光格子中のボース粒子系におけるエンタングルメント生成
概要
近年、冷却原子気体を扱った研究が盛んに行われている。極低温に冷却された原子は量子的な性質が顕著に現れる。特にレーザーの干渉によって作られる周期ポテンシャルである光格子中の冷却原子気体に注目が集まっている。この系は高い制御性を持っており、量子シミュレーションにおいて重要な役割を担う。高い制御性の例としてレーザーの強度を変化させることで光格子中のポテンシャルの深さを自由に変化させることができる。このような実験において、隣接サイト間のトンネリングが支配的となり、粒子が光格子中を自由に行き来できる超流動状態と、粒子間の相互作用が支配的となり各サイトに1粒子ずつ入った状態に定常しているモット絶縁体状態間の相転移である超流動モット絶縁体転移などの量子相転移の観測が行われた。
他方量子コンピュータの研究、特に実験の進展により量子力学と情報が融合した量子情報分野の拡大が進んだ。従来のコンピュータでは0または1などいずれかの状態しか表さないビットを用いて計算を行う。一方で量子コンピュータは量子的な重ね合わせ状態で記述できる量子ビットを用いて計算を行うことができるため、n量子ビットで2nの状態を同時に計算することができる。
その量子コンピュータの計算においても重要な役割を担うのが量子エンタングルメントと呼ばれる性質である。量子エンタングルメントは量子力学特有の相関を表している。例えば2つのスピン1/2から成る系を考え、系全体の状態が|ψ⟩=|↑⟩A|↓⟩B,|ψ⟩=√12(|↑⟩A|↓⟩B+|↓⟩A|↑⟩B)と表される2つの状態を考える。前者の場合、Aの状態を測定しようがしまいがBの状態は|↓⟩Bと決まっている。一方で後者の場合にはAの状態を|↑⟩Aと測定した瞬間にBの状態が|↓⟩Bと決まってしまい、Aの状態を|↓⟩Aと測定した瞬間にBの状態が|↑⟩Bと決まってしまう。このような量子系の間の相関を量子エンタングルメントとよぶ。量子コンピュータの計算の高速化の鍵はまさにこの量子エンタングルメントにある。またこの量子エンタングルメントはEPRのパラドクスやBellの不等式の破れなどの議論において重要な役割を担った。
量子エンタングルメントの理論的な研究は盛んに行われてきた。しかし凝縮系物理の実験においてエンタングルメントを直接測定することは非常に困難な課題であった。その中、光格子中のボース粒子の実験において量子多体干渉を使用したエンタングルメントの測定が可能となった。測定においては光格子中の各サイトにボース粒子が1粒子ずつ入った状態を2つ用意し、その状態を同じようにクエンチする。クエンチ後の二つの状態を干渉させ、原子気体顕微鏡で粒子数分布を測定することで、エンタングルメントの一つの指標となるRenyiエントロピーの測定が行われた。