Early and late paternal effects of reactive oxygen species in semen on embryo development after intracytoplasmic sperm injection
概要
1.序論
平成 27 年度の厚生労働省調査研究(湯村, 2016)によれば, 現在我が国の生殖可能年齢カップルの 6 組に 1 組が不妊症であり, そのカップルの約半数に男性不妊症が認められる. その最多の原因が造精機能障害(82.4%)であるが, その約 50%が特発性つまり原因不明である. そのような中で, 酸化ストレスと男性不妊症の関連が近年注目されており, 病態としてのエビデンスが蓄積されつつある。活性酸素(Reactive oxygen species: ROS)は H2O2 やフリーラジカルなどの総称であるが, 精液中 ROS は 1987 年 Aitken らによって化学発光量測定法を用いて同定された (Aitken et al., 1987). 低濃度の ROS は精子のアクロソーム反応, 超活性化, capacitation, 卵との融合といった受精過程に必須であることが知られているが, 高濃度の ROS は酸化ストレスを生じさせ, 精子細胞膜の脂質過酸化などを引き起こし精子の運動率や受精率を低下させると考えられている (Agarwal et al., 2003). 竹島らは精液中のパラメータと精液中 ROS の間に有意な負の相関を認めたことを報告している(Takeshima et al., 2017). また湯村らの報告では(Yumura et al., 2009), 不妊症カップルにおいて自然妊娠群と非妊娠群で精液中 ROS を比較すると非妊娠群の男性で有意に精液中 ROS が高いということが示された. 一方で高濃度の精液中 ROS は精子 DNA 断片化にも関与し, 生殖補助医療技術(Assisted reproductive technology: ART)においても受精率や妊娠率に悪影響を与えることが報告されている(Sukcharoen et al., 1996; Zorn et al., 2003). しかし胚発育に関連したデータは乏しく, とくに詳細な胚発育ステージにおける精液中 ROS の影響は報告されていない. そこで今回我々は顕微授精(Intracytoplasmic injection: ICSI)における受精および胚発育と, 精液中 ROS との関係性を実証すべく検討を行った.
2.対象と方法
2013 年 3 月~2016 年 12 月に横浜市大附属市民総合医療センター生殖医療センターにて ICSI を行い同意が得られたカップルのうち, 女性が 43 歳未満, MⅡ卵が 1 個以上獲得できた 77 組, 161 サイクルより採取された卵 887 個を対象とした. ROS 値測定には採卵以前に採取された精液の中で直近のものを用いた. 測定器はmonolight 3010TMを使用し, 0.5μL の原精液に 100mM ルミノール 40μL を添加して 200 秒間化学発光を測定し積分したものを ROS 総量とした. 対象の卵において, 1)受精群と非受精群での ROS 値の比較, 2)受精した胚のうち, Day3 における良好胚到達群と非到達群での ROS 値の比較, 3)受精した胚のうち初期胚移植を行ったICSI サイクル由来の胚を除き, Day5 における良好胚盤胞到達群と非到達群での ROS 値の比較を行った. また Receiver operating characteristic 曲線より Day3 の良好胚到達, Day5 の良好胚盤胞到達を予測する ROS 値を検討した.
3.結果
受精率は 65.4%であり, 受精群と非受精群で ROS 値に有意な差は認められなかった(54204
±7454 Relative Light Units: RLU vs 52018±9052 RLU, P=0.858). Day3 における非良好胚到達群において ROS 値は有意に良好胚到達群よりも高く(35645±6934 RLU vs 81451± 45234 RLU, P=0.0026), Day5 における非良好胚盤胞到達群において有意に良好胚盤胞到達群よりも高かった (27916±16336 RLU vs 81780±14498 RLU, P=0.015). 良好胚到達,良好胚盤胞到達予測の ROS カットオフ値はそれぞれ 6601 RLU, 4926 RLU であった. カットオフ値を用いた高 ROS 群と低 ROS 群と比較すると, 有意に良好胚到達率, 良好胚盤胞到達率は低 ROS 群で高かった(51.5% vs 63.8%, P=0.004; 11.2% vs 24.8%, P=0.001).
4.考察
結果より, 受精・非受精群間には精液ROS値に有意な差はなく, Day3初期胚およびDay5胚盤胞においてはそれぞれ良好到達群よりも非到達群で有意に精液中のROS値が高かった.このことから胚発育の初期および後期において精液ROSは悪影響を与えていると考えられた. 胚発育において, 精子DNAの損傷のような精子由来, すなわち父性効果の影響は初期胚から胚盤胞形成といった後期過程に影響を及ぼすと考えられていた(Tesarik et al., 2004). しかし近年ではDNA 損傷は胚発育前期にも同様に影響する可能性が報告されている(Simon et al., 2014). 精液中ROSの胚発育における詳細なステージへの影響についての既存の報告は我々が調べたかぎりみられないが, 高濃度ROSは精子DNAの損傷を誘導することから, 結果的に早期および後期の胚発育に悪影響を与えていると考えられた. また良好初期胚到達と胚盤胞到達では予測ROS値が異なり, カットオフ値は良好初期胚到達の方が高かった. このことから初期胚から良好胚盤胞まで到達するためには, より精液ROSが低い条件であることが必要と考えられた.
本研究結果から高い精液中 ROS は ICSI における胚発育の初期および後期において悪影響を与えていると考えられた. また得られた所見から ICSI の胚発育予測因子として ROS 値が有用である可能性が示唆された.