測定型量子計算におけるBound entanglement
概要
測定型量子計算は, R. Raussendorf と H. J. Briegel によって 2001 年に提案された, 万能量子計算の可能な量子計算モデルのひとつである [1]. エンタングルしていない qubit に対し特定のユニタリ操作を施していく, 従来の回路型量子計算とは異なり, クラスター状態 (グラフ状態) やハイパーグラフ状態といった, エンタングルした特殊な量子状態 (リソース状態) を予め用意し, 適応的に 1qubit の測定を繰り返すことで任意の量子計算を行う.
測定型量子計算のリソース状態は純粋状態であることが理想的だが, 実際には温度や外部の磁場などのノイズによって混合状態になってしまう. そうなった際に, その混合状態からローカルな操作と古典通信 (LOCC) を経て純粋状態に変換する, エンタングルメント蒸留 [2] という作業を行う. しかし, 混合状態のエンタングルメントには蒸留できるものと, 蒸留できないものが存在し, 蒸留不可能なエンタングルメントを bound entanglement という [3]. リソース状態の 1 つであるクラスター状態においては, 特定の温度領域で bound entanglement が生じることが報告されている [4]. この bound entanglement があるリソース状態は, エンタングル自体はしていても純粋状態に蒸留できないことから, 基本的に量子計算には向かないとされている.
本研究では, bound entanglement の生じにくいリソース状態のモデルを探すことを目標に, グラフ状態やハイパーグラフ状態の Negativity を計算し, 温度や外部磁場の依存性から, bound entanglement が生じる可能性について調べた. 特にハイパーグラフ状態については, 3-uniform で代表的な Union Jack 状態について調べた [5] [図 1].
それらの結果から, まずはそれぞれのモデルごとに温度と磁場の強さを変化させていきながら, 最も低い温度で Negativity が 0 に到達した時の部分系の切り分け方, 最も高い温度で 0 に達した時の切り分け方に注目し, 0 への到達温度の差から bound entanglment が発生するかについて調べた. その結果, クラスター状態, ハイパーグラフ状態いずれのモデルでも bound entanglement の存在が確認できた [図 2,3].
次に, 横軸を磁場, 縦軸を温度として, 最も低い温度で Negativity が 0 に到達した分け方での到達温度, 最も高い温度で Negativity が 0 に到達した分け方での到達温度をプロットしていき, 磁場を印加した時の bound entanglement が発生する温度領域の変化を調べた [図 4,5]. その結果, X,Z 方向の磁場いずれを印加した場合でも, 磁場が強くなるに従って bound entanglement が生じ始める温度が上昇することを発見した. これは言い換えれば, リソース状態に磁場を印加することで, 系全体が温度というノイズに対してある種のロバスト性が上がっていると言える. また, 5qubit の似たような形状でグラフ状態とハイパーグラフ状態の 2種類モデルを扱ってみたが, この 2 つを比較すると Union Jack 状態の方が bound entanglement が発生している温度領域が明らかに狭いことが確認された. 計算結果は今回は省略するが, qubit 数を増やして他のいくつかのモデルでも調べたところ, 同様にしてグラフ状態に比べてハイパーグラフ状態の方が bound entanglement の領域が狭い傾向が確認できている. 現時点では厳密に証明していないため必ずしもこの傾向が見られるとは断言できないが, もしこのような規則性があるとすれば, 蒸留しやすいという点においては, クラスター状態よりもハイパーグラフ状態の方が, リソース状態としてより実用的と言えることが期待できる.