東京都区部における健康増進と緑の基本計画
概要
東京都区部は,それをひとつの集まりとみなせば,日本最大の都市だ。2015 年の国勢調査によると,人口は 920万人を超え,過去最高を記録した。そして,この 920 万のうち,およそ 200 万人が 65 歳以上である。この高齢者200 万人という数は,とてつもなく大きな数字だ。ほかの大都市圏の中心をなす大阪市や名古屋市の総人口が 200万人台であることとくらべてみると,その大きさが良くわかる。そして,東京都区部の高齢者の数は増加傾向が続いており,しばらくは,その勢いが衰えそうにない。そして,これが本稿の主題であるが,高齢者の増加は,健康に関する,さまざまな問題の表出につながっている。高齢者が増加する中で,医療費をはじめとする社会保障費をどのように賄い,抑制していくのかは,21 世紀前半の日本の行政における,最重要課題と言って過言でない。
こうした状況を前にして,東京特別区の行政は,その 920 万の住民の健康の維持増進のために,どのように地域のとりくみを進めていくことが出来るだろうか。そしてそのなかで,都市公園(以下,公園)や緑地に関する行政には,どのような役割が期待されるだろうか。そうした議論の前段として,まずは区によるとりくみの現状を明確にしてみることこそが,本稿が目指すことである。その際,公園や緑地の分野は健康増進のために中心的な役割を果たしてきたとは言い難いことから,健康福祉行政などとの連携が重要になると考え,特にこの点に着目する。本稿は,都市の健康と公園や緑地に関する行政の実態を,それぞれの分野の計画文書である緑の基本計画と健康増進計画にもとづいて整理する。そのことが,東京都区部や他の都市において,こうした話題に関心を持つ人々が,視野を広げ,考えを深めることに貢献できれば幸いである。
都市の健康を考える際には,地域の間の「健康格差」という実態が,特に重要である 1)。これは,いささかセンセーショナルな言葉ではあるが,その意味することは,健康問題の程度は,地域によって差があるということだ。たとえば,循環器系疾患による死亡率は,区市町村によって大きく異なる。こうした健康格差は,東京 23 区の中にもみられる。そして,これが最も重要なところなのだが,そうした健康格差は,地域ごとの環境の差異に結びついていることもおおい。だからこそ,それぞれの地域の健康問題の状況を的確に捉えて,地域の環境の実情を読み込んだ上で,区市町村ごとの丁寧な対策が重要になる。とくに,地域の環境を読み込むという点は,ランドスケープ分野の専門家の貢献が,大きく期待されるところであろう。
なお,本稿で用いているデータは,断りがあるものを除き,東京大学大学院農学生命科学研究科に 2019 年に提出された,共著者の和田の修士論文での調査をもとにしている。同調査は,主に,計画文書に登場する語句の抽出と,各区の担当者への質問紙調査からなり,2018 年8月から 12 月にかけて実施された。一部の区で,当時から計画文書が改訂等されている場合がなお,一部の区で,あることをご承知おき頂きたい。