腸管透過性亢進は臓器間神経ネットワークを介して膵β細胞の増殖を誘導する
概要
(書式18)
学
(
位 論 文 要 約
A b s t r a c t )
博士論文題目 Title of dissertation
腸管透過性亢進は臓器間神経ネットワークを介して膵細胞の増殖を誘導する
東北大学大学院医学系研究科
内科病態学講座
氏名 Name
医科学
専攻
糖尿病代謝内科学分野
久保晴丸 Haremaru Kubo
肥満、および、それに伴う 2 型糖尿病は近年、世界的にも本邦においても増加傾向にある。そのため、これ
らの病態解明と治療法の開発は急務である。特に、肥満を含むインスリン抵抗性を呈する病態の形成過程では、
膵細胞が代償的に増殖することで病態初期の高血糖に対応している。この代償機構は糖尿病の発症及び進展
を防ぐための生理的な反応と考えられており、膵細胞の増殖機構について様々な研究結果が報告されている。
中でも、神経を介した増殖機構の関与が注目されており、所属研究室では、肝臓の Extracellular
signal-regulated kinase(ERK)経路の活性化が肥満形成における膵細胞の代償的増殖に重要な役割を担っ
ていることを報告してきた。これは肝臓 − 脳 − 膵臓を介した臓器間神経ネットワークにより、肥満形成時の膵
細胞増殖が制御されているというシステムであり、膵臓内部の分子メカニズムとして膵細胞での Forkhead
Box M1(FoxM1)遺伝子の活性化や、それに関与する複数の神経伝達物質が明らかとなっている。しかし、
この神経ネットワークの起点となる肝臓 ERK 経路の活性化を、一体何が惹起するのかについては不明であっ
た。そこで、本研究はその解明を目的として行った。
近年、肥満を呈したヒトやモデル動物では腸管の防御機構が破綻して異物透過性が亢進する"leaky gut"という
病態が注目されている。この leaky gut により腸管透過性が亢進すると、毒素やサイトカインを含む腸管内由
来の物質が門脈を介し、肝臓に流入して脂肪肝の形成や炎症性変化を惹起することが報告されている。一方、
これらの因子は肝細胞や肝に常在するマクロファージであるクッパー細胞における ERK 経路の活性化を惹起
することが報告されているため、私は腸管炎症が肥満形成時における膵細胞増殖に関与しているという仮説
を想起した。
まず、人為的に腸管炎症を惹起するため、腸管炎症モデルで汎用される dextran sodium sulfate(DSS)を用
いて、腸管透過性の変化と臓器間神経ネットワークとの関連を検討した。その結果、DSS 投与により腸管透
過性は亢進し、肝臓 ERK 経路が活性化することを確認した。さらに DSS 投与下では膵細胞の増殖及び
FoxM1 遺伝子の活性化が確認された。また、腸管特異的な T リンパ球遊走阻害剤である抗47 インテグリ
ン(LPAM1)抗体投与により腸管炎症を抑制すると、肝臓 ERK 経路の活性化と膵細胞の増殖は消失した。
この結果から、DSS による肝臓及び膵細胞の表現型は腸管炎症が起点となっていることが示された。加えて、
上記の肝 − 膵間の臓器連関機構の関与を検討するため、アデノウイルスベクターを用いた肝臓 ERK 経路の抑
制あるいは迷走神経切断術、つまり本機構の入口や出口において遮断を行うと、DSS 投与による膵細胞の増
殖は消失した。これらの結果から、腸管を起点として肝 − 中枢神経 − 膵を介した臓器間神経ネットワークが形
成されることが示された。さらに、高脂肪食を負荷したマウスで見られる腸管透過性亢進、肝臓 ERK 経路活
性化、および膵細胞増殖についても、抗 LPAM1 抗体投与により抑制されることを見出し、肥満という病態
の形成過程でも腸管透過性の亢進が肝臓 ERK 経路活性化の引き金となり、肝 − 膵間の臓器連関機構を介して
膵細胞増殖を誘導することが示唆された。
これらの結果から、新たに腸管を起点とする臓器間神経ネットワークを介した膵細胞の増殖機構が明らかと
なった。本機構は腸管 − 肝 − 中枢神経 − 膵島を介した臓器横断的なシステムであることが明らかとなり、腸
管が膵細胞量を調節することで血糖値の恒常性を維持しているという新たな概念が見いだされたものである。 ...