核四重極共鳴法における新規手法の開発および既存手法の応用に関する研究
概要
本論文で申請者は、核四重極共鳴法(NQR)における(i)共鳴周波数の探索に時間がかかる、(ii)NQRによって得られる情報が少ない、(iii)スピン系の取り扱いが複雑である、といった問題を克服し、化学的に興味のある物質に対してより気軽にNQRを利用できるようにするために、NQRの新規手法を開発すること、またNQRでの既存の手法を応用して新しい情報を得ることを目指して研究を行った。
(i) NQR信号を探索する周波数範囲が非常に広範にわたり得るため、従来のパルス法を用いて励起範囲を段階的に変えながら繰り返し実験してNQRを探すことは、非常に手間のかかる作業であった。本研究においてはラピッドスキャン法とコム変調をともに用いて広範囲の励起を達成した。またこれを用いて、探索中の周波数範囲内に共鳴条件が存在するかどうかの手がかりを得る粗い探索と、検出の帯域幅を広げてNQR周波数を明確に決定する詳細な探索の二段階からなる効率的なNQR探索法を開発した。本研究においてはコム変調パルスを照射している間のスピンダイナミクスについても数値シミュレーションによって考察した。本研究で開発した効率的な探索手法により、いまだ物性が特定されていない物質に対してNQRを用いて容易にアクセスできる可能性を広げた。
(ii) 二重四極子核共鳴(DQR)と呼ばれる、直接双極子-双極子結合した異種四極子核のペアに対して同時にNQRを行う手法では、直接観測を行う核の信号の強度の減衰を通して、もう一方の核の共鳴条件点を間接的に知ることができる。本研究では、DQRにおける信号強度の減衰量に着目し、それが電場勾配テンソルおよび核間ベクトルの間の角度だけでなく、それぞれの市極子核を励起するために用いられる二つのコイル間の角度にも依存することを新たに見出した。信号減衰の原理を理論的に考察し、さらにDQRの数値シミュレーションを、スピン量子数がそれぞれ3/2かつ軸対称な電場勾配テンソルを持つ四極子核のペアに対して行うことで、DQRの電場勾配テンソルの相対配向依存性およびコイル角度依存性を検証した。本研究によって、DQRの信号強度の減衰量から、配向を含めた電場勾配テンソルの完全な特定を行う手がかりを得ることが可能であることを示した。
(iii) 磁気共鳴におけるスピン-格子緩和の研究では、共鳴条件のパルスによってエネルギー準位の占有率を操作することが必要である。これまでのNQRにおいては信号強度のみに着目し、π/2・πパルスは熱平衡状態からNQR信号が最大化および最小化される長さのパルスで定義されていた。しかし粉末試料を用いたときに、縦磁化を操作するという観点においては、π/2パルスの意味合いを変える必要がある。理論的な考察の結果、スピン5/2の四極子核を用いたとき、縦磁化を有効的にゼロにする飽和パルスには、横磁化を最大にするものより11.6%長いパルスを用いる必要があることを見出した。本研究ではピリジン・一塩化ヨウ素の127I核を用いて、液体窒素温度下での核エネルギー準位でのスピンの緩和率を、上記のようにパルスを補正した測定
によって、粉末試料由来の誤差とともに検証した。