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大学・研究所にある論文を検索できる 「子宮の細胞周期調節因子RBによる胚着床の調節機構」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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子宮の細胞周期調節因子RBによる胚着床の調節機構

赤枝, 俊 東京大学 DOI:10.15083/0002005085

2022.06.22

概要

近年、晩婚化・高年出産・少子化が社会問題となっており、不妊治療の重要性は高くなっている。妊娠は排卵、受精、着床、胎盤形成、分娩など時間・空間的に変化する現象である。着床とは受精卵(胚)と子宮内膜との間に器質的な結合が成立した状態であり、妊娠の起点といえる現象である。着床が子宮内という特殊な環境下でのみ成立するため、着床の理解には生体内での検討が重要である。ヒトでは着床の機序をin vivoで観察することは倫理的に不可能であるため、動物モデルによる検討が頻用される。ヒト子宮内膜において、月経から排卵前の時期を増殖期とよび、卵胞ホルモン(エストラジオール、E2)の影響下に子宮内膜が増殖し肥厚する。また、排卵後から月経前の子宮内膜を分泌期とよび、黄体ホルモン(プロゲステロン、P4)の影響下に子宮内膜からの分泌能が高まる。動物モデルとして頻用されるマウスの子宮内膜では、排卵後4日目(妊娠4日目)の夕方から妊娠5日目の朝に胚は子宮内膜に接着し、着床が開始する。妊娠5日目の夕方から子宮内膜管腔上皮が消失し、胎盤の基になるトロホブラストが子宮内膜へ浸潤し、子宮内膜間質が脱落膜化をきたし、着床の過程が進行する。

 子宮内膜が胚を受け入れることができる能力、すなわち子宮内膜の胚受容能を評価するための指標として、細胞増殖マーカーであるKi67が用いられる。マウス子宮内膜のKi67発現は、妊娠1~3日目の着床前には子宮内膜管腔上皮の発現が増強し、間質の発現が低下する。妊娠4日目の着床直前には管腔上皮の発現が消失し、間質の発現が増強する。このように、子宮内膜管腔上皮において、妊娠1日目から3日目は細胞増殖が活発だが、妊娠4日目から5日目の胚接着の段階では細胞増殖抑制が起こる。着床期における子宮内膜の細胞増殖とその抑制は、胚受容能の指標であるが着床に機能的に関与する現象であるかどうかは不明であった。

 本研究では、細胞周期停止に関わり、細胞増殖を抑制する遺伝子として知られる網膜芽細胞腫タンパク(RB)に注目した。RBは通常はE2F転写因子などに作用して細胞周期の停止に働くが、リン酸化されると細胞周期が進行し細胞増殖の状態となる。RBのリン酸化・脱リン酸化の調節は、マウス子宮内膜におけるKi67発現と一致していたため、RBが子宮内膜の着床期における細胞増殖・胚受容能の調節に関係している可能性を考えた。

 以上のことから、RBの妊娠における役割を解明することとした。RBは野生型メスマウスの妊娠初期(1~8日目)の子宮内膜に発現していることから、子宮特異的なRB欠損マウス作成にあたり、P4受容体(Pgr)のプロモーター領域にCre配列を組み込み、生体のPgrが発現している部位でCreタンパクを発現させたPgr-Creマウスと、Rb1遺伝子をloxPサイトで挟んだRb1-floxedマウスを交配させた。Pgr-Creを持つマウス(Rb1loxP/loxPPgrCre/+)を子宮特異的RB欠損マウス(RB cKO)として実験に用い、Pgr-Creを持たないマウス(Rb1loxP/loxPPgr+/+)をそのコントロールマウス(Ctl)として用いた。

 生殖能を確認した野生型オスマウスを、RB cKOおよびCtlと交配し、妊娠の表現型を確認した。分娩仔数はRB cKOが0.7±0.4匹(平均±標準誤差)、Ctlが7.6±0.8匹(平均±標準誤差)と、RB cKOにおいて生殖能は有意に低下していた。次に妊娠の各段階の詳細な解析を行った。両グループにおいて、妊娠2~4日目の排卵数・受精卵数・受精卵の発生などは同等であった。また妊娠4・6日目の血清E2値・P4値は同等であり、妊娠4日目における子宮側のE2・P4応答遺伝子発現も正常であった。つまり、卵巣機能・受精卵の発生・子宮のホルモン応答能には差がなかった。次に着床の表現型を評価した。妊娠5日目のマウスにシカゴブルー色素を静脈注射することで、胚接着部位は血管透過性が亢進しているため色素が漏出し、肉眼的に胚接着部位が確認できるようになる。胚接着数に差はなく、組織切片の評価でも形態的に同等であった。胚接着マーカーであるCox2発現も同等であり、胚接着の過程も両グループ間で差はなかった。一方妊娠5日目の夕方から妊娠6日目において、RB cKOは子宮内膜管腔上皮の消失を認めず、胚浸潤が障害されていた。妊娠8日目にはRB cKOの82%(38/46)の着床部位の胚発育が障害されており着床障害の所見であった。また、妊娠4日目の子宮内膜管腔上皮のKi67免疫染色において、Ctlでは子宮内膜管腔上皮のKi67が消失しており細胞増殖が抑制された状態であったが、RB cKOにおいてはKi67の発現が残存しており、細胞増殖が亢進した状態であった。以上の結果から、RB cKOは着床直前の子宮内膜管腔上皮の細胞増殖が亢進し、胚浸潤が障害され、着床障害をきたし妊孕能が低下していることが判明した。

 E2による子宮内膜管腔上皮の細胞増殖亢進状態は排卵後に卵巣から分泌されるP4により細胞増殖が抑制されることが先行研究で示されていることから、RB cKOにおいて着床期の血清P4値に異常はなかったが、RB欠損がP4による細胞増殖抑制作用を低下させている可能性を考えて、次にRB cKOの着床障害の表現型に対するP4補充の影響を調べることにした。妊娠2~7日目にRB cKOに2mg/dayのP4を投与したところ、妊娠4日目の子宮内膜管腔上皮のKi67発現は消失し、亢進していた細胞増殖の状態が正常化し、着床障害は消失し、分娩仔数まで完全に正常化した。次に、RB cKOへのP4補充の時期を着床開始の前または後で分け、①妊娠2~4日目、②妊娠5~7日目、に行った。①の時期のP4投与でも同様に妊娠の全過程を救済できたが、②の時期の投与ではRB cKOの着床障害および産仔数低下を救済できなかった。以上の結果から、P4による着床直前の子宮内膜管腔上皮の細胞増殖抑制がRB cKOの着床障害の救済に関与している可能性が示唆された。

 P4によるRB欠損した子宮内膜管腔上皮の細胞増殖亢進が正常化する分子機構を調べるために、レーザーマイクロダイセクションを用いて妊娠4日目の子宮内膜管腔上皮を抽出し、RNA-seqを行った。細胞周期関連因子の中でCDKN1aとCDKN2cの発現がP4補充したRB cKOで増加しており、これらの働きが増強することによって、RB欠損した子宮内膜管腔上皮の細胞周期停止が誘導された可能性が示唆された。

 次にRB cKOとCtlにおいて、妊娠5日目の夕方の子宮内膜管腔上皮の消失の過程が妊娠転帰の差となっていたため、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて詳細な観察を行った。TEMで着床部位を観察すると、Ctlでは子宮内膜管腔上皮の細胞質が分離し、トロホブラストにより貪食されている像を認めた。RB cKOにおいて胚が管腔上皮に接着しているのみで上皮細胞の貪食像などは認めなかった。次に、貪食作用のメディエーターであるMFG-E8の発現を免疫組織染色で確認したところ、Ctlの着床部位ではMFG-E8を子宮内膜管腔上皮に認めたが、RB cKOでは認めなかった。このことから、着床部位でのトロホブラストによる貪食により子宮内膜管腔上皮が消失すると考えられた。細胞の貪食機構は、一般的には死細胞が生体からのクリアランスとして食細胞により貪食される時に働くことが知られている。貪食作用が起こる時には、生細胞では細胞膜の内側にあるホスファチジルセリン(PS)が死細胞では細胞膜の外側に出現する。この細胞膜外のPSはEat-me signalと呼ばれ、食細胞がこれを感知することで貪食作用が行われる。食細胞から分泌されるMFG-E8も、細胞膜外PSに結合する。着床部位の子宮内膜管腔上皮細胞もトロホブラストに貪食される際に、何らかの細胞死の機構が働き、Eat-me signalである細胞膜外PSを表出するという仮説を立てた。細胞死には、アポトーシス・オートファジーなどのプログラム細胞死と、火傷・外傷などによる壊死(ネクローシス)による細胞死がある。TEMによる観察では、Ctlの着床部位の上皮細胞は細胞質が分離していくが、細胞核は核濃縮などの古典的なアポトーシスに特徴的な所見は認めず、形態的にはネクローシスに似た所見であった。TEMの所見を元に、ネクロトーシスという比較的新しい細胞死の機構に着目した。ネクロトーシスは形態的にはネクローシスに似ているが、TNFなどの細胞死シグナルにより誘起され、RIP1-RIP3-MLKL軸の連続的なリン酸化が起こり、最下流のリン酸化MLKL(pMLKL)により細胞膜が穿孔され細胞死が起こるプログラム細胞死の1つである。ネクロトーシスはTNFα刺激などで誘起されるため、着床部位のTNFα免疫染色を行ったところ、RB cKOとCtl共にTNFαの発現を認めた。次に、着床部位のリン酸化RIP3(pRIP3)の免疫染色を行ったところ、CtlにはpRIP3の発現を認めたが、RB cKOには認めなかった。また、P4補充したRB cKOにはpRIP3の発現を認めた。Ctlの子宮内膜管腔上皮を採取し、TNFα刺激を行ったところpMLKLの発現を認めた。このことから、着床部位の子宮内膜管腔上皮消失にネクロトーシスの機構が働いていると考えられた。RB cKOにおいて、子宮内膜管腔上皮の細胞周期が停止していないことが、着床時のネクロトーシスの機構が誘起されることを阻害し、P4補充により細胞周期を停止させれば、着床時に正常にネクロトーシスが誘起され、子宮内膜管腔上皮の消失・胚浸潤が起こることが推測された。

 細胞周期の停止によりTNFαに対する感受性が変化することが、ネクロトーシスの誘起および子宮内膜の受容能に影響すると考えられたため、子宮内膜におけるTNF受容体(TNFR)1型・2型の発現を確認した。すると、CtlとP4補充RB cKOではRB cKOに比較して、妊娠4日目の子宮内膜管腔上皮のTNFR2型のmRNAの発現が増加していることが分かった。このことより、着床期に子宮内膜管腔上皮細胞が細胞停止の状態になることでTNFR2型の発現が増加することが、着床時の胚からのTNFα刺激により子宮内膜管腔上皮がネクロトーシスを起こすと考えられた。

 本研究において、これまで着床における子宮内膜の胚受容能のマーカーであった、子宮内膜管腔上皮の増殖・細胞停止の変化が、ただのマーカーではなく機能的な役割があることが分かった。つまり、着床時に子宮内膜管腔上皮が細胞停止することがTNFR2型の発現を増加し、胚からのTNFα刺激に対する感受性が増強し、その後ネクロトーシスが誘起されトロホブラストによる貪食作用が起こるという着床の一連の流れにおいて必須ということである。本研究により、着床における子宮内膜の胚受容能とP4作用の分子機構の一端が明らかとなった。

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