有機デバイスの基礎科学と高機能化
概要
令和4年度
京都大学化学研究所 スーパーコンピュータシステム 利用報告書
有機デバイスの基礎科学と高機能化
Basic Science and Functionalization of Organic Devices
化学研究所 分子材料化学研究領域
梶 弘典
研究成果概要
発光スペクトルの狭線化を実現できる熱活性化遅延蛍光(Thermally Activated Delayed
Fluorescence, TADF)材料として、多重共鳴(Multiple Resonance, MR)構造を持つ TADF 材料
が注目を集めている[1]。MR-TADF のメカニズム解明は、実用的な有機 EL 素子を開発する上
で重要である。本研究では、量子化学計算を用いて、代表的な MR-TADF 材料である
DABNA-1[1]に対して、項間交差(Intersystem Crossing, ISC)ならびに逆項間交差(Reverse
ISC, RISC ) の 速 度 定 数 、 蛍 光 お よ び TADF 寿命 、 発 光 量 子 収率 ( Photoluminescence
Quantum Yield, PLQY)、さらには PLQY における蛍光・遅延蛍光成分の寄与を計算し、実測
値を定量的に再現することに成功した[2]。DABNA-1 の励起状態計算には、京都大学化学研
究所スーパーコンピュータシステムに実装されている量子化学計算ソフトウェア Gaussian 16 な
らびに QChem を使用した。
S1→T1 および S1→T2 遷移の速度定数を計算したところ、S1→T2 遷移の速度は、S1→T1 遷移
よりも 30 倍程度速いことがわかった。このことから、S1 から T1 への失活は、T2 を経由する 2 段
階の S1→T2→T1 過程により起こることが示唆される。 T1 から S1 への変換過程を調べるため、
PL 減衰曲線を計算した。その結果、PLQY(0.92)およびその蛍光成分(0.89)、遅延蛍光成分
の内訳(2.9×10−2)は、実測(実測値はそれぞれ、0.88、0.85、3.5×10−2)とよく一致した。また、
T1→S1 遷移は T2 を経由する 2 段階の T1→T2→S1 過程により起こることがわかった。
以上の結果から、S1-T1 変換は、どちらも T2 を経由する 2 段階の過程(S1→T2→T1 ISC およ
び T1→T2→S1 RISC)により起こることが示された(図 1)。
S0
1×107 (Calc.)
1×107 (Exp.)
Nonrad. decay
Fluorescence
1×108 (Calc.)
1×108 (Exp.)
S1
T2
Overall ISC
5×106 (Calc.)
5×106 (Exp.)
Overall RISC
2×104 (Calc.)
1×104 (Exp.)
T1
Calc.
Exp.
PLQY
0.923
0.880
Prompt
0.895
0.845
Delayed 0.029
0.035
DABNA-1
図 1 DABNA-1 の発光メカニズム
[1] T. Hatakeyama et al., Adv. Mater., 2016, 28, 2777.
[2] K. Shizu and H. Kaji, Commun. Chem., 2022, 5, 53. 発表論文(謝辞あり). ...