Gut microbiota, which is determined by the nutrient composition of the diet, drives modification of the plasma lipid profile and insulin resistance
概要
〔目的〕
近年増加の一途をたどる肥満やメタボリック症候群は、2型糖尿病などの代謝疾患のみならず、癌、認知症、サルコペニアなど多くの疾患の発生母地となり、その病態の理解は医学研究において最重要テーマの一つである。また近年、肥満やメタボリック症候群の発症には、食生活などの生活習慣からくる腸内細菌叢の破綻とそれによる腸内細菌由来代謝産物の変化が重要な役割を持つことが明らかとなってきた。短鎖脂肪酸や二次胆汁酸など水溶性の腸内細菌由来代謝産物が宿主の代謝に影響を及ぼすことが報告されている。しかしながら、栄養素によって構成された腸内細菌叢が、どのようにその他の代謝産物に影響を与えているか、また個体の糖代謝との関連については十分に知られていない。
腸内細菌叢の組成は主に食事によって決定づけられる。そこで本研究の目的は、3大栄養素である炭水化物、蛋白質、脂質の組成を変化させた特殊配合飼料をマウスに与え、それらが腸内細菌叢に与える影響と、栄養素ごとに確立した腸内細菌叢が血中の脂質代謝産物に与える影響と糖代謝との関連を明らかにすることである。
〔方法並びに成績〕
特殊配合飼料として高炭水化物食(高コーンスターチ食、高フルクトース食)、高蛋白食(高分岐鎖アミノ酸:高BCAA食)、高脂肪食(高大豆油食、高ラード食)の 5種類の飼料を作成した。生後6週のオスC57BL6マウスにこれらの飼料を11~12週間与えると、高大豆油食群で最も耐糖能が悪化し、体重が増加した。その傾向は高ラード食よりも顕著であった。高BCAA食では高コーンスターチ食に比較して食事摂取量が少なく、体重が増加しないため耐糖能は良好であった。高フルクトース群では高コーンスターチ群と比較し体重変化はなく、耐糖能は増悪する傾向ではあるが有意差はなかった。
次に、高大豆油食群と高ラード食群で精巣上体脂肪、肝臓における慢性炎症の程度に差があるか、フローサイトメトリーやqPCR法で検討したが、両群で差を認めなかった。すなわち、両高脂肪食間での糖代謝異常の程度の違いは、肥満による慢性炎症の差では説明できないと考えられた。糖代謝異常に対する腸内細菌叢の関与を検討する目的で、生後8~9週の無菌C57BL6マウスおよび抗生物質で菌叢を攪乱した C57BL6マウスに、それぞれの飼料を18週間与えたマウスから採取した腸内細菌を移植すると、高大豆油食群の便を移植したマウスで耐糖能が増悪した。また無菌マウスに対して長期間、高大豆油食を摂取させた場合には耐糖能は増悪しなかった。そこで糞便の16S rRNAシークエンス菌叢解析を行った。PCA解析では、食餌毎に特有の腸内細菌叢が形成されていることが確認された。高大豆油食がマウスの耐糖能を増悪させる要因として腸内細菌を介した機序があることが示唆された。高ラード食と高大豆油食では食餌中の脂質の組成に違いがあることから5種の飼料によって構成される腸内細菌由来の脂質代謝産物を網羅的に調べるためリピドミクス解析を行った。本実験においては、群間の遺伝的背景、出生時背景をそろえるため、当研究室で繁殖した無菌マウスを 8週齢まで高コーンスターチ食で飼育した後、無菌のまま特殊配合飼料を与える群(Germ free群)とビニールアイソレーターから取り出し、腸内細菌を定着させて特殊配合飼料を与える群(Colonized群)に分け、2週間飼育したのち採血を行い血漿の網羅的リピドミクス解析を行った。計629種の脂質が検出された。群間の解析では、それぞれの飼料ごとにGerm free群とColonized群での脂質の組成は大きく異なっていた。高コーンスターチ食、高フルクトース食、高BCAA食に含まれる脂質は類似しているにも関わらず、腸内細菌の有無によって有意に変化する脂質は異なっていた。高大豆油食群、高ラード食群ではそれぞれの食餌ごとに構築された腸内細菌の有無により変化する脂質の数はそれぞれ非高脂肪食群と比較しても顕著に多く、中でも最も糖代謝が悪化する高大豆油食群で多かった。腸内細菌叢と脂質代謝産物について Spearmanの順位相関分析を行うと、多くのTG, PC, FAについてPeptococcaceae, Lactococcus, Peptostereptococcaceae, Clostridialesと正の相関が、Prevotella, Akkermansia, Sutterellaと負の相関があり、腸内細菌が血中の脂質代謝産物に影響を与えている可能性が示唆された。
高大豆油食と高ラード食間で有意に変化している脂質代謝産物を比較すると多数の代謝産物が同定され、それらの一部は高大豆油食での腸内細菌の有無で有意に変化を認めており、これらの脂質が高大豆油食で腸内細菌依存的に誘導される耐糖能異常に影響を与えている可能性が示唆された。
〔総括〕
本研究では、異なる栄養組成を摂取してできた腸内細菌叢が定着したマウスと、同じ食餌を摂取した無菌マウスの血漿リピドミクス解析を比較した。栄養組成が異なることで、特有の腸内細菌叢が形成され、それらが宿主の血中脂質プロファイルを大きく変化させることがわかった。高大豆油食由来の腸内細菌叢は高ラード食よりも血中脂質組成に与える影響が大きく、糖代謝異常、インスリン抵抗性に関与している可能性が示唆された。本研究で得られた知見を発展させ、宿主の耐糖能を増悪させる血中代謝産物の同定、それに対する介入が可能となれば、メタボリック症候群の新たな治療戦略につながることが期待される。