韓国における都市自然地の保全管理の特質と伝統的楽しみ方に関する研究
概要
都市内や近郊の樹林地がもつ保健休養、教育、景観、地域文化の形成などの機能を高度に利用しながら、継続的に資源を管理するための視点が要求されている。一方、韓国においてこれらの樹林地や緑地は続けて減少しており、都市内緑地と郊外の森林の有機的連結の不足と体系的管理の不備も問題として指摘されている。都市内又は近郊の自然地(以下、都市自然地)において、より多様な自然との触れ合いを引き出すためには、都市自然地の空間と利用を画一的に提供しようとするのではなく、多様性を許容し、利用の歴史的経緯や制度などを理解する必要がある。そのためには古くから地形的・情緒的に人間と非常に密接な関係を形成してきている都市自然地において、持続可能な資源管理の在り方やその場所の今日的価値を理解することは重要である。今後の社会的変化に備えるため、都市自然地に関する制度が変更されるなどの政策的動きもあり、都市自然地がもつ複合的な価値をより深く理解する必要がある。
以上の問題意識と視点に立ち、本研究では、都市自然地が人と自然との触れ合いの場として歴史的に果たしてきた機能に着目することで、その空間が本来もつ多様な利用側面のポテンシャルを、現代の文脈において再評価することを試み、その上で、こうした都市部における自然地の保全活用の在り方を考察しようとするものである。具体的には以下の4点を研究目的とする。
1.都市自然地の保全活用に関する近代以降の取り組みの変遷を調べ、問題と課題を導出する。2.現代における国から基礎自治体までの都市自然地の保全活用に関する法制度の特性を明らかにする。3.都市自然地における伝統的な楽しみ方を明らかにするとともに、立地的特性との関係について考察する。4.都市自然地において持続可能で、アイデンティティーを活かす保全活用の在り方について考察する。
第1章では、研究の背景と目的、対象地について記述し、用語の定義、既往研究と研究の位置づけ及び論文の構成について述べた。
第2章では、文献調査を通じて対象地であるソウルにおいて、近代以前の都市自然地の概況を調べるとともに、近代以降、都市自然地を保全活用するための取り組みがどのように進められてきたのかを検討し、日本での展開を参照しつつ、韓国における問題と課題を導出した。
その結果、近代以来の都市自然地において、①緑地機能の区分による緑地の類型化の結果、都市公園などの都市計画施設以外の緑地(地域制緑地)に対する政策が必ずしも十分ではないこと、②利用と保護が対立する概念として理解され、利用と保全の二元的な理念のもとに、国家中心の保全管理システムとなっていること、③緑地の整備およびその利用の在り方について、基準化、単純化されていること、の三点が考察された。近代において、自然は基本的に保護すべき対象として認識されてきた。しかし、里山のような都市域の二次的自然の管理においては、人為的な管理を通じて、保全と利用を一連の過程で認識する観点が重要であると考えられる。単なる保護だけであれば、法による強い行為制限を通じて守る方式が効果的であり、行政役割のみでも可能である。しかし、二次的自然においては、それを適切に保全し利用するため、行政からの様々な支援と多様な主体の参加が求められている。このような多様な参加主体のそれぞれの役割に目を向ける視点は、都市内や近郊における緑地に関する保全活用制度を考えるうえでも必要であることが課題として導出された。
第3章では、都市自然地、特に都市計画施設以外の緑地(地域制緑地)の保全活用に関して、中央政府レベル、広域自治体レベル、そして基礎自治体レベルでの法制度を調査・整理し、それらの役割分担について考察した。本章においても早くから基礎自治体が主体となって様々な施策を展開してきた日本の事例との比較を通じて、両国の特質について考察した。
その結果、①法律による地域制緑地の指定と行為規制は、日韓両国ともほとんどの自治体に委任することで類似しているものの、その内容においては多少の違いを見せている。②韓国の地域制緑地は、中央政府の法律による様々な制度の運用が主となる反面、日本の場合、法律による地域制緑地制度も存在するが、ほとんどの自治体で地域の状況に応じて独自に制度を制定して積極的に活用している。③地域制緑地の維持管理について、韓国の場合、法律に基づいて行為制限、立ち入り禁止などの規制的な方法の保全活動が基本とされており、日本の場合、補助金支給や管理支援、税制減免などのインセンティブの提供を通じて民間の維持管理を誘導している。の三点が明らかとなった。
大規模な緑地については、法律で規定されている行為制限などの規制によって保護することが可能であるものの、実際に都市に存在する様々な緑地空間の保全管理については、その地域についてより多くの情報を持っている基礎自治体による指定や管理が有効である。しかし、基礎自治体と土地所有者の間での保全に関する協定等を締結して緑地を保全することは、法的拘束力はないため、永続的に緑地を保護するためには、より強制力のある制度の適用も必要であり、法律に基づく制度との適切な活用が望ましいと考えられる。単に行為制限、立ち入り禁止などの自然のままで放置する保護方法ではなく、実際に適切な緑地空間の管理が行われる必要があるが、この際、行政の役割のみでは財政問題と人材不足の問題を解決するのが困難であるため、中央政府と地方政府、そして適切なインセンティブの提供を通じて民間の協力まで含めて管理方策を構築していく必要がある。特に、中央政府に比べ基礎自治体の方が民間との協力が容易であるため、自治体の制度を活用した官民協働を誘導することが望ましいことが考察された。
第4章では、韓国の都市自然地における伝統的楽しみ方を把握し、整理すること、その背景としての地形に焦点を当て、地形と楽しみ方との関係性を考察すること、の2点を目的とした。まず、既往研究を手がかりとしてかつて触れ合い活動の場としてよく知られている都市自然地を選定し、このようなところを「自然系名所」と命名し29箇所を分析対象にした。そして、1.立地特性、2.主景物と副景物の組み合わせによる観賞活動とその他の活動からみる楽しみ方、3.立地と楽しみ方の関係の特性を調査・分析した。その結果、主活動での主景物は李、桃、柳、蓮、その他の花木、紅葉などの植物(A)に加えて、渓流(B)、江(C)、月(D)、雪(E)、街(F)の6つに区分できた。また、副景物には山、街、渓流、池、石(岩)、樹林、江、船などがあった。各名所の観賞対象(主景物と副景物)と観賞方法(主景物との位置関係と視点からの距離)を整理した結果、観賞活動には15の種類に区分、整理できた。また、地形の類型区分から、漢陽の地形は平地、高台・高地、渓谷、川、江に区分でき、特に渓谷は狭い渓谷とその他に分けて把握、整理し、観賞活動との関係性について考察した。
自然系名所の分布は、漢陽の周囲の山に多く分布し、すべて方角の山に名所を確認できた。また、南側の江に沿って多くの名所が分布していた。また、最後に各名所の立地との関係を把握した結果、高台・高地に立地する名所では、視点の移動をともなうことなく、視点を高い場所に固定できる高台に起き、視点と視点場を明確に位置づけて活動が行われていた。ソウルは土地に起伏があり、地形的な変化に富む盆地上にあり、現在のソウルの一部となっているかつての漢陽では、地形に合わせて自然系名所が成立しており、地形的特質に合わせて楽しみ方が選択・形成されて自然が楽しまれてきたと考えられる。そして特に、楼・亭や盤石のような点的な空間の確保に韓国ならではの特質が見られる。
第5章では、本論文を総括し、現代において、都市自然地を取り囲んでいる現実的な問題において、通時的な観点から調べることで、現代の都市自然地における保全管理及び利用に関する構造的問題や課題を示した。
特に、国政から基礎自治体に至る行政間の制度の運用において役割の再整理が必要であり、法律による制度の運用において国の責任を拡大すること、自治体の自立的基準による多様な活動適地の選択の重要性を考察した。また、順応的に保全活用することが重要であり、対象地となる都市自然地の潜在的価値を活かすための伝統的楽しみ方の今日的活用、持続的な維持管理のための民間参加の誘導等に関する制度的裏付けの必要性についても合わせて考察した。