細胞接着ナノ界面の観察のための局在プラズモン蛍光イメージング法の確立
概要
蛍光顕微鏡は、観察対象中の蛍光分子からの発光を検出することで画像を得る手法である。蛍光顕微鏡の空間分解能は回折限界(アッベ回折限界)によって制限され、水平方向で約 200 nm、垂直方向で約 500 nm である。蛍光顕微鏡における空間分解能の問題を解決するために開発された高解像度顕微鏡のうち、回折限界を超える解像度を有する顕微鏡は超解像顕微鏡(SRM)と呼ばれる。その一例が、2014 年にノーベル化学賞を受賞した誘導放出抑制(STED)顕微鏡と光活性化局在顕微鏡(PALM)である。これらの SRM では、複数の画像から再構成画像を作成することにより、水平方向に極めて高い解像度が得られるが、1 つの画像を再構築するのに数十秒から数分かかり、高速のリアルタイム観測には適していない。一方、垂直方向に高い空間分解能を有する代表的な顕微鏡は全反射照明蛍光(TIRF)顕微鏡である。TIRF 顕微鏡は、エバネッセント光を励起に使用することにより、垂直方向に約 100 nm という高い分解能を有し、リアルタイムの観察にも適した方法であるが、水平方向の空間分解能はさほど高くはない。
本博士論文の研究では、金属微粒子自己組織化シートからの局在表面プラズモン共鳴 (LSPR)を利用した、TIRF 顕微鏡よりもさらに高い垂直分解能を有する、新しい蛍光観察方法を提案する。 LSPR とは、金属ナノ構造体に光を照射した際、金属表面の自由電子の集団振動が特定の波長の光と結合する現象のことである。LSPR は金属 / 誘電体界面から粒子径程度の空間において強い光電場を励起するが、本研究では、金属微粒子を気液界面で自己組織化させることで、均一で大面積の二次元単層シートを作製し、これを蛍光顕微鏡観察基板として用いる。このシートの中では、微粒子間のナノギャップで LSPR が強く結合し、さらに強い増強電場がシート面全体に均一に励起される。観察の対象は接着性細胞の接着斑(Focal Adhesion)領域のナノ界面である。
本博士論文は、次の章で構成される。
第 2 章では、本博士論文に関わるさまざまな蛍光顕微鏡法と細胞接着の基本原理を紹介した。現在市販されている各種 SRM の分解能をまとめ、本研究で提案する LSPR を使った手法との違いについて議論した。
第 3 章では、オレイルアミン被覆金微粒子(AuOA)とミリスチン酸被覆銀微粒子(AgMy)の細胞毒性について、これら2種類の微粒子からなる混合シート上での細胞接着試験により明らかにした。AgMy 単独シートおよび AgMy を 50%以上含む混合シート上では、一晩細胞を培養しても基板に接着しにくく、一部の細胞にアポトーシスがみられた。一方、AuOA 単独シートおよび AuOA を50%以上含む混合シート上では、AgMy シート上で見られたような細胞毒性は確認されなかった。この結果から、細胞接着ナノ界面のイメージングには、AuOA 単独シートを使用することとした。
第 4 章では、AuOA シートで励起される LSPR 電場強度を、有限差分時間領域(FDTD)法を用いて計算した。さらに蛍光色素から金属微粒子への共鳴エネルギー移動(surface energy transfer (SET))による蛍光消光を考慮して、AuOA シート上で得られる蛍光増強度を微粒子シート表面からの距離の関数として算出した。計算の結果、微粒子シート表面から 13 nm 程度の界面領域でのみ AuOAシートの実効電場強度がエバネッセント光の強度を上回ること、それよりも離れた領域からの背景光はむしろ小さく抑えられることがわかった。以上のように、局在プラズモン蛍光イメージング法において、ナノ界面の高感度イメージングが可能となる理論的背景を理解した。
第 5 章では、AuOA シートを使用して実際にアクチンを蛍光染色した固定化細胞の観察を行い、 AuOA シート上画像と TIRF 顕微鏡画像を比較した。アクチンは細胞膜周辺と接着斑に主に分布するが、AuOA シート上では、細胞の輪郭からの発光はほとんど検出されず、接着斑のみが輝点として観察された。この結果から、AuOA シート上では、理論からの予測の通り、細胞接着ナノ界面領域の蛍光のみが増強検出されていることが確認できた。AuAO シート上の観察範囲が TIRF 顕微鏡の約 10 分の 1 であるにもかかわらず、観察された蛍光強度が同程度であったことから、AuOA シート上での蛍光増強度は 10 倍程度であると推測された。
第 6 章では、細胞接着に関わるタンパク質の一つであるパキシリンに蛍光色素を発現させて、接着細胞のダイナミクスについて、ライブセルイメージングにより評価した。共焦点レーザー顕微鏡による長時間のタイムラプス観察では、AuOA シート上の細胞はガラス上に比べて光褪色しにくいということがわかった。さらに細胞内のパキシリンの位置を追跡することにより、細胞接着界面におけるパキシリンの移動速度を算出した。また超解像度 CMOS カメラ(ピクセルサイズ 65 nm)で取得した画像の解析から、垂直方向の光閉じ込めの水平分解能向上へ及ぼす効果についても議論した。
第 7 章では、これら研究の概要をまとめ、局在プラズモン蛍光イメージング法で残された問題点と将来の展望について述べた。