多様な生き物とともに暮らす私たち（大会長講演）

概要

Shinshu Journal of Public Health Vol. 18 No. 1, August 2023

第 17 回信州公衆衛生学会総会　大会長講演【公開講座】

宇宙船地球号の上に暮らす私たち
～ One Health on the Earth~

多様な生き物とともに暮らす私たち
長野県飯田保健福祉事務所所長

松岡　裕之

　宇宙船地球号というコトバを初めて聞いたのは、岩村昇先生の講義の中でした。ネパールの人々のために、
特に結核で苦しむ子供たちのために、その地に行って働いている岩村先生のことを知り、私も発展途上国で医
療活動をしたいと思い医学部へ進みました。その 5 年生の頃、岩村先生が公衆衛生の講義の一コマに来られた
のでした。「ドクターイワムラは英単語を 300 ヶしか知らない。それだけの語彙数であっても平和のこと、不平
等の是正について話し合いをし、合意形成ができる。だって私たちは皆、宇宙船地球号の乗組員なのだから。」
45 年前、そんな風に話されたことを鮮明に覚えています。

　私は医師になってからは結核ではなくマラリアを専門にしました。結核とならび発展途上国の子供たちを苦
しめている重要な疾患です。蚊によって媒介されるマラリアを研究する一方、その周辺の寄生虫病や衛生動物
疾患についても学び、講義・実習も担当してきました。そこで私の得たものは「宇宙船地球号の乗組員は人類
だけではない。いろんな生き物が押し合いへし合い乗っている。」という事実でした。医学部の教育というのは
ヒトに偏重していて、人類以外に目を向ける機会がとても少ないのです。蚊やダニはそれらに刺される・噛ま
れるだけでも不快なことですし、ましてはそれらによって病気になるなんて、ホントに嫌なことです。でも動
物たちの方は人類発生の前から、そうやって営々生きてきたのです。

　信州は海こそなけれ山深く、蚊やダニのほかハチもいればムカデもいます。田んぼに入ればチスイビル、山
を歩けばヤマビルが落ちてきます。ヘビも出てきます。クマやイノシシに出会うこともあるでしょう。サルや
シカも里に下ってきます。家にあってはほこりの中に、血液を吸わないヒョウヒダニがわんさと住んでいます。
頭にはアタマジラミ、衣服にはコロモジラミ、陰毛にはケジラミが居つくことがあります。手指に疥癬が住み
着いて大量増殖に至る人もいます。こうした生き物たちの存在を教え、研究するうちに私は「宇宙船地球号の
上で多様な生き物と暮らしている私たち」を自覚するようになったのです。

　今回の講演では、とくに信州に生息しヒトとの関連の深い生き物たちについて触れたいと思います。

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信州公衆衛生雑誌 Vol. 18 No. 1, August 2023

Shinshu Journal of Public Health Vol. 18 No. 1, August 2023

松岡　裕之
（まつおか　ひろゆき）
略歴
1974 年　長野県立飯田高等学校 卒業
1980 年　新潟大学医学部 卒業
1980 年　長野中央病院 / 諏訪共立病院 内科医師
（３年間）
1982 年　東京大学医科学研究所 熱帯医学研修
（３ヶ月）
修了
1983 年　JICA 専門家
（マラリア）
インドネシア共和国へ赴任
（１年間）
1984 年　岡山大学助手 寄生虫学教室
（４年８ヶ月）
1989 年　三重大学講師 医動物学教室
（１年６ヶ月）
1990 年　英国インペリアルコレッジ留学
（２年間マラリアワクチンの研究）
1992 年　三重大学講師 医動物学教室
（３年５ヶ月）
1996 年　自治医科大学助教授 医動物学教室
（９年４ヶ月）
2005 年　自治医科大学教授 医動物学部門
（10 年９ヶ月）
2016 年　長野県健康福祉部 伊那保健福祉事務所 医監・所長
（１年間）
2017 年　長野県健康福祉部 飯田保健福祉事務所 所長
（６年４ヶ月）


現在に至る

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