Initial Characterization of the Epstein–Barr Virus BSRF1 Gene Product
概要
【緒言】
Epstein-Barr ウイルス(EBV)はヘルペスウイルス科に属し、全人口の 90%以上が感染している普遍的なウイルスである。EBV は主に幼少期に感染し、多くは無症状のまま生涯を終える。初感染が思春期以降である場合、伝染性単核症と呼ばれる感冒様症状を呈することがあるが、この場合でも自然軽快することが多い。基本的には害を示さないウイルスであるが、一部において胃癌や上咽頭癌、悪性リンパ腫などの難治性疾患を引き起こすため、医学的に重要なウイルスである。
EBV は、ウイルス DNA、ウイルス DNA を囲むカプシド、最外層の膜であるエンベロープから構成される。カプシドとエンベロープの間の空間はテグメントと呼ばれ、 10 種類以上の EBV タンパク質が存在している。EBV は主に B 細胞に感染し、潜伏感染と溶解感染と呼ばれる 2 種類の感染様式を取る。潜伏感染では一部の遺伝子のみ発現して、宿主免疫からの回避を図るが、溶解感染ではほぼ全ての遺伝子を発現し、子孫ウイルスの産生を図る。この潜伏感染から溶解感染への移行を再活性化と呼ぶ。再活性化の機序は、vivo においては未だ明確ではないが、vitro においては 12-0- tetradecanoylphorbol-13-acetate などの薬剤や後述する前初期遺伝子 BZLF1 の導入で誘発することができる。再活性化後、EBV 遺伝子が前初期遺伝子(初期遺伝子の活性化に関与)、初期遺伝子(ウイルス DNA の複製に関与)、後期遺伝子(ウイルス粒子形成に関与)の順に発現して子孫ウイルスが産生され、EBV は宿主細胞を溶解して細胞外へ放出される。
今回着目した BSRF1 (BamHI S rightward reading frame 1) は、後期遺伝子でテグメントタンパク質をコードする遺伝子である。テグメントタンパク質には、ウイルス粒子の形成、EBV の宿主細胞内への侵入や宿主細胞外への放出、宿主免疫からの回避など様々な機能が報告されており、EBV の生活環や病態を把握する上で重要な役割を果たす。BSRF1 の相同遺伝子は全てのヘルペスウイルスで保存されており、一部でその機能が報告されている。マウス γ ヘルペスウイルスでは子孫ウイルス産生に必須、単純ヘルペスウイルス 1 型やサイトメガロウイルスではエンベロープ獲得に寄与することで子孫ウイルス産生に関わるとされる。本研究では BSRF1 遺伝子欠損 EBV 作製、及び BSRF1 遺伝子に対するノックダウン実験からその機能の同定を試みた。また、 BSRF1 タンパク質の宿主細胞内での局在や BSRF1 タンパク質が相互作用するタンパク質の探索からも機能の推定を行った。
【方法・結果】
大腸菌内遺伝子組み換え法により、BSRF1 遺伝子に一塩基の置換を加えてストップコドンを挿入した BSRF1 欠損 EBV ゲノムを作成した。同様に欠損株から野生株と同じ BSRF1 配列に復帰させた EBV ゲノムも作成した (Fig.1A) 。作成したゲノムを BamHI、EcoRI という細菌由来の 2 種類の制限酵素で処理して、アガロースゲル上で電気泳動を行いゲノムの切断パターンを確認した。欠損株のゲノムは 1 塩基の置換のみであるため、野生株、欠損株、復帰株の切断パターンに差は認められない (Fig.1B) 。
これらの EBV ゲノムを HEK293 細胞(ヒト胎児腎細胞由来)に導入し、感染細胞を樹立した。感染細胞に BZLF1 遺伝子を導入して再活性化を誘導し、再活性化後のウイルスタンパク質発現をウエスタンブロット法にて、ウイルス DNA 複製量を qPCR にて、子孫ウイルスの産生量・未感染 B 細胞への感染力を qPCR・FACS にて定量した。その結果、いずれも HEK293 細胞においては野生株、欠損株、復帰株の間で有意な差を認めることができなかった (Fig.2A-D) 。続いて、B95-8 細胞(マーモセット B 細胞由来 EBV 陽性細胞)に BSRF1 に対する siRNA を導入し、同様にウイルスタンパク質発現、子孫ウイルスの感染力・産生量の定量を行った。ウイルスタンパク質発現に影響は確認できなかったが、子孫ウイルス感染力・産生量は 1/5-1/2 まで低下していた (Fig.3A- C) 。B95-8 細胞では BSRF1 遺伝子が後期遺伝発現後のウイルス産生に関与していることを示唆する結果が得られた。続いて、宿主細胞内での BSRF1 タンパク質の局在、 BSRF1 タンパク質と相互作用する EBV タンパク質の探索からも機能の推定を試みた。 HEK293 細胞に HA で標識した BSRF1 遺伝子を導入し、共焦点顕微鏡で局在を確認すると、ゴルジ体に局在していることが確認できた (Fig.4) 。ゴルジ体は EBV がエンベロープを獲得する場である。この結果は BSRF1 が子孫ウイルス産生に関与することを支持するものであった。また、単純ヘルペスウイルス 1 型やサイトメガロウイルスにおいても BSRF1 の相同遺伝子がコードするタンパク質がゴルジ体に局在することが報告されている。BSRF1 と相互作用するタンパク質の探索は免疫沈降法にて行った。 FLAG タグで BSRF1 遺伝子を標識、HA タグで相手遺伝子を標識して、HEK293T 細胞に導入した。BSRF1 タンパク質は BBRF2、BGLF3.5、BALF1 と相互作用することが確認できた (Fig.5) 。BBRF2、BGLF3.5 は単純ヘルペスウイルス 1 型の BSRF1 相同遺伝子がコードするタンパク質と相互作用することが報告されている。この結果は単純ヘルペスウイルス 1 型との相同性を示唆していた。
【考察】
HEK293 細胞と B95-8 細胞で BSRF1 遺伝子の機能同定を試みたところ、B95-8 細胞でのみ子孫ウイルス産生への関与を示唆する結果が得られた。宿主細胞内の局在では BSRF1 がエンベロープ獲得に寄与することを示唆する結果が得られ、相互作用からは単純ヘルペスウイルス 1 型の BSRF1 相同遺伝子との相同性を示す結果が得られた。局在、相互作用の観点から、B95-8 細胞での結果を支持するデータが得られたこと、 HEK293 細胞は本来 EBV の自然宿主細胞ではなく、B95-8 細胞は EBV の自然宿主細胞であることから、B95-8 細胞で得られた結果の方が信頼性は高いと考えられた。 HEK293 細胞と B95-8 細胞とで矛盾する結果となったのは、HEK293 細胞にはエンベロープ獲得を阻害する細胞内の因子が欠損していたか、もしくはエンベロープ獲得をサポートする因子が含まれており、BSRF1 欠損の影響が少なかったことが原因ではないかと考えられる。以上から、BSRF1 遺伝子は、単純ヘルペスウイルス 1 型、サイトメガロウイルスの相同遺伝子と同様に、テグメントタンパク質をコードし、エンベロープ獲得に寄与することで、子孫ウイルスの産生に関与していると考えられる。
【結論】
HEK293 細胞と B95-8 細胞で異なる結果となったが、EBV の自然宿主細胞は B 細胞であること、BSRF1 タンパク質はゴルジ体に局在すること、BSRF1 の相同遺伝子はエンベロープ形成に関与していることから、BSRF1 も相同遺伝子と同様に増殖の過程でエンベロープ形成に関わると推測された。本研究では、機能未知の遺伝子の一つであった BSRF1 の機能を明らかにした。EBV 遺伝子機能の解析により、EBV 関連腫瘍の発症機構を解明し、発症予防・治療戦略の確立を目指している。