若年、高齢マウスいずれにおいても迷走神経シグナルはカルシニューリン/NFATc1-FoxM1経路を介して膵β細胞増殖を促進する
概要
機能的な膵β 細胞の減少は高齢者を含めたインスリン欠乏性糖尿病の重要な基盤病態である。一方、肥満などインスリン抵抗性が生じ全身のインスリン需要が増大した状態では、膵 β 細胞が増殖し、インスリン分泌を亢進させることで代償することが知られている。当研究室では、この肥満形成期の代償性膵 β 細胞増殖に臓器間神経ネットワーク機構が働いていること、さらに、迷走神経からのシグナルが FoxM1 経路を介して直接膵 β 細胞増殖を引き起こすことを報告した。今回、私は迷走神経シグナルから膵 β 細胞内の FoxM1 経路の活性化に至る、さらに詳細な分子メカニズムを検討した。
マイクロアレイ法により若年マウスから単離し迷走神経由来因子を作用させた膵島細胞の遺伝子発現を網羅的に解析したところ、転写因子である Nfatc1 遺伝子の発現が有意に増加していた。実際に、迷走神経由来因子を作用させた若年マウス由来の膵島細胞、あるいは高脂肪食を負荷したマウスから単離した膵島のいずれにおいても NFATc1 蛋白の核内移行が FoxM1 経路の活性化と共に認められた。一方、カルシニューリン阻害薬であるシクロスポリンA を培地に添加、あるいはマウスに経口投与することにより膵島細胞でのFoxM1 経路の活性化は消失した。さらに、高脂肪食を負荷した若年マウスの膵島細胞において Foxm1 遺伝子のプロモーター領域にNFATc1 が結合しており、その結合がシクロスポリンA 投与により阻害された。以上の結果から、迷走神経シグナルがカルシニューリン/NFATc1-FoxM1 経路を活性化させることを介して、膵 β 細胞増殖を促進することが明らかになった。さらに、膵 β 細胞増殖能が著しく低下しているとされる高齢マウスから単離した膵島への迷走神経由来因子の作用、あるいは高齢マウスに対する高脂肪食負荷による検討を行い、若年マウスと同様の結果を得た。
これらの結果から、迷走神経シグナルによるカルシニューリン/NFATc1-FoxM1 経路を介した膵 β 細胞増殖機構は、加齢によって障害されることなく高齢個体に対しても有効に増殖誘導することが明らかになり、インスリン欠乏性糖尿病患者に対して膵 β 細胞量を増加させる治療戦略を大いに発展させるものと期待される。