抗マラリア活性を有するジアトレトールの不斉全合成と網羅的構造活性相関研究
概要
【背景・目的】
マラリアは現在においても世界三大感染症の 1 つに位置付けられており、近年既存薬剤に対する耐性原虫が増加しており、新しい作用機序を有する新規抗マラリア薬の開発が急務となっている。さらに蔓延地域の状況から、安価で経口薬として単回投与で効果を示すことが求められる。このような背景のもと、大村智記念研究所における抗マラリア活性物質探索スクリーニングの結果、糸状菌 Metarhizium anisopliae FKI-7223 株培養液中よりジアトレトール(1)が単離された(Fig. 1)1)。1 の構造的特徴としてフェニルアラニンとロイシンを含むジケトピペラジン骨格と 2 つの N,O-アセタールを有しており、ベンジル部位とイソブチル部位が anti 配座を取っていることが挙げられる。X 線結晶構造解析により相対立体構造は既に決定しているが、絶対立体構造は明らかになっていない。また 1 の類縁天然物としてレピスタミド類(2-4)も報告されている 2)。2-4 は、ベンジル部位とイソブチル部位が syn 配座を取っている。これら天然物の中でも 1 は、in vitro 試験において Chloroquine 耐性株に対して活性を示し、更に経口投与で in vivo 治療効果があることも見出された。従って 1 は、薬剤耐性原虫にも有効かつ経口投与が可能なリード化合物を創製できる可能性が大いに期待できる。そこで、新規抗マラリア薬の創製を目的に、1 の効率的な不斉全合成経路の確立並びに、絶対立体構造の決定と構造活性相関研究に着手した。
【研究方法】
天然物 1 からの半合成では、官能基限定的であるため効率的且つ網羅的な誘導体合成を視野に入れた合成経路の確立を目指した。基盤の 1 の全合成を達成するには、如何にしてアンチ-N,O-アセタールを構築するかが鍵となる。これまでに、フェニルアラニン由来のジケトピペラジンは、分子内 CH/π 相互作用により折りたたみ型立体配座を取ることが報告されている 3)。筆者は、この特異な立体配座を反応場として利用した官能基化によりアンチ-N,O-アセタールを構築する戦略を立案した(Scheme 1)。即ち、ジアトレトール(1)はより熱力学的に安定と考えられるシン-N,O-アセタール 5 からアンチ-N,O-アセタールへの異性化により導けると考えた。シン-N,O-アセタール 5 は、ジオール 6 の特異な立体配座を利用した C6 位選択的トランスアセタール化により 2 つの N,O-アセタール部分の分子構築が可能だと考えた。ジオール 6 は、ジケトピペラジン 8 の 2 つの α 位を段階的に酸化することで光学純度を失わずに合成できると考えた。この際、C3 位の酸化はイソブチル基の立体反発を避けるように、C6 位の酸化はベンジル基の立体反発を避けるようにそれぞれ立体選択的に進行すると予想した。
【結果・考察】
(1) 光学活性なジオール 15 の合成
市販品であるアミノ酸 9、10 を用いて Xue らの手法を用いてワンポットでジケトピペラジン 11 を構築した 4)。続いてジケトピペラジン 8 の 2 つのアミドを BOM 基で保護し、ジケトピペラジン 11 を得た。次に、11 に対し酸化の検討を行った。その結果、ビスエノラートを形成せず系中で段階的に酸化する条件を見出し、シンジオール 15 を高立体・高エナンチオ選択的に得ることができた。本反応機構は、まずC3 位選択的に酸化が進行しモノ過酸体 13 が生じた後、系中で C6 位の酸化が進行するため光学純度を損なうことなく、立体選択的に連続的に酸化反応が進行した(Scheme 2)。
(2) 選択的トランスアセタール化を経由した 1 の全合成
得られたジオール 15 は、分子内CH/π 相互作用により A に示したように折りたたみ型立体配座を取っていると考え、基質特異的なトランスアセタール化により C6 位選択的にメトキシ基の導入が可能だと考えた。即ち、ベンジル基が覆い被さる遷移状態を取ることで、1 位窒素の非共有電子対と 6 位の水酸基がアンチペリプラナーの配座を取りやすくなる為、C6 位選択的なトランスアセタール化が進行すると予想し検討を行った。その結果、TFA 存在下 MeOH を作用させることで望み通り C6 位選択的にメトキシ基を導入したシン-N,O-アセタール 16 を立体選択的に得ることに成功した。次に、アンチ-N,O-アセタールへの変換を試みた。DFT 計算によりアンチ-N,O-アセタール17 がシン-N,O-アセタール 16 より安定な立体配座であることが示唆された。このことから 16 に対し、塩基性条件で反応を行うことでケトアミド経由の異性化を促し、より熱力学的に安定な 17 へと収束させることとした。種々塩基の検討を行った結果、DBUを用いた時、望みの異性化が進行しアンチ-N,O-アセタールを構築した。最後に保護基の脱着を行うことで 1 の初の不斉全合成を全 9 工程、総収率 30%で達成した。また各種機器データが一致したため天然物 1 の絶対立体配置が(3S, 6R)であると決定した(Scheme 3)5)。
(3) 類縁体レピスタミド類(2-4)の全合成
ジアトレトール(1)の類縁体であるレピスタミド類(2-4)の全合成に着手した。2-4 は 1とは異なりシン-N,O-アセタールを有している。即ち、1 の全合成中間体を利用し異性化を介さなければ効率的に合成可能だと考えた。レピスタミド A(2)は、全合成中間体であるシン-N,O-アセタール 16 より保護基の脱着を行うことで合成を達成した。レピスタミド B(3)は、全合成中間体であるジオール 15 の 2 つの水酸基を保護した後、先と同様の脱保護条件に付すことで導いた。レピスタミド C(4)は、16 の水酸基を Ac 基で保護した後にイミン経由での反応により合成を達成した(Scheme 4)。
(4) 1 の全合成経路を利用したアミノ酸を変換した非天然型誘導体の合成
ジアトレトール(1)の構造活性相関の情報をより詳細に解明するために、まずは半合成で導くことのできないアミノ酸部位を種々変換したアンチ-N,O-アセタールを有する誘導体の合成を指向した。即ち、1 のフェニルアラニン部位及びロイシン部位を変換した誘導体合成に着手した。出発原料であるアミノ酸を種々変換し確立した全合成経路の条件に付すことで多様な非天然型誘導体(25-30)の合成に成功した(Scheme 5)。これにより本合成経路が、効率的且つ網羅的な誘導体合成が可能であることを示せた。
(5) C6 位選択的トランスアセタール化を利用した誘導体合成
ジアトレトール(1)の C6 位選択的トランスアセタール化により 2 つの N,O-アセタール部分の分子構築を行った際に見出した誘導化によって効率的に派生させることができると考えた。また、ジアトレトール(1)の C6 位メトキシ基は、1H NMR スペクトルにて先述した芳香環による CH/π 相互作用により遮蔽効果を受け大きく高磁場シフトする(δ1.97 ppm in DMSO-d6)。そのため、遮蔽効果を受ける C6 位メトキシ部位を変換させることで活性発現の足掛かりが見出せるのではないかと期待した。全合成中間体 15に対して、種々のアルコールと反応させることで誘導体(33-36)の合成を行った(Scheme 6)。
全合成中間体も含め、合成した誘導体は網羅的に抗マラリア活性を測定した。その結果、活性発現にフェニルアラニン部位は置換基を有さない芳香環、ロイシン部位はある程度嵩高いアルキル鎖が必要であること、並びに C6 位メトキシ部位が活性に大きく影響していることが示唆された。また、合成した誘導体の中でも C6 位メトキシ部位をベンジルに変換した 36 は、in vitro 試験において既存薬と同等の活性を示すことが見出された。
【結論】
筆者は、抗マラリア活性を有する天然物、ジアトレトール(1)の初の不斉全合成を全9 工程、総収率 30%で達成し、その絶対立体配置を(3S, 6R)と明らかにした。また、確立した全合成経路を利用し類縁体であるレピスタミド類 3 種の全合成に加え、ジアトレトールの半合成では導くことのできない非天然型誘導体を種々合成し構造活性相関を解明した。更に、現在までに in vitro 試験において既存薬と同等の活性を示す誘導体の創製に成功した。