特異な構造をもつ有機分子の電子的性質
概要
令和 4 年度
京都大学化学研究所 スーパーコンピュータシステム 利用報告書
特異な構造をもつ有機分子の電子的性質
Electronic Properties of Organic Molecules with Novel Structure
京都大学化学研究所 物質創製化学研究系 構造有機化学領域
村田 靖次郎
研究成果概要
真に水分子の性質を明らかにするためには,単一水分子あるいは単一水和構造を完全に
外界から隔離する必要がある.自然界にはほぼ存在しえないその水分子の性質は,理論化
学計算によってのみ知ることができ,適切な実験系モデルの構築は極めて限定的である.
一方,フラーレンの疎水性内部空間の利用はこれを解決する最も有効な手立てであるばか
りか,通常では実現が困難な超高圧状態や高電荷状態を提供可能である.ここでは,フラ
ーレンに取り込まれた単一水分子の核スピン異性体間の変換の成果について報告する.
水分子は 2 つの水素原子を含むが,それらの核
スピンの向きに応じて 2 種類の異性体,すなわち
ortho-H2O(平行)と para-H2O(反平行)に分類す
ることができる.これら 2 種類の核スピン異性体
間の変換はスピン禁制であるため起こりえないが,
他の物質との衝突(相互作用)によりその変換が
起こることが知られている.地球上に存在する
ortho-H2O と para-H2O の割合は 3:1 である一方で,
宇宙に存在するそれは 0.1~2.5:1 であり ortho-H2O
の比率が少ない.そのため,ortho–para 変換過程の観測や機構解析による宇宙の起源の解明
を目指した研究が盛んに行なわれている.これまでに,水分子は C60 骨格の内部において,
約 10 時間のタイムスケールで ortho–para 変換を引き起こすことがわかっている.一方,金
電極間に H2O@C60 を 1 分子だけ挟み込んだ単一分子トランジスタを構築し(Figure 1a)
,テ
ラヘルツ波を照射した際のトンネル電流変化を観測したところ,ortho-H2O および para-H2O
の量子回転励起に対応するコンダクタンス変化が見られた 1.単分子の測定から 2 状態が同
時に観測されたというこの事実は,測定のタイムスケールよりも短い時定数(数分程度)
で 2 つの核スピン異性体間を揺らいでいることを示しており,分子内に進入してくるスピ
ン揺らぎをもった伝導電子との相互作用が速い ortho–para 変換を誘発したと考えられる.
発表論文(謝辞なし)
1. Du, S.; Hashikawa, Y.; Ito, H.; Hashimoto, K.; Murata, Y.; Hirayama, Y.; Hirakawa, K. Nano Lett. 2021, 21,
10346–10353. ...