リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

大学・研究所にある論文を検索できる 「頭部への物理刺激による高血圧改善効果」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

コピーが完了しました

URLをコピーしました

論文の公開元へ論文の公開元へ
書き出し

頭部への物理刺激による高血圧改善効果

村瀬, 修平 東京大学 DOI:10.15083/0002005134

2022.06.22

概要

厚生労働省の2018年の人口動態統計付月報年計によると、日本国民の死因の第2位、第4位は心疾患、脳血管疾患である。また、介護が必要となる原因として脳血管疾患、心疾患が上位にあげられている。したがって、寿命という点だけでなく、健康寿命の延伸という点においても、心疾患、脳血管疾患の予防及び症状・障害軽減が社会にもたらす益はきわめて大きいと考えられる。また、高血圧は様々な疾患を引き起こす原因疾患であることが知られている。

 高血圧によって、収縮期血圧が10mmHg上昇するごとに、心疾患の発症リスクが15~20%、脳血管疾患の発症リスクが30~40%上昇するという報告もあり、高血圧は脳血管疾患、脳血管疾患と密接な関係があることがわかっている。厚生労働省の調査では、日本における高血圧者の割合は男性で37.0%、女性で27.8%であり、推計で約4086万人もの高血圧者が存在している。一般的に、高血圧症に対してはまず生活習慣の改善を行い、それでも不十分であれば薬物治療などを行う。平成25~26年には年間1兆8890億円もの医療費が高血圧治療に費やされ、医療経済に深刻な影響を及ぼしている。今後高血圧に対する医療費の増加が想定される。そこで、生活習慣の改善などによって薬物などの医療資源になるべく頼らずに、高血圧症を克服することは喫緊の課題となっている。

 高血圧症の95%は原因を特定できない本態性高血圧症である。本態性高血圧は、遺伝的体質に塩分の過剰摂取・肥満・飲酒などの生活習慣要因環境などが複合的に重なり発症すると考えられている。高血圧を引き起こす原因として体液性血圧調整の異常がよく知られており、高血圧の成因はGuytonの提唱した腎臓における圧―利尿曲線の変化によるwhole body-autoregulationで示されるモデルによって説明されてきた。しかし近年、本態性高血圧罹患者の50%以上に交感神経の過活動がみられること、腎交感神経焼灼術が難治性の高血圧者の血圧改善に効果があることなど、自律神経系と高血圧症の関係が注目されるようになってきた。

 運動療法は以前より、高血圧を含め高脂血症や糖尿病など様々な疾患を改善・予防することが報告されている。しかし、その効果を裏付ける分子生物学的な知識・情報・背景に不明な点が多く、さらなる研究が求められる。例えば、前述のように、脳の交感神経系と高血圧の関係への理解が深まるとともに、運動による脳の交感神経活性への影響も注目されるようになり、様々な研究が、運動の交感神経系を抑制効果と高血圧を改善効果について報告されるようになった。しかし、運動の結果として生じた事象や運動の効果の報告はあるものの、運動によってなぜ脳の交感神経の活性が抑制されるかについての分子メカニズムは解明されていないのが現状である。

 交感神経系の中枢は脳の頭側延髄腹外側野(rostral ventrolateral medulla;RVLM)にあることが知られている。岸らはラットのトレッドミルランニングによってRVLMのアンギオテンシンIIタイプ1受容体(angiotensin II type 1 receptor, AT1R)のシグナルが低下し、高血圧を改善することを示した。また、以前からAT1Rは外部からの刺激に対して反応するメカノセンサーであることが知られている。

 そもそも運動とは、身体を動かすこと、あるいは身体組織中の内圧を変化させること(例えば等尺性筋収縮)であるから、運動中にはメカニカルストレスが体の様々な細胞に負荷されると考えられる。メカニカルストレスに対する細胞の応答に関しては、心・血管系のみならず、筋、骨など様々な領域で研究が進められてきている。一方で、脳細胞へのメカニカルストレスの影響に関してはほとんど報告がない。本研究では脳の交感神経の活性化の原因に深く関わっているAT1Rがメカニカルストレスに応答するタンパク質であることに注目し、運動による高血圧改善効果における分子生物学的機序に脳へのメカニカルストレスが果たす役割を解明することとした。

 まず、トレッドミルを用い20m/minの速度でラットを走らせて頭の動きを解析した。ラットの頭部は安定した走行中に平均2Hzの頻度で、5mm上下動していた。この時に頭部に加わる衝撃を再現するために、2Hzの頻度で上下に5mm上下動するラットの頭部を乗せるためのステージを作成した。1.2%イソフルレン吸入による全身麻酔下で、高血圧モデルラット(stroke-prone spontaneously hypertensive rat, SHRSP)と正常血圧ラット(Wister Kyoto rat, WKY)に対して1日30分、連続28日間このステージを使用し、頭部に受動的運動(passive head motion, PHM)を与えPHM群とし、麻酔のみでステージを動かさないコントロール群との比較を解析した。血圧を解析するために、生体内留置式の血圧測定器を10週齢までに留置した。12週齢からPHMによる実験を開始し、血圧は7日ごとに10時から13時の間の連続30分間血圧を測定した。血圧評価の指標として平均血圧(mean blood pressure, MBP)を用いた。PHM中の全身麻酔によるMBPへの影響を最小限にするために、血圧測定日はPHMを血圧測定後に行った。WKYではPHMによってコントロール群とPHM群の血圧に有意な差は見られなかった。SHRSPでは実験開始から3週以降にPHM群でコントロール群と比較し有意に血圧が低下したが、WKYと比較すると有意な血圧の高さが残存した。また、交感神経系の評価として、24時間尿中ノルエピネフリン排出量を測定した。SHRSPのコントロール群では他の3群と比較して有意に排出量が多かった。SHRSPのPHM群は、コントロール群と比較し有意に排出量が減少し、WKYと比較しても排出量に有意な差が見られなくなった。このことから、PHMに高血圧の抑制効果があること、さらに交感神経系の過剰活性を抑制することが示された。

 次に、SHRSPとWKYのRVLMのニューロンとアストロサイトにおけるAT1Rの発現率を解析した。
RVLMの組織化学染色をおこなったところ、WKYと比較しSHRSPでは、アストロサイトにおいてAT1Rの発現率が有意に高く、一方でニューロンではAT1Rの発現率に有意な差がなかった。PHM後の解析では、SHRSPのアストロサイトのAT1Rの発現率が有意に低下しWKYと有意な差が見られなくなった。このことから、SHRSPの高血圧の原因と一部として、RVLMのアストロサイトでAT1Rが過剰に発現していることが関与している可能性が示唆され、PHMによる高血圧の抑制効果はアストロサイトのAT1Rの発現を抑制することが関係していると考えられた。

 PHMによるRVLMでのAT1Rの発現制御を確認するために、4週間のPHMののちに、RVLMに対して、AT1RのアゴニストであるアンギオテンシンII(angiotensin II, Ang II)とアンタゴニストであるバルサルタン(valsartan, Val)を直接投与し、Ang IIに対する感受性を解析した。SHRSPのコントロール群では、他の3群と比較し、Ang II、Val投与に対して有意に大きな血圧の上昇、低下を示した。一方で、SHRSPのPHM群はWKYの両群と比較しても血圧の反応に有意な差は見られなかった。このことから、PHMは、SHRSPのRVLMにおいてAT1Rの過剰発現を抑制しAng IIに対する感受性を低下させると示された。

 次に、RVLMのニューロンとアストロサイトにおけるAT1Rシグナルの抑制が血圧に与える影響を検討した。アデノ随伴ウィルスをSHRSPの両側RVLMに局所投与することでアストロサイトまたはニューロン特異的に、AT1Rシグナルを抑制する主に細胞膜に存在する膜貫通蛋白であるangiotensin II receptortype-1-associated protein (AGTRAP)の発現を誘導した。アストロサイトでAGTRAPの発現を誘導した群は有意な血圧の低下を示したが、ニューロンでAGTRAPの発現を誘導した群には高血圧の低下は見られなかった。このことから、SHRSPにおいて、アストロサイトのAT1Rは高血圧に関与しており、AT1Rのシグナルを抑制することで高血圧の進行が抑制できることが示された。

 PHMの脳に対する作用をPHM中の脳内圧の変動と、computed tomography(CT)を用いたPHM前後の造影剤の広がりの測定値と報告されている脳間質液の粘性から推定した。Darceyの法則に準拠した計算式に当てはめ、PHM中にRVLMの細胞に負荷される流体誘発剪断力(fluid shear stress, FSS)の強度を0.7-3.2Paと算出した。血管内皮細胞においてFSSがAT1Rの発現を抑制することは報告されている。しかしながら、脳神経系細胞でのAT1RとFSSの関係を示した報告はない。そこでアストロサイトの初代培養細胞に対して平均強度0.7Paの拍動性FSSを30分間かけ、6時間後、24時間後に免疫細胞化学染色で検討したところ、AT1R発現低下を認めた。また、AT1RのmRNA発現もFSS負荷により低下した。これらの結果は、FSSはアストロサイトにおいてAT1R発現を抑制することを示す。一方で、培養ニューロンでは、FSSによるAT1RのmRNA発現の抑制は認められなかった。

 続いて、PHMの効果が、FSSを通して得られているのかを確認することとした。ポリエチレングリコールをSHRSPの両側RVLMに注入し、同部位の間質腔をゲル化することで間質液の動きを止めFSSを阻害し、4週間連続してPHMを与えた。PHMによる高血圧改善効果が消失した。また、24時間尿中ノルエピネフリン排出量も、PHMによる抑制効果がみられなくなった。

 以上の結果は、SHRSPにおいてPHMによる高血圧の進展抑制効果が見られたとまとめられる。PHMはRVLMにおいてアストロサイトのAT1Rの発現を抑制し、この効果は間質腔ゲル化によって消失することからFSSを介して生じていることが示唆された。ランニングなどの運動において頭部にメカニカルストレスが生じており、これが運動の高血圧改善効果のメカニズムに関与する可能性が示されたことになる。

 本研究にて、運動の高血圧改善効果における脳のメカニカルストレスの関与という、新たな知見を見出した。本研究は、運動習慣が我々にもたらす効果に対する理解を深めるものである。本研究は、運動習慣をどうしてもつけることができない人や、そもそも運動ができないような障害者や高齢者に対して受動的頭部上下動が高血圧の抑制に有効である可能性を示しており、機械などで受動的な刺激を与えることで、運動習慣による高血圧抑制効果の一部を得ることができる可能性を示した。今後これらの効果を臨床応用へと研究を進めることで、有効かつ汎用的な高血圧治療につながることが期待される。

全国の大学の
卒論・修論・学位論文

一発検索!

この論文の関連論文を見る