ケモメトリックスが決着をつけたBTBの色と分子構造の関係
概要
ブロモチモールブルー(BTB)は代表的なpH指示薬である。小学校の理科教育で,水溶液の酸性,中性,塩基性の違いを教えるために使われており,一般的にも認知度の高い分析化学用語と言える。しかし,水溶液の色変化を説明するBTBの分子構造には諸説あり,未整理の状態であった。島田らは,BTB1)やチモールブルー(TB)2)について研究を行い,この状態に終止符を打つ成果を上げた。
彼らが行った実験は,pHを制御した水溶液の可視吸収スペクトル測定という至ってシンプルなものであるが,ケモメトリックスを駆使して色変化を説明する構造および量変化を解明した点に独自性がある。BTBに関する実験と解析の手順を以下にまとめる。
1.水溶液のpHを変えて測定した14本のスペクトルを行列(A)としてまとめ,主成分分析によりスペクトル変化にかかわる主な構造が二つあることを解明。
2.教師なしに各構造のスペクトルに分離できるALS解析を行列Aについて行い,二つの構造のスペクトルが入った行列(K)およびそれらの量比が入った行列(C)を得る。
行列K内の2本のスペクトルは,それぞれ433nmおよび616nmに大きなピークを持ち,二つの構造は黄色および青色を示す構造であることを明らかにした。行列Cに含まれる量変化を検討し,酸性では黄色,塩基性では青色の構造が支配的で,pH=7.5付近では両構造が等量存在(pKa=7.5)して緑色を示すという,指示薬としての性質をうまく引き出した。さらに,イオン強度を変えた実験によって各構造の価数を決定し,量子化学計算によるスペクトルシミュレーションを行い,構造を確定した。
分析化学は,系の中に何が(定性分析),どのくらい(定量分析),どういった状態で(状態分析)含まれているかを明らかにする分野である。今回紹介した研究は,ケモメトリックスによって定量および状態分析を一気に行った点で興味深い。また,水溶液で現れる二つの構造を「物理的に分離」することは不可能であり,「スペクトル情報のまま分離」できるケモメトリックスの利点をうまく生かした成果といえる。この他にも,振動分光法と組み合わせて溶液中の会合体や水素結合状態を明らかにした成果も報告されている3)。ケモメトリックスは決して新しい手法とは言い難いが,もっと積極的に利用され,さまざまな現象の解明に貢献することを期待したい。