Association of the ratio of visceral-to-subcutaneous fat volume with renal function among patients with primary aldosteronism
概要
1. 背景⽬的
原発性アルドステロン症は副腎からのアルドステロンの過剰な⾃律性分泌によって,電解質異常や⾼⾎圧などの⼀連の症候を引き起こす症候群である.過剰なアルドステロン状態はナトリウム貯留から体液量過剰を引き起こし,⾼⾎圧を引き起こす.さらに,アルドステロンは炎症・線維化プロセスへの関与・酸化ストレスの増強といった腎外作⽤を有し(Brown,2013),ナトリウム貯留や⾼⾎圧とは独⽴した臓器障害性をもみせる(Bianchi et al., 2015).このため,原発性アルドステロン症患者では,⾎圧レベルが同等の本態性⾼⾎圧患者と⽐較しても,さらに⾼い⼼⾎管病(CVD)リスクや慢性腎臓病(CKD)リスクを有すことがわかっている(Fernández-Argüeso et al., 2021).特異的治療として,副腎における⽚側性過剰分泌を認める場合には副腎切除術が,⽚側性が明らかでない場合にはアルドステロン受容体拮抗薬(MRA)を中⼼とした薬物治療がなされる(⽇本内分泌学会,2016).近年,MRA治療を受けた患者群では,本態性⾼⾎圧や副腎摘出群に⽐較して,⻑期的なCVD発症リスク・CKD発症リスクが有意に⾼いことが観察研究において報告された(Hundemer et al., 2018a; Hundemer et al., 2018b).これらの結果は,原発性アルドステロン症患者において,MRAによる従来治療だけでは,将来の臓器障害リスクの抑制は不⼗分であるということを⽰しており,何らかの残存リスクが存在していることを意味している.この残存リスクの可能性の⼀つとして,MRA治療開始後のレニン抑制の解除不⼗分(すなわち,⾼アルドステロン活性の持続)が関与している可能性が報告されている(Hundemer et al., 2018a).しかし原発性アルドステロン症におけるもう⼀つの柱である⾼⾎圧の管理については,これまでその重要性を⽰した論⽂はなかった.
また近年,原発性アルドステロン症とメタボリックシンドロームとの関連性が注⽬されている.メタボリックシンドロームの背景には,内臓脂肪組織蓄積によるサイトカインバランスの異常が関与していると考えられているが,アルドステロンもその形成に重要な役割を担っていることがわかっている(BrietandSchiffrin,2011).実際,⾼アルドステロン⾎症が将来のメタボリックシンドロームのリスク因⼦であることが報告されている(Ingelssonetal.,2007).脂肪組織はアディポカインとして種々のサイトカインを分泌しており,この中には動脈硬化や主要臓器に対して加虐的なものも,保護的なものも含まれている(DʼMarcoetal.,2020).脂肪組織からは副腎組織に作⽤して,アルドステロンの分泌を促す刺激因⼦がいつくか報告されており(Ehrhart-Bornsteinetal.,2003),これらの⼀部は,⽪下脂肪組織よりも内臓脂肪組織から,より多く分泌されている(Fainetal.,2004).これらの知⾒から,内臓脂肪組織と副腎アルドステロンの間には相互作⽤が存在すると推測される.しかし,これまでin vivoの検討において,アルドステロンと内臓脂肪組織が,実際に臓器障害に対して相乗的な相互作⽤を有していることを⽰した研究はまだない.
そこでわれわれは,原発性アルドステロン症における特異的治療開始後の腎臓病・⼼⾎管病の残存リスクとして,内臓脂肪組織の蓄積および治療後の⾎圧コントロールが関与していると仮説を⽴て,これを検証した.
2. 実験材料と⽅法
まず,横浜市⽴⼤学附属市⺠総合医療センターにおいて,単施設横断研究を施⾏した(承認番号B200400070).180名の原発性アルドステロン症患者と66名の本態性⾼⾎圧症患者の臨床データを後向きに⼊⼿した.診断時の推定⽷球体濾過量(eGFR),内臓脂肪組織量,⽪下脂肪組織量を求めた.脂肪組織量はCT画像から算出した.eGFRと内臓・⽪下脂肪組織量⽐との間に相関検定および⼀般線形回帰分析を⾏い,関連性を調べた.また,⾎漿アルドステロン濃度(PAC)と内臓・⽪下脂肪組織量⽐の交互作⽤を検定した.
次に,横浜市⽴⼤学附属病院および横浜市⽴⼤学市⺠総合医療センターを含む多施設共同観察研究を⾏い,⽇本全国の原発性アルドステロン症患者に関するデータベースを解析した(承認番号B180900058およびB180900061).特異的治療開始後の⾼⾎圧が腎予後に関連していることを⽰すため,治療開始6ヶ⽉後以降のeGFRの年間低下速度,急速進⾏例(年率3.3%以上の低下),および新規の慢性腎臓病(CKD)発症イベントの3つをアウトカムとし,治療開始6ヶ⽉後の⾎圧値が,治療開始前の⾎圧値や,経過中の治療内容,既存のリスク因⼦とは独⽴して有意に関連しているかを⼀般線形回帰分析およびロジスティック回帰分析,Cox⽐例ハザードモデルで検証した(n=1266).
さらに,同データベースを解析し,特異的治療開始前後のアルドステロン活性パラメータ(PAC,⾎漿レニン活性,レニン・アルドステロン⽐[ARR])および,治療開始前後の⾎圧パラメータ(収縮期⾎圧,拡張期⾎圧,脈圧)のうち,いずれが⼼⾎管イベントリスクと有意に関連しているかを検証した(n=1987).
3. 結果
原発性アルドステロン症患者(n=180)において,内臓・⽪下脂肪組織量⽐とeGFRとは有意な逆相関を⽰し(r=‒0.49,p<0.001),これは多変量線形回帰モデルにおいても有意であった(p<0.001).さらに,PACと内臓・⽪下脂肪組織量⽐の間には有意な交互作⽤が認められ(p<0.05),PACが⾼いほど,内臓・⽪下脂肪組織量⽐とeGFRとの関連性が増強されることが⽰された.これらの関連性は,本態性⾼⾎圧症患者群では認められなかった(n=66).
また,特異的治療開始6ヶ⽉後の収縮期⾎圧は,eGFRの年間低下速度,急速進⾏例,新規CKD発症イベントリスクのいずれとも有意な関連を⽰し,これは既知のリスク因⼦や,治療前の⾎圧値,MRA投与量,治療開始後のPRAとは独⽴していた(n=1266).拡張期⾎圧は有意な関連を⽰さなかった.治療開始6ヶ⽉後の収縮期⾎圧が130mmHg以上の群と,130mmHg未満の群との新規CKD発症イベントのハザード⽐(95%信頼区間)は1.88(1.05,3.36)であった.
複合⼼⾎管イベントに対する治療開始前後のアルドステロン活性・⾎圧関連パラメータについては,治療開始前のARRおよび治療開始後の脈圧が有意な関連を⽰した(1標準偏差あたりのハザード⽐[95%信頼区間]:治療開始前ARR,1.24[1.05,1.48];治療開始後脈圧1.43[1.07,1.92]).また,⾼⾎圧罹病期間も有意な関連を⽰した(1.52[1.19,1.95]).
4. 考察
原発性アルドステロン症において,内臓・⽪下脂肪組織量⽐がeGFRの低下と有意に関連することを⽰し,さらに,その関係性はPACが⾼いほど増強されることを⽰した.これにより,原発性アルドステロン症において,内臓脂肪組織と⽪下脂肪組織のバランスの乱れが,臓器障害の原因として関連していることが⽰唆された.特に,⾼いアルドステロン活性が⾼い症例ほど,その関連性が重要な意味を持つ可能性が⽰された.原発性アルドステロン症の治療においては,⾼いアルドステロン活性に加え,内臓脂肪組織と⽪下脂肪組織のバランスに対してもアプローチが必要であるかもしれない.今後,縦断的研究や介⼊研究によって明らかにしていく必要があるが,特異的治療開始後の残存リスクとして,内臓・⽪下脂肪組織量⽐が関連している可能性が⽰された.
また,⼤規模多施設共同観察研究による縦断的解析により,治療開始後の⾎圧・脈圧が,その後の臓器障害リスクと有意に関連していることを突き⽌めた.腎機能障害については,収縮期⾎圧130mmHg未満へのコントロールが重要であることを明らかにした.⼼⾎管病については,収縮期⾎圧と拡張期⾎圧の組み合わせとして,脈圧に注⽬することが,その予測因⼦や治療⽬標として有⽤である可能性が明らかとなった.これまで原発性アルドステロン症の治療においては,副腎切除術あるいはMRA治療によってアルドステロン活性をどれだけ減弱できるかどうか,その⼗分性がその後の臓器予後に影響するものと推測されていた.しかしわれわれは今回の研究により,アルドステロン活性とは独⽴して,⾎圧のコントロールも重要であることを再確認した.その関連性は治療後のアルドステロン活性や治療内容とは独⽴しており,これらの如何によらず,⾎圧は残存リスクとして臓器予後に関わっていることがわかった.
これらの結果は,原発性アルドステロン症の治療においては,アルドステロン活性に対する既存のアプローチだけでは不⼗分であり,ほかの本態性⾼⾎圧症と同様に,⽣活習慣の是正,降圧療法の徹底,減量など,多⾓的な介⼊が必要であることを⽰唆している.今後,原発性アルドステロン症患者における介⼊研究により,副腎切除術やMRA治療以外の治療法のエビデンスが確⽴されていくべきであり,その前段階の知⾒として,本研究の結果は⼤きく役⽴つものであると考える.