リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

大学・研究所にある論文を検索できる 「癌遺伝子Srcによる細胞増殖と細胞死のカップリングはメチオニン制限により解除できる」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

コピーが完了しました

URLをコピーしました

論文の公開元へ論文の公開元へ
書き出し

癌遺伝子Srcによる細胞増殖と細胞死のカップリングはメチオニン制限により解除できる

Nishida, Hiroshi 神戸大学

2021.09.25

概要

【研究の背景】
癌は細胞が際限なく増殖することで形成される。しかしその一方で、細胞増殖のドライバーである癌遺伝子の活性化だけでは癌の形成は起こらない。これは癌遺伝子の活性化が、細胞増殖と同時に細胞死を引き起こすためである。そのため、癌抑制遺伝子の変異等による細胞死の抑制が組み合わさった時、ようやく癌新生が起こる。これは生物が進化の過程で獲得した、単一の癌遺伝子の活性化による細胞の癌化を防ぐための一種の自己 防衛メカニズムである(図1)。この細胞内在的なメカニズムにより、癌遺伝子が活性化した細胞は癌化する前に組織から取り除かれ、生物は組織・個体レベルの恒常性を維持している(Lowe et al., Nature 2004; Shortt &Johnstone et al., Cold Spring Harb Perspect Biol 2012) 。
癌遺伝子の活性化による細胞死の誘導メカニズムには 2 つのモデルが存在する。(図 2)1 つ目は「直列モデル」、癌遺伝子の主な役割は細胞増殖の促進であり、細胞死は過剰な細胞増殖に対する応答である、というモデルだ。それに対し2 つ目の「並列モデル」においては、細胞死は細胞増殖とは独立した経路を介して誘導される (G. Evan et al., Cell 1994) 。

Ras、Myc、Src など、ヒトの癌で細胞増殖のドライバーとして知られる多くの癌遺伝子が、その活性化により細胞死も誘導することが報告されている。(Lowe et al., Nature 2004; Shortt & Johnstone et al., Cold Spring Harb Perspect Biol 2012)これまでの癌研究の多くは癌の成長を抑制する事を目的とし、癌細胞の増殖ドライバーである癌遺伝子が、細胞に異常な増殖能力を与えるメカニズムの解明に焦点を当ててきた。しかし癌遺伝子がどのように細胞の死を誘導するのか、またその細胞増殖との関係性には着目されてこなかった。

【研究の目的:Src が細胞死を誘導するメカニズム、及びその細胞増殖との関係性を明らかにする】
本研究において申請者は癌遺伝子Src による細胞増殖・死に着目した。癌遺伝子Src は、その発現・活性が多くのヒトの癌で上昇しており、癌の悪性化、患者の予後不良に寄与していることがよく知られている。また他の 癌遺伝子と同様に細胞の増殖と同時に細胞死を誘導することが報告されているが、そのメカニズムは未だ謎である。
私たちはショウジョウバエを用いてこの課題に取り組んだ。ショウジョウバエにはヒトの疾患に関連する遺伝子のうち約70%が保存されている。また1 世紀前にはすでに遺伝子と癌の関連を研究するモデル生物として用 いられており、これまで多くの癌遺伝子、癌抑制遺伝子の発見に寄与してきた(Mary B et al., Cancer Research. 1918)。Src はショウジョウバエにも保存されており、その活性化は細胞増殖・細胞死を引き起こすことが知られている。しかし、Src による細胞死が、異常な細胞増殖に対する応答なのか、増殖とは独立した経路を介して誘導されているのか明らかではない。そこで本研究ではショウジョウバエを用いて Src による細胞増殖・細胞死のカップリングメカニズムの解明に取り組んだ。

【研究の進め方:RNAi スクリーニングによる Src 下流における新規細胞死制御因子の同定及びその制御機構の解析】 ショウジョウバエの幼虫は成虫原基と呼ばれる成虫の翅、脚、目へと発生する上皮組織を持つ。申請者は成虫の翅になる翅成虫原基の一部のみに癌遺伝子Src の活性型を強制発現して、Src モデルとして用いた。Srcが細胞死を誘導するメカニズムを明らかにするために RNAi スクリーニングを行い、Src 下流で細胞死に関与している因子の同定を試みた。その結果、RNAi による発現阻害によりSrc による細胞死を抑制することができる遺伝子、MLK (Mixed-Lineage Kinase)を発見した。さらにSrc-MLK が細胞死を誘導するメカニズム、及びその細胞増殖との関連性について詳細な解析を行った。

【結果①:MLK は異なるMAPK の活性化を介してSrc による細胞増殖、細胞死を同時に制御する】
まず Src-MLK を介した細胞死の誘導メカニズムの解明に取り組んだ。MLK はMAPKKK に分類されるキナーゼですべてのMAPKs(Erk, p38, JNK)の活性化に関与しており、ショウジョウバエにおいても同様の機能を有することが知られている。その中でも JNK シグナルは、ショウジョウバエから哺乳類まで進化的に保存された代表的な細胞死誘導シグナルの 1 つとして知られている。実際に Src を過剰発現した成虫原基では、顕著に JNK が活性化しており、JNK DN の過剰発現によるJNK の阻害はSrc による細胞死を抑制した。そこで次にSrc による JNK の活性化・細胞死の誘導にMLK が関与しているか検討した。Src を過剰発現した成虫原基でMLK のノックダウンを行ったところ、JNK シグナルの活性化と細胞死が共に抑制された。この結果は、MLK がSrc の下流でJNK シグナルを介して細胞死を誘導していることを示している。

JNK DN の過剰発現とMLK のノックダウンは共にSrc による細胞死を抑制した。しかし興味深いことに、JNK DN の過剰発現は組織の過形成を引き起こすにも関わらず、MLK をノックダウンした組織は正常なサイズを保っていた。この結果から、MLK はSrc による細胞の死だけではなく、増殖の誘導にも関わっていることが示めされた。

MLK の下流因子でありMAPK に分類される Erk、p38 は共に細胞増殖において重要な役割を担うことが様々な生物種、組織で数多く報告されている。そこで申請者は、Erk、p38 のいずれか、もしくは両方が、MLK を介した Src による細胞の増殖に寄与していると考えた。そこでSrc とJNK DN の過剰発現により過形成を引き起こした組織において、Erk、p38 をそれぞれ抑制した。その結果、p38 がSrc-MLK の下流において細胞の増殖を促進していることが明らかになった。また p38 の抑制は Src による JNK シグナルの活性化、及び細胞死の誘導には一切影響を与えなかった。以上の結果は、Src による細胞死が、直列モデルにより説明される過剰な細胞増殖に対 する応答ではなく、活性化した癌遺伝子によりダイレクトに誘導される現象であることを示している。(図3)

【結果②:食餌に含まれるアミノ酸濃度のコントロールによりSrc による細胞増殖のみを制御できる。】
Src による細胞死が細胞増殖と独立した経路を介して誘導されているという事実は、「Src 活性化細胞におい て細胞増殖のみを抑制し、細胞死を亢進することができる」と言い換えることができ、p38 の抑制が、Src 活性が高い癌種の治療において有効な戦略になり得ることを示唆している。しかしp38 はマルチタスクキナーゼで、細胞増殖の制御に留まらず、代謝、免疫機能など様々な現象を制御しており、p38 阻害剤による癌治療の臨床治験は、その強い副作用により承認に至ってはいない。そこで申請者は、p38 のさらに下流でSrc による細胞増殖に関わる因子の同定を試み、Tor を同定した。

Tor は細胞内のアミノ酸センサーとして代謝や細胞の増殖を制御することが知られている。また食事中のアミノ酸濃度が細胞内のTor 活性を制御することが酵母から哺乳類まで幅広く報告されている。そこで申請者は、アミノ酸を希釈した餌で、成虫原基でSrc を過剰発現した幼虫を飼育した。すると、細胞死に影響を 与えることなくSrc によるTor の活性を阻害し、細胞の増殖のみを制御することができた。さらにSrc 発現細胞が、20 種類あるアミノ酸の内、必須アミノ酸の1つであるメチオニンを選択的に取り込み、Src による Tor の活性化に利用していることが明らかになった。(図3)

【独創性・インパクト】
本研究は長年見過ごされてきた「癌遺伝子の活性化による細胞死と細胞増殖の関係性とは?」という問いに 答えるものである。また本研究の結果は、癌の増殖と食事中から摂取する栄養素が密接な関係にあることを示しており、特にSrc の活性が高い癌の治療において低メチオニン食が有効な手段の一つとなる可能性を示している。申請者は本研究の結果を国際学術誌eLife に投稿した。その結果、細胞増殖と細胞死の共役機構における長年の研究課題に対してアプローチした画期的な研究として高く評価され、先日受理された。

全国の大学の
卒論・修論・学位論文

一発検索!

この論文の関連論文を見る