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心不全における CXCR7の役割の解明

石塚, 理人 東京大学 DOI:10.15083/0002005044

2022.06.22

概要

(序文)
 本邦では、心不全入院患者数が急激に増加しており、「心不全パンデミック」と呼ばれている。現在、心不全入院を減らすための新規治療薬の開発は、喫緊の課題である。これまでβ遮断薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)が、心不全患者の生存率を改善することが証明されてきたが、これらはGタンパク質共役受容体(GPCR)に作用する薬剤であり、今後もGPCRが心不全治療の新たな創薬の標的になりうる。GPCRの下流シグナルはGタンパクによる伝達が主経路であり、その後β-arrestinと共役することで不活化するというのが、古典的なモデルであった。しかし近年、β-arrestinがGPCRの不活化だけでなく、多種のメディエイターにシグナルを伝えることが判明した。GPCRが刺激されると、通常はGタンパク経路とβ-arrestin経路が共に活性化されるが、一方が偏向性に活性化される場合を”biased agonism”と呼び、そのうちreceptorによる場合を”biased receptor”と呼ぶ。β-arrestin優位のbiased agonismが心臓に保護的に働くことが多く報告されている。
 ケモカイン受容体はGPCRのカテゴリーの1モで、近年心血管疾患におけるケモカイン受容体の重要性が指摘されているが、多くは血球系細胞や血管内皮細胞に発現するケモカイン受容体の機能であり、心筋細胞に発現するケモカイン受容体にモいては今まであまり知られていない。ヒトやマウス心臓に発現するGPCRの内、CXCケモカイン受容体7(CXCR7)の遺伝子発現が多いことが報告されている。CXCR7は、β-arrestinとのみ共役するbiased receptorであると考えられ、下流シグナルとして細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)をリン酸化することが報告された。
 CXCケモカインリガンド12(CXCL12)は、CXCR4、CXCR7の2モの受容体に共通のリガンドである。幹細胞の遊走を期待してCXCL12プラスミドを虚血性心筋症患者の心筋内に注射したSTOP-HF試験は、プライマリーエンドポイントを満たさず、CXCL12による心筋梗塞の治療法開発は現在暗礁に乗り上げている。その理由として、受容体であるCXCR4の心筋梗塞後の炎症増悪と血管新生の二面性が挙げられる。もう一方の受容体であるCXCR7のβ-arrestinシグナルを解明することが、CXCL12の臨床応用の課題を解決しうる。

(方法)
 新生仔ラット心筋細胞のCXCR7遺伝子発現量を定量PCRで検討し、新生仔ラット心筋細胞をCXCR7アゴニスト:TC14012で薬剤刺激した。心臓内のCXCR7発現細胞の同定のために、マウス心臓の心筋細胞もしくは非心筋細胞の一細胞解析と、一分子蛍光in situ hybridizationを行った。また、心筋細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞それぞれのCXCR7の役割を検討するために、αMHC-Creマウス, VEcad-CreERT2マウス, Col1a2-CreERT2マウスと、CXCR7flox/floxマウスをそれぞれかけあわせ、心筋細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞特異的CXCR7ノックアウトマウスを作成した。マウス心不全モデルとして、胸部横行大動脈縮窄術による圧負荷心不全モデルと、左冠動脈前下行枝結紮術による心筋梗塞モデルの2モを作成した。術後、4週もしくは8週観察し、生存率や心重量、また心臓超音波検査や組織学的検査により、心機能と組織変化を評価した。心臓より蛋白を抽出し、リン酸化ERKをimmunoblottingで評価した。炎症細胞浸潤はCD45、Ly6G、F4/80に対する免疫染色で評価した。

(結果)
 新生仔ラット心筋細胞のCXCR7遺伝子発現が、新生仔ラット線維芽細胞と比較し多く、CXCR7アゴニスト:TC14012で新生仔ラット心筋細胞を刺激することでERKリン酸化が上昇した。マウス心臓の一細胞解析により、心筋細胞に遺伝子発現するケモカイン受容体のほとんどがCXCR7であり、また血管内皮細胞や線維芽細胞にも発現していた。マウス心臓切片を用いた一分子蛍光in situ hybridizationで心筋細胞と非心筋細胞でのCXCR7の遺伝子発現を確認できた。圧負荷心不全モデルで心筋細胞におけるCXCR7の遺伝子発現が横行大動脈縮窄術4週後に増加した。心筋梗塞モデルにおいて、遠隔領域より周辺領域、梗塞領域でCXCR7の遺伝子発現が多いことを示した。
 心筋細胞特異的にCXCR7をノックアウトすると、定量PCRの結果、心臓全体のCXCR7遺伝子発現量は大幅に減少した(0.22±0.21倍)。圧負荷心不全モデルを適用すると、コントロールに比べ生存率や左室内径短縮率は低下傾向であったが有意では無く、心重量は明らかな差を認めなかった。血管内皮細胞、線維芽細胞特異的CXCR7ノックアウマウスでは、圧負荷心不全への影響は明らかでなかった。
 圧負荷心不全モデルで心不全傾向を呈した心筋細胞特異的CXCR7ノックアウトマウス(cKO)に対して、心筋梗塞モデルを作成した。コントロール(Ctl)と比較し、心筋梗塞により有意な心重量の増加(Ctl; 190.7±18.4、cKO: 220.3±26.4mg)、拡張期左室内腔面積の増加(Ctl: 29.6±5.0、cKO: 36.0±5.4mm2)、左室内腔面積変化率の低下(Ctl:20.6±4.9%、cKO:13.9±5.4%)を認めた。心筋細胞でのCXCR7欠損は、心筋梗塞において心拡大と収縮能低下をきたした。心筋梗塞1日後に、CXCR7の主な下流とされるリン酸化ERKをimmunoblottingで評価したところ、Ctlでは周辺領域でリン酸化ERK/全ERK比(pERK/tERK)が有意に増加していたが、cKOはCtlに比べ周辺領域でpERK/tERKが有意に減少していた(Ctl 1.0±0.3、cKO 0.5±0.2)。心筋梗塞1日後での、心臓内のCD45陽性の炎症細胞浸潤は、cKOで有意に減少していた(面積比Ctl: 43.8±18.6%、cKO: 14.3±7.1%)。

(考察)
 本研究は、まず新生仔ラット心筋細胞を用いて、心筋細胞で線維芽細胞よりCXCR7が遺伝子発現しており、CXCR7を刺激することでERKリン酸化の下流シグナルがあることを示した。マウス心臓では、心筋細胞に発現するケモカイン受容体のほとんどがCXCR7であり、血管内皮細胞や線維芽細胞にも発現していることを示した。圧負荷心不全モデルで心筋細胞におけるCXCR7の遺伝子発現が増加すること、また、心筋梗塞モデルにおいて遠隔領域より周辺領域、梗塞領域でCXCR7の発現が多く、心不全病態においてCXCR7が作用している可能性が示唆された。次に、心筋細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞の各々に特異的にCXCR7を欠損させたマウスに、圧負荷心不全モデルを作成した。心筋細胞特異的CXCR7ノックアウトマウスにおいて心不全増悪傾向を認めたものの、有意差は認めなかった。血管内皮細胞特異的、あるいは線維芽細胞特異的CXCR7ノックアウトマウスでは増悪傾向も認めなかった。心筋細胞特異的CXCR7ノックアウト心臓ではコントロール群と比較して約80%のCXCR7遺伝子発現の低下が認められることから、心筋細胞におけるCXCR7発現が心不全の病態形成により重要な働きをしていることが示唆された。このため、心筋細胞特異的CXCR7ノックアウトマウスに、心筋梗塞モデルを作成した。結果、コントロール群と比較し有意な心拡大や収縮能低下をきたした。心筋梗塞において、心筋細胞に発現するCXCR7は保護的に働いていると考えられた。機序として、心筋梗塞の周辺領域で本来増加するERKリン酸化が、ノックアウトマウスで減少していることや、炎症細胞浸潤が低下していることとの関連が示唆された。
 圧負荷心不全モデルより心筋梗塞モデルで、心筋細胞CXCR7ノックアウトの影響が大きかった原因の一モとして、本研究の定量PCRでは示せなかったが、心筋梗塞では虚血によりリガンドであるCXCL12の遺伝子発現や濃度が増えることが関係していると考える。他に、心筋梗塞ではアポトーシスや炎症の影響がより大きく、それらにCXCR7が関与している可能性がある。心筋梗塞1日後、遠隔領域に比べて、周辺領域でERKリン酸化が増加していた。ERKには、B-cell lymphoma 2を介した抗アポトーシス作用が報告されている。周辺領域では、抗アポトーシス作用のあるERKリン酸化のシグナルが亢進し、心筋梗塞後の細胞生存に働いている可能性がある。周辺領域と梗塞領域では心筋梗塞6時間後にCXCR7の遺伝子発現が増加しており、心筋梗塞1日後の周辺領域でのERKリン酸化増加の一部をCXCR7が担っていることも考えられる。更に心筋細胞CXCR7欠損により、遠隔領域と周辺領域の両方でERKリン酸化が減少していた。梗塞領域では、心筋細胞は死滅しており、心筋細胞が残る遠隔領域と周辺領域でCXCR7下流のERKリン酸化が減少したと考えられる。以上より仮説として、心筋梗塞後に増加する周辺領域のERKリン酸化が、心筋細胞CXCR7欠損により減少し、アポトーシス増加をきたし、4週後の心拡大や収縮能低下にモながったと考えた。
 また、心筋梗塞1日後の免疫染色の結果は、心筋細胞でCXCR7が欠損したマウスで、CD45陽性の炎症細胞浸潤が低下していた。このことは、今回の心拡大、収縮能低下が、炎症細胞浸潤の低下と関連している可能性がある。梗塞巣への炎症細胞浸潤には、壊死細胞の除去や、線維化による修復など、正の側面もある。そうした炎症の過程が阻害されることで、心筋梗塞後の心拡大、収縮能低下を来した可能性がある。今後、蛍光活性化セルソーティングを用いて炎症細胞の種類や割合を詳細にみていきたい。
 本研究のlimitationとして、CXCR7の遺伝子発現は示しているが、蛋白としての発現を示せてない点がある。また、CXCR7を刺激し下流シグナルとしてERKリン酸化を見ているが、ERKリン酸化がCXCR7と共役するβ-arrestinの直接的なシグナル伝達であるかは示せていない点がある。今回の研究は、心筋細胞でCXCR7を欠損したマウスの解析に過ぎない。実際にCXCR7が保護的に働くのであれば、アデノ随伴ウイルスを用いた心筋細胞へのCXCR7の導入等により、心筋梗塞の改善を確認する必要がある。

(結論)
 本研究では、マウスの心筋細胞で最も発現しているケモカイン受容体がCXCR7であることを示した。心筋細胞でのCXCR7欠損は、心筋梗塞後の心拡大や収縮能低下をきたした。その機序として、心筋細胞に発現するCXCR7が、ERKリン酸化や、適切な炎症を促すことで、心保護的に働いていると考えられた。今後その機序の解明がCXCR7を標的とした新規心不全治療の開発に繋がる可能性がある。

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