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大学・研究所にある論文を検索できる 「大脳型副腎白質ジストロフィーの病態機序の解明」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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大脳型副腎白質ジストロフィーの病態機序の解明

羽尾, 曉人 東京大学 DOI:10.15083/0002005010

2022.06.22

概要

副腎白質ジストロフィー(ALD)は、ペルオキシソーム膜に発現するadrenoleukodystrophy protein (ALDP)蛋白をコードするATP Binding Cassette Subfamily D Member 1 (ABCD1)遺伝子変異によるX連鎖性遺伝性疾患である。中枢神経の白質や副腎に障害を来たし、その臨床病型は多彩である。その中で、大脳型ALDは、脳の炎症性脱髄を来たし、比較的急速に進行して数年で植物状態に至る予後不良の病型だが、発症早期の症例に対して造血幹細胞移植(HSCT)が症状停止に有効とされている。治療のためには早期診断が重要であり、特に大脳型と関連のある因子を同定することで発症リスクを予測することができ、より迅速にHSCTを行うことが可能となる。

前述の通り、ALDは多彩な臨床病型を呈しうるが、同一家系内でも様々な表現型が見られ、ABCD1遺伝子変異の種類とのgenotype-phenotype correlationは存在しないとされる。現時点では、重症病型の大脳型がどのような機序で発症するのか不明である。

一方で、近親度が高いと臨床病型が近くなる傾向にあり、環境因子だけでなく、遺伝的な修飾因子が存在するものと考えられている。本検討では、大脳型ALDの発症を既定する遺伝的要因とその病態機序を解明することを目的とした。

病態を考える手がかりとして、ALD症例では血液や組織において、極長鎖脂肪酸(VLCFA)高値を取ることが挙げられる。ABCD1発現産物のALDPは、ペルオキシソーム膜に局在し、ABCD1遺伝子変異によってVLCFA蓄積を来たすことから、膜輸送体として内部へのVLCFA輸送を担うことで、ペルオキシソームにおけるβ酸化に関与すると考えられている。

また、ABCD2,3発現産物のadrenoleukodystrophy-related protein(ALDR), 70-kDa peroxisomal membrane protein(PMP70)はALDPと相同性が高く、ALDPとheterodimerを形成して、VLCFA輸送に関与する。ALD症例においても、VLCFAの酸化活性が30%程度残存しているとされ(Wiesinger et al, J Biol Chem. 2013; 288: 19269–19279、同様にVLCFA膜輸送を担うALDR, PMP70の関与が考えられている。そのため、ペルオキシソーム内でのβ酸化がintactであれば、VLCFA輸送機能の一部を代償してしまう可能性が考えられる。

今日までに、ALDのモデル動物として、複数の系統のAbcd1 knockout(KO)miceが作出されており、その表現型について報告が成されている。

Pujolらの報告では、月齢15,20か月のAbcd1KOmiceをWtmiceと比較したところ、行動解析における有意差、神経伝導検査における伝導速度遅延、脊髄・末梢神経での非炎症性軸索変性を認めたが、大脳白質における炎症性脱髄の病理所見は認なかったとしている(Pujol et al. Hum Mol Genet 2002; 11: 499-505)。

Kobayashiらの報告では、45-50日齢のWt, Abcd1 KO mouseの脳・脊髄における脂質解析において、後者のC26:0/C22:0値が有意な高値を取り、生化学的な異常は再現できたが、月齢12か月Abcd1 KO mouseの脳・脊髄・末梢神経における病理学的解析では、異常所見は認めなかったとしている(Kobayashi et al, Biochem Biophys Res Commun. 1997; 232: 631-6)。

現在でも、大脳型ALDのモデルマウスは作出されておらず、モデル動物の作成が達成できていないことが最大の課題となっており、大脳における炎症性脱髄を来たすためには、Abcd1変異に加えて更なる因子が加わる必要があるものと推察される。そこで、大脳型ALDの病態を再現するために何が必要なのか、ペルオキシソーム異常に関連付けて、改めて考察することとした。遺伝子変異によるペルオキシソームの機能異常に起因した疾患群をペルオキシソーム病と呼ぶ。ペルオキソーム病は、大きく分けて、ALDを含むペルオキシソームに局在する蛋白の単独欠損症とperoxin(PEX)遺伝子変異によってそれらの蛋白が局在できず、ペルオキシソームの形成にも異常を来たすペルオキシソーム形成異常症に分類される。

ペルオキシソーム形成異常症に分類されるZellweger症候群では、12種類のPEX遺伝子が原因遺伝子として知られ、そのホモ接合性変異によって中枢神経系を中心とした臓器障害を来たし、生後数か月から1年前後で死亡する。PEX遺伝子は、遺伝子産物が互いに協働してペルオキシソーム内に酵素・蛋白を局在させ、その形成にも関わる。PEX遺伝子変異により、β酸化に関与する酵素・蛋白も正常に局在できなくなるため、VLCFA代謝にも異常を来たし、ALD同様、血液・組織にVLCFAが蓄積する。尚、Zellweger症候群と比較すると、ALDにおけるVLCFA上昇は軽度となる傾向にある(Neurosci Lett. 1998 Jul 10;250(3):145-8)。

今日までに数多くのPex遺伝子改変マウスが作成されている中で、2007年にKassmannらがoligodendrocyte specific Pex5-/- mice が大脳の炎症性脱髄を来たしたとの報告をしている(Kassmann et al. Nat Genet. 2007; 39: 969-76)。行動解析では、数か月で神経症状が進行して、早期の死亡が目立ち、13か月の時点で全てのマウスが死亡した。病理学的解析では、大脳型ALDに類似した脳の炎症性脱髄を認め、症状を説明しうる所見であると考えられている。一方で、Pex5以外のPex遺伝子やneuron, astrocyte等の他系統の神経系細胞に特異的なconditional knockoutで同様の変化を来たしたとする報告は成されていない。

前述の通り、ALDにおけるVLCFA高値はZellweger症候群と比較して軽度であり、ALDではVLCFAの代謝を補完する経路が存在しているために生化学的変化が軽度で、大脳病変を生じにくいのではないかと考えた。そうであれば、ペルオキシソーム内へのVLCFA輸送を補完する他のtransporterの存在や内部のβ酸化がintactであることが要因として考えられる。そこで、Kassmannらの報告を受け、oligodendrocyte-specific conditional KO に Abcd1 KOを重ねることで病勢の増悪が再現できれば、Abcd1遺伝子欠損が大脳型病変の出現につながる機序について手がかりが得られるのではないかと考えた。具体的には、Abcd1 KO miceにPex5 KO mice(①全身性ヘテロ欠損、②オリゴデンドロサイト特異的ホモ欠損)をそれぞれ掛け合わせることで、Abcd1遺伝子単独KOで実現できなかった大脳型ALDの病態モデルを作成することを目的とした。まずは、Pex5全身性ヘテロ接合性欠損マウスとAbcd1 KO miceを掛け合わせることでAbcd1-/YxPex5-/+miceを得て、Abcd1-/Ymiceとの表現型の比較を行うこととした。

Wt,Abcd1-/Y,Abcd1-/YxPex5-/+群の各30匹で、生後3か月時点からRotarod testによる評価を開始して、既報の評価方法に倣って3か月毎の解析を施行した。生後12か月時点から、Pex5-/+mice30匹の解析も加えている。結果として、Abcd1-/Y,Abcd1-/YxPex5-/+群間のみならず、既報で報告されていたWt,Abcd1-/Y群間の顕著な所見差も認めなかった。一点、生存曲線を描くと、Abcd1-/Y,Abcd1-/YxPex5-/+miceは他群よりも生存期間がやや短かった。また、生後24か月時点での各群マウス脳の病理学的解析では、Abcd1-/Y,Abcd1-/YxPex5-/+miceにおいてミクログリアの増殖と形態変化が疑われたが、炎症性脱髄の所見は認めなかった。

結論として、Abcd1 KO miceにPex5全身性ヘテロ接合性欠損を加えることでは、行動解析における有意差や病理学的解析における炎症性脱髄の所見は得られず、目標としていた大脳型ALDモデルを作成するには至らなかった。

次に、Pex5オリゴデンドロサイト特異的ホモ接合性欠損にAbcd1 knockoutを加えたPex5flox/floxxMbp-Cre/WtxAbcd1-/Ymiceを得て、Pex5flox/floxxMbp-Cre/Wtmiceとの表現型の比較を行った。結果として、前者が後者よりも重症化することを示すことができれば、これまで実現できなかったAbcd1遺伝子変異が脳の炎症性脱髄の病勢に寄与するモデルが作成できるものと考えた。尚、最初はconditional KO mice作成のため、新たに作出したCnp-Creマウスを用いる予定であったが、X-gal染色でCre遺伝子の正常な機能が確認できず、初の試みとしてMbp-Creマウスを使用することとした。

体外受精(IVF)・胚移植(ET)による交配を3回行って、解析に用いる4系統のマウス(Wt,Abcd1-/Y, Pex5flox/floxxMbp-Cre/Wt, Pex5flox/floxxMbp-Cre/WtxAbcd1-/Y)を作出したが、後者2群については十分数が得られなかった。そのため、得られたマウスは全て行動解析に回し、Pex5flox/floxxMbp-Cre/WtxAbcd1-/Y13匹, Pex5flox/floxxMbp-Cre♂9匹, Abcd1-/Y11匹, Wt♂12匹で評価を行う方針として、当初予定していた病理・脂質・発現解析を追加施行するため、今回と同様の方法で不足分のマウスを得ることとした。

行動解析として、前述の4群で1か月おきにKassmannらの既報に従ったstagingを施行しており、現時点で生後2-10か月の評価が終了している。また、生後6か月時点からは、より客観的に運動機能を評価する指標として、Rotard testを追加することとした。

Pex5flox/floxxMbp-Cre/Wt, Pex5flox/floxxMbp-Cre/WtxAbcd1-/Yの2群では、生後3か月時点から一部のマウスが発症して、その後も病勢は進行した。既報のPex5flox/floxxCnp-Cre/Wtmiceと比較すると、両群の進行はより緩徐であった。また、Pex5flox/floxxMbp-Cre/Wt, Pex5flox/floxxMbp-Cre/WtxAbcd1-/Y群を比較すると、全経過の中で後者のClinical Stageがやや進んでおり、生後9か月時点からRotarod testにおける所見差が目立つようになった。後者でのみ、24,27,33週齢で1匹ずつの死亡が確認されたことも併せ、前者よりも進行が早いものと考えられた。

尚、進行期のPex5flox/floxxMbp-Cre/Wt♀mouseの脳検体を用いた病理学的解析では、炎症性脱髄の所見が確認できている。

本検討の意義は、oligodendrocyte-specific Pex5 knockout miceにAbcd1 knockoutを加えることで病勢の増悪を再現でき、脳の炎症性脱髄に対する同変異の関与を検討しうるモデルが作出できたことである。ただし、現時点ではPex5flox/floxxMbp-Cre/WtxAbcd1-/Y群でPex5flox/floxxMbp-Cre/Wt群よりも病勢の進行が早いものと評価したが、行動解析は完結しておらず、個体数も少ない。また、新たにマウスを得て、病理・脂質・発現解析を施行して、多角的な評価を行う必要もある。今後は、予定通りに解析を継続して、慎重な評価を行っていく方針である。

次に、両群間で行動解析における差異を来たした原因をVLCFA蓄積と関連付けて考察する。Heinらは、oligodendrocyteの培地にC22:0,C24:0,C26:0を加えると、C16:0と比較してcell toxicityが明らかに高く、他の神経系細胞よりも脆弱性が目立ったと報告している(Hein et al. Hum Mol Genet. 2008; 17: 1750-61)。その機序として、VLCFAによる直接的な傷害の他、代謝物が作用した可能性も考え得る。脂肪酸は様々な脂質分画に組み込まれて、その生理作用を発揮する。例えば、lyso-phosphatidylcholine(LPC)は炎症促進や脱髄に関与し、その機能が脂肪酸の鎖長や不飽和度によって変化する可能性が示唆されている。VLCFAが細胞質に蓄積することで、LPC分画に組み込まれるものが増え、その生理活性の変化が病勢増悪に寄与するという仮説は成り立つ。その他の脂質分画においても、VLCFAが取り込まれることで生理活性が変化して、大脳型ALDの病態に関与する可能性も考えられ、今後の更なる検討を要する。

以上を踏まえ、両群のVLCFA代謝経路を比較する。Pex5flox/floxxMbp-Cre/Wtmiceのoligodendrocyteでは、VLCFAはペルオキシソーム内に輸送されるものの、内部でβ酸化を受けることができない。一方で、Pex5flox/floxxMbp-Cre/WtxAbcd1-/Ymiceでは、VLCFA膜輸送とペルオキシソーム内でのβ酸化が共に障害されている。後者を前者と比較すると、ペルオキシソーム内への輸送障害が加わっており、細胞質におけるVLCFA蓄積量が増加して、細胞傷害に関与するのではないかと考えた。

今後の課題として、まずはoligodendrocyteの培地にVLCFAを加えて、細胞死を生じるまでのtime courseで各分画における脂質分析を行って、そこに至るまでに生じる細胞内の代謝を評価するin vitroでの解析を施行することが望ましいと考えている。

また、今回はAbcd1,Pex5遺伝子のdouble knockout miceを作成したが、Pex5KOによって多くの蛋白が正常に局在できなくなるため、ペルオキソームの持つβ酸化以外の機能も障害しうるので、ALDの病態を再現した純度の高いモデルとは言い難い。そこで、VLCFAのβ酸化に関与する酵素をコードするacyl-coenzyme A oxidase 1(Acox1)等の遺伝子をターゲットとして、Abcd1遺伝子とのdouble knockout miceを作成することが検討される。

その他、Abcd1遺伝子と同様にVLCFAの輸送に関与しているAbcd2,Abcd3等の遺伝子とのdouble knockout miceを作成することで大脳型ALDのモデル作成を目指すということも選択肢には挙がるが、単独欠損に上乗せされる量的変化は比較的小さいものと考えられる。既に、PujolらがAbcd1-/YxAbcd2-/-miceを作出して、そのphenotypeについて報告をしているが、脳の炎症性脱髄を来たすには至っていない(Pujol et al. Hum Mol Genet 2004; 13: 2997-3006)。一方で、Abcd1-/YmiceにAbcd2遺伝子の過剰発現を加えることで、行動解析の結果や生化学的所見の改善が得られたとしており、この結果はAbcd2遺伝子が部分的にはAbcd1遺伝子の機能を代替していることを示唆している。複数の物質がAbcd2 inductionを来たすことが知られ、治療介入に用いることも検討される。

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