Choroidal and retinal displacements after vitrectomy with internal limiting membrane peeling in eyes with idiopathic macular hole
概要
【緒言】
特発性黄斑円孔(MH)に対する治療法として網膜内境界膜(ILM)剥離併用硝子体手術が一般的に行われている。眼底写真を用いた研究では ILM 剥離によって MH 術後の網膜が移動することが報告されている。赤堀らは Optical coherence tomography(OCT) angiography を用いて、MH 術後の ILM 剥離による視神経乳頭方向への移動、ガスタンポナーデによる下方への回旋移動、中心窩方向への求心性の移動を報告した。しかし、これらの報告では網膜表層の血管を指標として網膜の移動量を評価しており、網膜外層や脈絡膜の移動については未だ不明である。MH 術後の脈絡膜の厚みや血流変化の報告はあるが、仮に脈絡膜が移動しているとこれまでの脈絡膜についての報告は慎重に検討すべきであると考えられる。そこで、今回 OCT および OCT angiography を用いて、MH 閉鎖に伴う網膜と脈絡膜の移動について検討した。
【方法及び方法】
名古屋大学医学部附属病院で MH に対して ILM 剥離併用硝子体手術を行った 22 例 22 眼を対象とし、後ろ向きに解析した。強度近視眼 (眼軸 27mm 以上)、外傷性 MHや再発性 MH、他の網膜疾患を有する症例や硝子体手術歴を有する症例は除外した。術式は 25G 硝子体手術を施行し、全症例で ILM 剥離を併用した。術中に SF6 または C3F8 のガス置換を行い、術後約 2 週間のうつむき体位を推奨した。
OCT および OCT angiography を用いて術前、術後 2、4、8 週に黄斑部 3×3mm の範囲を撮影した。OCT en face 画像における脈絡膜血管分岐部を指標として、MH 閉鎖に伴う脈絡膜の移動量を評価した。評価項目として視神経乳頭から各血管分岐部までの距離変化、視神経乳頭を中心とした角度変化、中心窩から各血管分岐部までの距離変化の 3 項目を調べた。各血管分岐部を上下耳鼻側の 4 象限に分けて、各象限ごとの移動量を比較した。同様に OCT angiography en face 画像において、網膜血管分岐部を指標として網膜移動量を評価した。また、手術前後に眼底自発蛍光検査を行い、網膜血管に沿った高輝度反射の有無を評価した。
【結果】
患者の平均年齢は 66.0 ± 9.3 歳であった。術前視力は 0.60 ± 0.29、術後視力は 0.27 ± 0.201で、術後有意に改善した。ILM 剥離を行った面積は平均 3.73 ± 0.55 乳頭径であった(表1)。1 症例につき網膜の血管分岐部は平均 50.1 ± 8.3 箇所、脈絡膜の血管分岐部は平均 19.8 ± 2.5 箇所計測した。
網膜の OCT angiography、脈絡膜の OCT 画像の代表症例を示す(図1)。
視神経乳頭から網膜血管分岐部までの距離は術後 2 週で耳側 0.197 ± 0.062mm、上方 0.154 ± 0.051mm、鼻側 0.061 ± 0.037mm、下方 0.139 ± 0.040mm それぞれ有意に短縮した(P < 0.001)(表 2、図 2)。短縮距離は耳側で有意に大きく、鼻側で有意に小さい結果であった。視神経乳頭から網膜血管分岐部までの距離は術後 2 週以降で有意な変化はみられなかった。視神経乳頭から脈絡膜血管分岐部までの距離は術後 2 週で耳側 0.106 ± 0.054mm、上方 0.089 ± 0.050mm、鼻側 0.071 ± 0.037mm、下方 0.097 ± 0.042mmそれぞれ有意に短縮した(P < 0.001)(表 2、図 2)。短縮距離は 4 象限全てで網膜より有意に小さい結果であった(P < 0.001)。短縮距離は耳側で有意に大きく、鼻側で有意に小さい結果であった。視神経乳頭から脈絡膜血管分岐部までの距離は術後 2 週以降で有意な変化はみられなかった。視神経乳頭から網膜血管分岐部までの距離変化と視神経乳頭から脈絡膜血管分岐部までの距離変化との間には有意な正の相関がみられた(r = 0.535、P < 0.001)。
視神経乳頭を中心とした網膜血管分岐部の角度変化は術後 2 週で耳側 0.653 ± 0.529°下方回旋、上方 1.624 ± 0.812°下方回旋、鼻側 0.577 ± 0.607°下方回旋、下方 0.134 ± 0.526°上方回旋がみられ、下方網膜以外の 3 象限で有意な角度変化がみられた (P <0.001) (表 2、図 2)。視神経乳頭を中心とした脈絡膜血管分岐部の角度変化は術後 2週で耳側 0.166 ± 0.265°下方回旋、上方 0.258 ± 0.392°下方回旋、鼻側 0.298 ± 0.331°下方回旋、下方 0.206 ± 0.352°下方回旋がみられたが、いずれも統計学的に有意ではなかった (表 2、図 2)。
中心窩から網膜血管分岐部までの距離は術後 2 週で耳側 0.102 ± 0.057mm、上方 0.096 ± 0.051mm、鼻側 0.062 ± 0.040mm、下方 0.091 ± 0.034mm 短縮し、鼻側以外の 3 象限で有意な短縮がみられた(表 2、図 2)。中心窩から脈絡膜血管分岐部までの距離は術後 2 週で耳側 0.032 ± 0.051mm、上方 0.013 ± 0.053mm それぞれ増加し、鼻側 0.067 ± 0.041mm、下方 0.049 ± 0.044mm それぞれ短縮したが、いずれも統計学的に有意ではなかった(表 2、図 2)。
これらの視神経乳頭を中心とした距離・角度変化や中心窩を中心とした距離変化は、黄斑円孔の大きさや ILM 剥離面積、眼軸長などいずれの因子とも有意な関連はみられなかった。
22 例全てにおいて、術後の眼底自発蛍光画像で網膜血管に沿った高輝度な反射はみられなかった(図 4)。
【考察】
本研究では、MH 術後の網膜は視神経乳頭方向への移動、下方への回旋移動、中心窩方向への求心性の移動がみられた。さらに脈絡膜においても視神経乳頭方向への移動がみられた。
内境界膜はミュラー細胞の基底膜であり、MH に対して内境界膜を剥離することで網膜の可撓性が変化し、神経線維が収縮して網膜が視神経乳頭方向へ移動する可能性が報告されている。本研究では、視神経乳頭から脈絡膜血管分岐部までの距離は術後有意に短縮し、短縮距離は網膜と脈絡膜の間に有意な正の相関がみられた。この結果より、MH 閉鎖後の網膜移動に伴って脈絡膜も視神経乳頭側へ移動した可能性が示唆される。
網膜剥離術後の眼底自発蛍光画像では、網膜血管に沿った高輝度反射がみられることが知られている。これは網膜剥離術後に網膜表層の血管が移動することで、血管直下の色素上皮細胞層に急激なリポフスチン蛋白が貯留するためと考えられている。 MH 術後の眼底自発蛍光画像では、網膜血管に沿った高輝度反射はみられなかった。この結果は網膜表層から網膜色素上皮細胞層まで一緒に移動したことが示唆される。網膜内にはミュラー細胞が縦方向に走行するため、網膜表層の神経線維の収縮が網膜色素上皮細胞層まで伝わる可能性があると考えられる。
脈絡膜の視神経乳頭方向への移動量は網膜より有意に小さい結果であった。本研究では脈絡膜の Haller 層や Sattler 層の脈絡膜中大血管を用いて移動量を評価した。組織学的に脈絡膜の Haller 層や Sattler 層にはエラスチンやコラーゲンなどの弾性線維を含む間質成分が多く存在し、網膜色素上皮細胞や脈絡膜毛細血管板と強固に結合していない。したがって、網膜表層の移動は脈絡膜の Haller 層や Sattler 層まで直接伝わらず、脈絡膜では移動量が小さい結果になった可能性がある。
これまでに MH 術後の脈絡膜厚変化や血流変化に関する報告があるが、これら報告では定点観測によって脈絡膜の変化を検討している。本研究では、MH 術後に脈絡膜は視神経乳頭方向へ移動し、移動量は網膜と差があることがわかった。したがって、 MH 術後の脈絡膜の検討では、これら移動量を考慮する必要があると考えられる。
【結論】
MH 術後には網膜とともに脈絡膜も視神経乳頭側へ移動することがわかった。しかし、脈絡膜血管間に間質成分が多く存在することにより、脈絡膜では移動量が少ない可能性がある。これらの結果より、MH 術後の脈絡膜の検討では脈絡膜の移動を考慮すべきであることが示唆される。