前眼部光干渉断層計を用いた眼球構造の観察
概要
筑
波
大 学
博士(医学)学位論文
- 1 -
Observation of ocular structures using anterior
segment optical coherence tomography
(前眼部光干渉断層計を用いた眼球構造の観察)
2022
筑波大学
森
悠大
- 2 -
目次
第1章
緒言
1-1
前眼部光干渉断層計とは
1-2
房水流出主経路構造の解剖
第2章
本研究の目的
第3章
高侵達前眼部光干渉断層計を用いた前部硝子体剥離の解剖
第4章
3-1
目的
3-2
対象と方法
3-3
解析
3-4
結果
3-5
考察
3-6
結論
偏光感受型前眼部光干渉断層計を用いた隅角構造の観察
4-1
目的
4-2
対象と方法
4-2-1
対象
4-2-2
偏光感受型前眼部光干渉断層計とは
4-2-3
撮影機器と条件
4-2-4
判定方法
4-2-5
解析
4-3
結果
4-4
考察
4-5
結論
第5章
結語
第6章
謝辞
第7章
出典
第8章
引用文献
- 3 -
第1章
緒言
1-1 前眼部光干渉断層計とは
光干渉断層計 optical coherence tomography (OCT) は,近赤外光を測定光とし
て使用し,干渉を利用して組織の反射波の強度と時間的遅れを検出することで
生体の断層情報を得る技術である 1.弱い赤外光を用いるため無侵襲であり,X
線 CT や MRI,超音波と比べ高い分解能を持つ.侵達度が低いことが欠点だが,
眼球は組織の光学的透明性を有し,不透明組織の強膜やぶどう膜は 1mm 前後と
薄いため,OCT の有用性が非常に高い臓器であり,登場以来眼科診療は革命的
に進歩し,現在はなくてはならない検査機器となっている.
従来,OCT の利用は網膜疾患が主体であった.これは網膜疾患では特に検眼
鏡による診察で得られる情報が少なく,かつ視機能に直結する重大な疾患が多
かったためと考えられる.一方,角結膜・水晶体などの前眼部組織については,
細隙灯顕微鏡による診察で得られる情報が比較的多いため,後眼部と比較する
と OCT の必要性は重要視されてこなかった(図 1)
.その中で,2005 年に本学
の Yasuno らが中心となり,世界初となる三次元前眼部 OCT が開発された 2.
2008
年にこのシステムを使用した CASIA(トーメー)が市販されたが,断層像を得
るのみならず,非常に高い精度で角膜厚,前房深度 3 や角膜前後面屈折力 4-6 な
どの生体情報を数値化することが可能であり,前房隅角の観察,緑内障術後濾
過胞の内部構造評価 7 の他,円錐角膜の診断 4,眼内レンズの術後屈折予測 8, 9
など,臨床的な有用性が次々に報告され,2018 年には国内で保険収載されるに
至った.
前眼部 OCT の機能向上の動きも現れてきており,従来観察困難だった水晶体
後面までの鮮明な描出を可能とした高侵達前眼部 OCT である CASIA2(トーメ
ー)が 2015 年に市販され,これまでほとんど検討されてこなかった水晶体後面
から前部硝子体に新たな形でアプローチをすることが可能となった.更に,断
層像の質的な情報を取得する技術として偏光感受型前眼部光干渉断層計
polarization-sensitive OCT (PS-OCT) も本学が中心となり開発され,現在臨床応用
に向け検討中の段階ではあるが,従来判別困難であった組織内の微小な変化な
どを捉えられる可能性が期待されている 10-12(図 2).
- 4 -
〈大鹿哲郎.眼科プラクティス 6.文光堂.2005.p3 より引用〉
図 1:眼球の解剖と OCT の種類
前眼部を対象とする OCT と,後眼部(網膜)を対象とする OCT がある.従来
は後眼部 OCT が主に使用されていた.
- 5 -
図 2 前眼部 OCT の進歩
A. 従来機(CASIA):水晶体後面は観察できない.
B. 高侵達前眼部 OCT(CASIA2)
:水晶体後面まで明瞭に描出されている.
C. 偏光感受型前眼部 OCT:組織の複屈折情報が解析可能であり,強膜や虹彩色
素上皮などの高複屈折部位は暖色で表示されている.
- 6 -
1-2 房水流出主経路構造の解剖
房水流出路は前房隅角に存在し,角膜周辺部に存在するシュレム管を経由す
る経シュレム管流出路(主経路)と,毛様体筋の間隙を経てぶどう膜,強膜か
ら排出される経ぶどう膜強膜流出路(副経路)に分類される(図 3)
.緑内障は
房水流出抵抗増大による眼圧上昇が主因と考えられており,緑内障手術加療に
おいて代表的な術式である線維柱帯切開術は,主経路の流出抵抗を直接減じる
手法であるが,近年は隅角レンズと専用の切開器具を用いた眼内法の登場によ
り,簡便かつ短時間での手術が可能となり,国内でも急速に普及している 13.
そのため,主経路への関心が高まっているが,未だに隅角鏡による外観の観察
以外に構造を評価する手段は一般的ではなく,緑内障眼における房水流出抵抗
増大の原因推定は,多くが病理組織学的な検討を要するのが現状であり(図 4)
,
主経路構造を非侵襲的かつ明瞭に観察し,さらに質的な情報を含めて評価する
手段は現在の眼科医療において非常にニーズが大きい.
- 7 -
〈大鹿哲郎.眼科学 第 2 版.文光堂.2011.p150 より引用〉
図 3 房水流出経路の解剖
線維柱帯を通りシュレム管に流入する経シュレム管流出路と,毛様体筋の間隙
を経てぶどう膜,強膜から排出される経ぶどう膜強膜流出路に分類される.
- 8 -
〈Crowell EL, Baker L, Chuang AZ, Feldman RM, Bell NP, Chévez-Barrios P, Blieden LS.
Characterizing anterior segment OCT angle landmarks of the trabecular meshwork complex.
Ophthalmology. 2018;125(7):994-1002 より引用〉
図 4 主経路構造の組織像と隅角鏡所見
A. HE 染色:隅角部の網目状構造として線維柱帯(矢頭)が観察され,その強
膜側に管腔構造のシュレム管(矢印)を認める.
B. 隅角鏡:線維柱帯(矢頭)の外観のみ観察できる.シュレム管は観察できな
い.
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第2章
本研究の目的
本研究では,高侵達前眼部 OCT を用いてこれまでほとんど未知であった前部
硝子体の観察を行い,白内障手術成績との関連を評価すること,また PS-OCT
を用いて,房水流出主経路構造を観察することを目的とした.
- 10 -
第3章
高侵達前眼部光干渉断層計を用いた前部硝子体剥離の解剖
3-1 目的
硝子体は全眼球容積の約 4/5 を占める,重量の 99%が水から成る透明なゲル状
組織である(図 5)
.網膜側の後部硝子体については,様々な網膜疾患の発症や
治療との関係性が指摘されており,研究の盛んな領域である 14-20.一方,水晶体
側の前部硝子体については,未だに取り扱った研究が非常に少なく,眼内視鏡
21
や術中 OCT22, 23 で観察した報告はあるが,少数例での検討に止まり,発症率
や臨床的意義の詳細は分かっていない.しかし,前部硝子体は Wieger 靱帯を介
して水晶体後面と接着しており 24, 25,解剖学的に水晶体後嚢を支持していると
考えられ,白内障手術中の後嚢安定性に関与することが推定される.術中の後
嚢安定性は白内障手術における重要な合併症である後嚢破損に影響を及ぼす可
能性があり,術前に危険因子を把握する手段は臨床上重要である.
本研究では,高侵達前眼部光干渉断層計の CASIA2 を用いて前部硝子体膜の
水晶体後面からの剥離(前部硝子体剥離)の有無を評価し,白内障手術成績と
の関連を検討することを目的とした.
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図 5 硝子体の解剖
硝子体は眼容積の 8 割程度を占め,後部硝子体は網膜面と接しており,前部硝
子体は Wieger 靱帯を介して水晶体と接着している.水晶体後部に Berger 腔と呼
ばれる空間が存在する.
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3-2 対象と方法
2015 年 6 月から 2020 年 8 月までに,筑波大学附属病院を受診し CASIA2 が撮
影された患者 624 例 624 眼を対象とした.角膜混濁,眼科手術既往,眼外傷既
往,また水晶体後嚢の観察に影響しうる高度の白内障を有する眼は除外した.
サブグループ解析として,撮影後に白内障手術を受けた 223 例 223 眼を対象と
した.落屑症候群,水晶体振盪,瞳孔径 6.0mm 未満の散瞳不良,選択的 ɑ1 受容
体遮断薬内服を有する症例は除外した.
前眼部 OCT として CASIA2 を使用し,lens biometry モードで撮影した.これ
は 16mm×13mm(平面×深さ方向)で 16 枚の放射状断面を撮影する方法であり,
本研究では水平断面を使用し評価した.撮影は散瞳下で行い,機器の内部固視
光を用いた自動照準機能を用いて撮影した.単一検者(HM)が撮影画像から前
部硝子体剥離の有無を判定した.前部硝子体剥離の有無は,既報の病理組織学
的所見を参照し 21,水晶体後面から剥離した膜様組織が観察される症例を前部
硝子体剥離ありと判定した.画像読影の際,必要に応じて画像の輝度,濃淡を
変更した.前部硝子体剥離の発生率,年齢分布について検討した.
サブグループ解析では,術前評価項目として Lens Opacities Classification
System III (LOCSIII) による白内障重症度,角膜屈折力,眼軸長を測定し,手術
成績評価項目として,手術時間,術中合併症,前房内炎症(術翌日)
,術後眼圧
(術翌日,術後 1 ヶ月),術後屈折誤差(術前予測屈折値と術後 1 ヶ月の屈折値
の差)を設定した.術前評価項目との関連は,ロジスティック回帰分析を用い
て前部硝子体剥離の有無を目的変数,各種術前評価項目を説明変数として解析
した.手術成績評価項目については,単変量解析で前部硝子体剥離の有無によ
る差を検討した.
本研究は,筑波大学臨床研究倫理審査委員会の承認を得ており,ヘルシンキ
宣言の条文を厳守し施行したものである.
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3-3 解析
数値変数は平均±標準偏差で表記し,マン=ホイットニーの U 検定で群間の比
較を行った.カテゴリー変数はカイ二乗検定またはフィッシャーの正確確率検
定を用いて比較を行った.前部硝子体剥離有無に関連する因子については,ロ
ジスティック回帰分析(backward-elimination method)を用い,説明変数として
年齢,性別,眼軸長,角膜屈折力,角膜乱視量,白内障重症度(1~6)を設定
し解析を行った.解析には全て SPSS(version 27, IBM Corp., Armonk, NY, USA)
を使用し,P < 0.05 を有意とした.
3-4 結果
前部硝子体剥離を認める症例,認めない症例の代表例を図 6 に示し,対象の
患者背景を表 1 に示す.全体とサブグループでは,サブグループで高齢であっ
たが
(P < 0.001)
,
その他は対象に差を認めなかった.624 眼のうち,
43 眼
(6.9%)
で前部硝子体剥離を認めた.前部硝子体剥離を有する症例の平均年齢は 68.1 ±
8.8 歳(平均 ± 標準偏差)であり,認めない症例(52.6 ± 25.6 歳)よりも高
齢であった(P < 0.001).
サブグループの患者背景を表 2 に示す. 前部硝子体剥離の有無でベースライ
ンの差はなかった.サブグループ解析では,前部硝子体剥離を認める症例は 18
眼(8.1%)であった.ロジスティック回帰分析では,前部硝子体剥離と関連し
た因子は眼軸長(exp (B) = 1.315, P = 0.030)と,角膜屈折力(exp(B) = 1.480, P =
0.043)であった.前部硝子体剥離を有する症例では眼軸が長く(剥離あり:24.9
± 2.1 mm,剥離なし:24.2 ± 1.9 mm)
,角膜曲率が急峻(剥離あり:44.62 ±
1.41 D,剥離なし:44.19 ± 1.47 D)であった.手術成績評価項目についての結
果を表 3 に示す.
術後屈折誤差の絶対値のみが前部硝子体剥離の有無と関連し,
前部硝子体剥離を有する症例では,術後屈折誤差が大きくなる傾向を認めた(P
= 0.037)
.しかし,相対値では有意な傾向は見られなかった(P = 0.602)
.その他
の項目では差を認めなかった.
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図 6 前部硝子体剥離の代表症例
前部硝子体剥離のある症例では、水晶体後面から剥離した膜様組織(矢頭)が
観察できる.
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表 1. 患者背景
白内障手術群
624 例 624 眼
223 例 223 眼
53.7 ± 25.1(5~96)
70.1 ± 10.9(25~93)
< 0.001
301/323
96/127
0.08
0.336 ± 0.386
0.308 ± 0.335
0.280
15.1 ± 3.1
15.1 ± 2.8
0.844
人数
年齢(歳)
P値
全体
男性/女性
視力(logMAR)
眼圧(mmHg)
平均 ± 標準偏差(範囲),logMAR: logarithm of minimum angle of resolution
表 2. 患者背景(白内障手術群)
P値
剥離あり
剥離なし
(18 眼)
(205 眼)
69.5 ± 7.49
70.1 ± 10.67
(58~83)
(25~93)
5/13
91/114
0.21
視力(logMAR)
0.20 ± 0.16
0.31 ± 0.36
0.45
眼圧(mmHg)
15.0 ± 1.96
15.1 ± 2.80
0.65
角膜屈折力(diopter)
44.65 ± 1.26
44.17 ± 1.47
0.25
角膜乱視量(diopter)
0.92 ± 0.47
0.94 ± 0.66
0.61
眼軸長(mm)
25.27 ± 2.30
24.25 ± 1.79
0.07
核混濁(色調) (1~6)
0/6/8/2/2/0
1/56/116/18/10/4
核混濁(不透明度) (1~6)
0/6/8/2/2/0
1/53/117/20/10/4
皮質混濁 (1~5)
6/2/2/8/0
66/31/39/59/3
後嚢下混濁 (1~5)
15/1/2/0/0
134/30/15/16/10
年齢(歳)
男性/女性
0.56
白内障重症度分類(LOCSIII)
平均 ± 標準偏差(範囲),logMAR: logarithm of minimum angle of resolution,
LOCSIII: lens opacities classification system III
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表 3. 手術成績関連項目
剥離あり
剥離なし
(18 眼)
(205 眼)
14.9 ± 10.0
15.5 ± 15.5
0.540
後嚢破損
0%
1.5%
0.776
黄斑浮腫
0%
0.5%
0.919
術後炎症(0~3)
0/14/4/0
0/158/46/1
0.956
術後眼圧上昇(術翌日,mmHg)
5.6 ± 6.3
3.9 ± 5.0
0.147
術後眼圧上昇(術後 1 ヶ月,mmHg)
-1.6 ± 2.5
-1.7 ± 2.7
0.634
術後屈折誤差(相対値,diopter)
-0.048 ± 0.788
0.099 ± 0.636
0.602
術後屈折誤差(絶対値,diopter)
0.670 ± 0.384
0.494 ± 0.412
0.037
手術時間(分)
P値
平均 ± 標準偏差(範囲)
3-5 考察
本研究では全体の 6.9%の症例で前部硝子体剥離が観察された.前部硝子体膜
や Berger 腔を観察した報告は非常に少なく,一部の症例報告レベルに止まる 21-23.
Torii らは 38 眼の前部硝子体を眼内視鏡で観察し,前部硝子体剥離は 1 例も観察
されなかったと報告している 21.それと比較すると本研究の発生率は高い結果
となった.この理由として,本研究では前部硝子体剥離の定義を,水晶体後面
から剥離した膜様物が観察される症例としたが,前眼部 OCT では Wieger 靱帯ま
では観察できておらず,今回膜様組織が観察された症例に生理的な Berger 腔が
含まれていた可能性も否定できないことが挙げられる.しかし,Torii らの報告
の病理所見は,本研究における前眼部 OCT 所見と類似しており,前部硝子体膜
を見ている可能性が高いと考えられる.
前部硝子体剥離は高齢者と長眼軸眼で多い傾向を認めた.後部硝子体剥離は
高齢者と近視眼で生じやすいとされ 14-17,硝子体の液化と,後部硝子体膜と網膜
内境界膜の接着力の低下が原因とされている 18-20.前部硝子体剥離について詳細
は知られていないが,本研究の結果からは同様の機序が関与すると推察される.
角膜屈折力が大きいほど前部硝子体剥離が多い傾向を認めた.この点に関し
ては明確な説明が難しいが,可能性の一つとして,角膜屈折力が大きい眼は前
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眼部構造に眼軸とは独立した何らかの変化を生じており,これが前部硝子体と
水晶体の接着に影響したことなどを考える.
白内障手術成績との関連について,前部硝子体剥離の存在と白内障手術合併
症の関連は認められなかった.Anisimova らは,白内障手術中に術中 OCT を用
いて,水晶体成分や細胞成分,トリアムシノロンが Berger 腔に移動することと,
Wieger 靱帯の断裂により Berger 腔に灌流が入り込み,術中の後嚢安定性が低下
することを報告している 23.本研究では術中合併症をアウトカムとしたが,現
在の白内障手術は機器の進歩により安全性が向上しており,後嚢安定性の低下
があったとしても,合併症の頻度としては検出できなかった可能性が考えられ
る.しかし,術中の後嚢安定性の低下は,術者のストレスになり,手術手技に
習熟していない医師では合併症に繋がる可能性は考えられるため,術前に後嚢
安定性の低下を知ることは有意義であると考える.しかし,今回の結果からは
手術手技への影響は証明出来ておらず,この点に関しては更なる検討が必要で
ある.
術後 1 ヶ月の屈折誤差について,絶対値では前部硝子体剥離を有する群で大
きくなったが(P = 0.037),相対値では有意差がなかった(P = 0.602)
.この結果
からは,前部硝子体剥離を有する症例では屈折誤差が大きくなるが,近視化す
るか遠視化するかに一定の傾向は見られないことを示す.白内障手術単独と比
較し,硝子体手術を同時に行った症例では術後屈折誤差が生じやすいという報
告があり,硝子体は眼内レンズ度数予測に影響する可能性が考えられる 26, 27.
本研究においても,前部硝子体膜の剥離により眼内レンズ位置変化が生じた可
能性が推察されるが,今回は術後の前房深度や眼内レンズ位置を実際に測定し
ていないため,断定は出来ない.
本研究の Limitation として,一点目に前眼部 OCT では Wieger 靱帯までは描出
できなかったため,今回確認されたものが真に前部硝子体剥離なのか,生理的
な Berger 腔なのかが証明できていないことが挙げられる.現状の技術では
Wieger 靱帯を生体で非侵襲的に観察する方法はなく,正確な証明には病理組織
学的なアプローチが必要だが,前部硝子体剥離は頻度が低いと考えられ,これ
を証明する眼球標本を得ることは非常に難しい.二点目に,レトロスペクティ
ブな研究であったため,結果の推定に必要なデータが十分に得られなかったこ
とが挙げられる.術後屈折誤差の原因推定には術後前房深度が必要であったが,
今回は多くの症例で術後データが撮影されていなかった.三点目に全体とサブ
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グループで症例数と年齢が異なっていたことが挙げられる.全体では年齢と前
部硝子体剥離の有無に有意な相関があったが,サブグループでは相関がみられ
なかった.本研究結果の解釈にはこの点に注意を要する.
3-6 結論
前眼部 OCT を用いて前部硝子体膜の観察を行った.前部硝子体剥離は全体の
6.9%に観察され,高齢,長眼軸で発生率が高い傾向を認めた.前部硝子体剥離
が存在すると白内障手術における術後屈折誤差が大きくなるが,近視化するか
遠視化するかに一定の傾向はなかった.
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第4章
偏光感受型前眼部光干渉断層計を用いた隅角構造の観察
4-1 目的
隅角に存在する房水流出主経路構造の観察は緑内障診療において重要だが,
依然として隅角鏡での観察が主要な検査法であり,生体において内部構造を非
侵襲的に観察する手段は一般的ではない.前眼部 OCT により隅角構造を観察し
た報告は散見され,線維柱帯やシュレム管を観察し,組織の幅や面積を検討し
た報告などがある 28-35.また,前眼部 OCT で隅角を観察した際,線維柱帯の強
膜側に帯状の陰影を認めることが指摘されていたが 30, 34,2018 年に Crowell らは
病理組織学的な検討で,これを band of extracanalicular limbal lamina (BELL)とい
う,周囲強膜より密なコラーゲン線維を有する組織であることを報告した(図 7)
36
.しかし,通常の前眼部 OCT では構造の有無や,厚さ・面積などの量的情報
はある程度得られるものの,視認性が十分とは言えず,報告により測定位置に
差があるという問題も指摘されている 32.OCT における新たな技術である偏光
感受型前眼部 OCT(PS-OCT)は,組織を質的に評価することが可能であり,主
経路構造観察において一翼を担う可能性がある.
本研究では隅角構造観察における PS-OCT の有効性を検討するため,PS-OCT
を用いて線維柱帯,シュレム管,BELL を観察し,判別能を従来の OCT 画像と
比較することを目的とした.
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〈Crowell EL, Baker L, Chuang AZ, Feldman RM, Bell NP, Chévez-Barrios P, Blieden LS.
Characterizing anterior segment OCT angle landmarks of the trabecular meshwork complex.
Ophthalmology. ...