陸棲シアノバクテリアNostoc sp. HK-01の乾燥と湿潤状態における細胞外物質の機能解析

概要

論文要旨
所

属

理工情報生命学術院生命地球科学研究群 生命農学学位プログラム

学 籍 番 号

202030255

氏

オン 碧

名

論 文 題 目

陸棲シアノバクテリア Nostoc sp. HK-01 の乾燥と湿潤状態における
細胞外物質の機能解析

乾燥耐性を有する陸棲シアノバクテリアは、その生活環の中で、乾燥と湿潤を繰り返しな
がら増殖する。陸棲シアノバクテリア Nostoc sp. HK-01 の乾燥状態から吸水した休眠細胞は、
発芽し、光合成を行う栄養細胞、窒素固定能を具備する異型細胞、および運動性の連鎖体（以
下、ホルモゴニア）に分化しながら増殖する。その過程で、細胞外に細胞外物質（ES;
Extracellular Substances）を生産する。第 1 章は本研究論文の序章として、シアノバクテリア
の ES に関連した既往研究情報と本研究施行の全体についてまとめた。
シアノバクテリアの ES は、環境ストレスから細胞を保護する働きが知られており、既に、
UV-A および UV-B に関する保護作用について報告されている。一方、UV-C に対する細胞外
物質の細胞保護作用の詳細な報告は、未だない。乾燥状態の Nostoc sp. HK-01 の休眠細胞は、
宇宙環境曝露試験の生物材料としても採択されているように、各種過酷環境に曝された後も、
生存と増殖が可能であることが報告されているが、過酷環境耐性と ES との関係の詳細は、ほ
とんど報告されていない。細胞加水後の湿潤状態において、シアノバクテリアの発芽初期に
おける細胞分化が、温度や栄養状態などの環境変化に影響を受けることが知られている。栄
養素、塩濃度、光強度および宿主生物の生産物質が、ホルモゴニアの分化誘導因子として働
くことはわかっている。外的要因が細胞分化に及ぼす影響が調べられているが、シアノバク
テリアが生産した ES が、自身の細胞分化に与える影響の詳細は、未解明である。本研究は、
高い過酷環境耐性を有し、長期有人宇宙探査の初期導入候補微生物である Nostoc sp. HK-01 の、
乾燥および湿潤状態における、ES の機能を明らかにすることを目的に、乾燥状態における紫
外線耐性への寄与と、湿潤状態における細胞分化への影響を調べることを述べた（第 1 章）。
第 2 章で、Nostoc sp. HK-01 の乾燥時における ES の紫外線耐性との関係について調べた。
ES の紫外線波長域の光反射機能と吸収機能を調べた結果は、Nostoc sp. HK-01 の ES には反射
機能はなく、吸収機能を備えた物質が存在することを明らかにした。ES 未除去および ES 除
去乾燥細胞を用意し、UV-A、UV-B および UV-C の異なる波長の紫外線を照射した後の休眠
細胞の生存率を調べた。その結果、Nostoc sp. HK-01 の ES が、UV-C に特化した紫外線耐性機
能を備えることを明らかにした。ES の紫外線耐性機能に関わる UV-C 吸収物質の詳細を調べ
るために、独自に開発した生物検定手法は、Nostoc sp. HK-01 の ES の紫外線からの保護効果
における評価を可能にすることを明らかにした。独自に確立した生物検定手法を用いて、
Nostoc sp. HK-01 の ES の 80%メタノール可溶画分試料から、UV-C を吸収する物質（C-250）
を単離した。細胞乾燥時の ES 量と細胞保護への寄与を数値的に示すとともに、単離物質の構
造について遺伝子情報とも考察した、新規報告である。乾燥時の ES の機能として、UV-C か
ら Nostoc sp. HK-01 の細胞を保護することを、生物検定手法の確立とともに明らかにした。
第 3 章では、乾燥状態の Nostoc sp. HK-01 の休眠細胞が加水後、発芽過程で ES が細胞分化
に与える影響を調べた。100、300、1000 および 3000 ppm の濃度に調製した ES 溶液に、ES 除

去乾燥細胞を加え、培養 3 日の発芽率を調べた結果、ES の 80%メタノール不溶画分に発芽促
進作用を確認した。一方、80%メタノール可溶画分に、発芽抑制作用を認めた。また、Nostoc
sp. HK-01 の ES の主な構成糖として知られる、フコース、ガラクトース、グルコース、マン
ノースを用いて発芽試験を行った結果、マンノースに極めて高い発芽抑制効果があることを
確認した。培養 3 日のホルモゴニア分化率および栄養細胞分化率から、細胞分化に及ぼす ES
の機能を調べた結果、ES の 80%メタノール不溶画分に、高いホルモゴニア分化誘導活性を見
出した。多糖類のデンプンを用いて同様に試験した結果とは現象が異なることから、Nostoc sp.
HK-01 の ES 中に、ホルモゴニア分化誘導に関わる物質が存在する可能性を初めて見出した。
本研究において、Nostoc sp. HK-01 が生産する細胞外物質 ES の新規機能として、UV-C 吸収
物質を ES 中に放出・蓄積し、乾燥状態の細胞を UV-C から保護する機能、および湿潤環境条
件下において ES が発芽と運動性ホルモゴニア分化誘導制御を行い、環境に適した細胞形態
に分化させる機能を有することを初めて明らかにした。本博士論文研究で得られた Nostoc
sp.HK-01 の ES の新規機能は、将来の長期有人宇宙探査における本株の利用拡大や、陸棲シ
アノバクテリアの循環利用に多大に貢献すると期待できる。 ...