン相互作用による除去を試みるために、アニオン交換膜を除去材として
0%まではシリカ粒子の除去性能が確認されたが、それ以上の比率では
用いることで IPA比率が 0 3
SNPは除去されなかった。
lーイオン)の偏りと溶媒分子からの電子
C
0%を超えると、膜内部の対イオン (
溶液中の IPA比率が 7
供与により、アニオン交換膜のゼータ電位の符号が水中と反転する可能性が示唆された.
アニオン交換膜とは逆符号の官能基を有するカチオン交換膜によって、 IPA中の SNPの除去に成功
し、表面にグラフト鎖を有する膜がテンタクル効果によって最も除去性能が高かった。
これら技術を活用して提供するソリューションについて、環境分析を交えた検討結果が示された.
本研究は、半導体洗浄プロセスにおける高純度 IPAの製造において有用である、イオン交換膜を用
いた IPA中の微小シリカ粒子の除去機構について体系だった研究が行われており、十分な研究内容に
基づき、応用範囲の広い有機溶剤中の微小粒子の除去理論について論じられている。また、その事業戦
略についても、詳細な環境分析の上、戦略立案が行われていると判断できる。提出された論文は科学技
術イノベーション研究科学位論文評価基準を満たしており,学位申請者の藤村
イノベーション)の学位を得る資格があると認める。
侑は,博士(科学技術