Molecular mechanisms underlying metamorphosis and color formation in dragonflies.
概要
論文審査の結果の要旨
氏名
奥出
絃太
本論文は General introduction、7 つの章、General discussion から構成されて
いる。
General introduction では、トンボがもっとも原始的な有翅昆虫であり、変態の
進化を考える上で重要な昆虫群であること、成虫は視覚に高度に依存しており、し
ばしば鮮やかな色彩、紋様、多型を呈し、興味深い現象の宝庫であること、しかし
飼育維持が可能なモデル実験系の欠如、発生過程などの基礎的な生物学的情報の不
足、そして遺伝子機能解析系の欠如などにより、トンボを用いた分子レベルの研究
がほぼ皆無であった状況を概観したうえで、これらの困難を解決しながら博士課程
の研究にどのように取り組んだのか、戦略と展望を提示している。
第 1 章では、日本産のトンボ類の約 1/4 にのぼる 14 科 49 種 158 個体について、
幼虫の形態変化を羽化に至るまで毎日写真撮影して観察することにより、翅の形態
に基づいて終齢幼虫期に3つのステージを定義し、多様なトンボ種で発生や変態の
比較解析を実施する基盤を整備している。
第 2 章では、均翅亜目から不均翅亜目にわたる多様なトンボ類において、幼虫の
腹部および胸部に dsRNA を微小注入してエレクトロポレーションを併用すること
により、安定して表皮における遺伝子機能阻害による表現型解析を行う実験系の確
立に成功している。
修士課程におけるトンボ実験室飼育系の確立と併せ、これらの研究成果により著
者はトンボを対象とした分子レベルの研究基盤を確立し、それらを駆使して第 3 章、
第 4 章ではトンボの変態を制御する分子基盤の解明に、第 5 章、第 6 章、第 7 章で
はトンボの体色形成を制御する分子基盤の解明に取り組んでいく。
第 3 章では RNA-seq によるトンボの網羅的な遺伝子発現解析により、成虫特異
的発現遺伝子や幼虫特異的発現遺伝子を同定して RNAi スクリーニングを行うこと
により、幼虫形質のマスター遺伝子である Kr-h1 と成虫形質のマスター遺伝子であ
る E93 の機能は他の昆虫類と同様に保存されていること、一方で完全変態昆虫では
蛹形質のマスター遺伝子として知られる一方で、不完全変態昆虫では翅や産卵管の
形態形成に関与するとされてきた broad が、トンボでは幼虫形質の維持と成虫形質
の抑制に働くという新知見を明らかにしている。
第 4 章では昆虫の脱皮ホルモンの下流の転写因子について RNAi スクリーニング
を実施し、EcR 他の複数の遺伝子で着色阻害表現型を検出し、中でも特に表現型が
顕著であった ftz-f1 が正常な変態の進行に必要な転写因子であるという新知見を得
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ている。
第 5 章では、トンボの黄色の体色の形成基盤に取り組み、黄色の主成分がセピア
プテリンであることを生化学および質量分析により明らかにし、さらに表皮黄色領
域特異的に発現する遺伝子の探索および RNAi スクリーニングにより、黄色が透明
〜白色になる多くの遺伝子を同定したほか、黄色/黒色の紋様パターンを制御する転
写因子 PzYTF1, PzYTF4 を見出している。特に PzYTF1 は複数のトンボ種で RNAi
による表現型が確認され、黄色領域を制御するマスター遺伝子候補として注目され
る。
第 6 章では、トンボの水色の体色の形成基盤に取り組み、水色および緑色は主に
プテリジン色素から構成され、オモクロームも寄与することを生化学および質量分
析により明らかにし、さらに RNAi スクリーニングにより、多数の関与遺伝子を同
定している。特筆すべきは、第 5 章で黄色/黒色パターンを制御する転写因子として
同定した PzYTF1, PzYTF4 が水色/黒色パターンも制御していることで、トンボ類
に共通した黒色を抑制する転写因子である可能性を提示している。
第 7 章では、体色多型の異なるトンボ種間雑種の作出によりその遺伝基盤につい
て洞察を得たほか、雌雄や雌多型間における体色の違いに関与する性決定関連遺伝
子の解析を行っている。
最後に General discussion では、博士論文全体の成果を総括し、昆虫の変態や体
色形成に関する従来の知見に対する位置づけおよび新規性を論じ、また今後の展開
について展望している。
以上の研究成果は、質量ともに圧倒的な知見を集積し、トンボの分子生物学とい
う新規な研究領域を開拓しており、学術的に高い価値が認められる。すでに 2 報の
国際誌論文が公表/受理されており、最終的には 7 報以上の原著論文として公表予定
である。学位論文における執筆内容、英語能力、図表作成、データ解析、引用文献
などについて問題ないことを確認している。
なお、本学位論文は全編を通じて深津武馬、二橋亮と、一部は森山実らとの共同
研究であるが、いずれも論文提出者が主体として立案及び解析を行なっており、論
文提出者の寄与は十分と判断する。
したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。
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