論文の公開元へ長野県の栄養摂取状況の地域差と死亡率との関連:保健所管轄区域での検討
概要
Shinshu Journal of Public Health Vol. 18 No. 1, August 2023
長野県の栄養摂取状況の地域差と死亡率との関連：保健所管轄区域での検討
02-3
市川舞（長野県立大学大学院健康栄養科学研究科、長野県諏訪保健福祉事務所）
今村晴彦（長野県立大学大学院健康栄養科学研究科）
キーワード：長野県、県民健康・栄養調査、栄養摂取状況、健康格差、地域差
要旨：長野県内の栄養摂取状況の地域差の実態を把握するため、過去４回分の県民健康・栄養調査の
結果を用いて保健所管轄区域（11 地域）の比較を行い、また死亡率（５年間の EBSMR）との関連を
検証した。地域間の栄養摂取状況は、男女ともに緑黄色野菜で差が大きく、長野県の食生活の特徴・
課題である野菜及び食塩の摂取量についても差がみられた。死亡率との関連については、統計学的に
有意な相関はほとんどみられず、さらなる地域差の要因分析が必要と考えられた。
A．目的
～令和元年の 5 年分の長野県衛生年報の死因別死
健康日本 21（第二次）では、健康格差の縮小
亡数および毎月人口異動調査（各年 10 月 1 日）
が目標として示され、都道府県において各種調
の 市 町 村 別・ 年 齢 5 歳 階 級 別 人 口 を 用 い、EB
査・統計データを活用した健康格差の実態とそ
estimator for Poisson-Gamma model [Version
の要因の把握・分析が求められている。例えば、
2.1]（https://www.niph.go.jp/soshiki/gijutsu/）
北海道では二次医療圏単位の栄養摂取量の地域
を使用して最尤推定値を算出した。
差と死亡率との関連が報告されている 。
各 摂 取 量 の 地 域 間 の 差 に つ い て、Kruskal-
長野県では、昭和 42 年から概ね 3 年毎に県民
Wallis 検定による適合度の検定を行った。また地
健康・栄養調査を実施しているが、報告結果は
域単位の変動係数を算出した。死亡率との関連は
県全体の集計であり、県内の地域差に着目した
平均年齢を調整変数とした偏相関分析（11 地域
栄養摂取状況に関する研究はごく限られている 。
単位の地域相関分析）を行った。以上の解析は
そこで本研究では、県民健康・栄養調査デー
すべて男女別に行った。解析には IBM SPSS 29.0
タを用いて、保健所管轄区域を対象に、栄養摂
を用い、統計学的有意水準は 5％（両側）とした。
取状況についての地域差を把握し、地域の健康
C．結果
指標として死亡率との関連を検討した。
男性の結果を表 1、女性の結果を表 2 に示した。
B．方法
栄養摂取状況では、男女ともに脂肪及び炭水化物
県民健康・栄養調査の 4 回分（平成 22・25・
エネルギー比、食塩、豆類、緑黄色野菜、その他
28 年度、令和元年度）の結果を用いた。県内の
の野菜、魚介類、肉類、乳類で地域間に有意な
保健所管轄区域（令和元年時点の 11 地域）の単
差があった。男性では穀類、女性ではエネルギー、
位で、20 歳以上の 1 日当たりの栄養素等摂取量
果物類においても有意に地域差があった。その
及び食品群別摂取量（密度法を用いて 1,000kcal
なかで男女ともに緑黄色野菜の変動係数が最も
当りに換算）の平均値を算出し、比較した。解析
大きく、男性で 23.4g、女性で 27.5g の差があり、
においては、調査年度毎の傾向を確認した上で、
その他の野菜についても、男性で 22.8g、女性で
4 回分の結果をプールした 4,199 人（男性 1,955 人、
31.7g の差がみられた。また、長野県の食生活の
女性 2,244 人）分のデータを用いた。
特徴・課題とされている食塩では、男性で 0.5 ｇ、
さらに、保健所管轄区域の単位で、県全体を
女性で 0.6 ｇの差がみられた。
基準（100）とした、総死亡、および悪性新生物、
栄養摂取状況と死亡率との関連については、統
心 疾 患、 脳 血 管 疾 患 の 死 因 別 の 標 準 化 死 亡 比
計学的に有意な相関はほとんどみられなかった
（EBSMR）を算出した。計算には、平成 27 年
が、男性では炭水化物エネルギー比、穀類、い
１）
２）
38
信州公衆衛生雑誌 Vol. 18 No. 1, August 2023
演題登録０２－３
Shinshu Journal of Public Health Vol. 18 No. 1, August 2023
女性で 0.6ｇの差がみられた。
影響を制御するのが難しく、健康格差とその要因
も類に正の相関傾向、脂肪エネルギー比、肉類
栄養摂取状況と死亡率との関連については、統
E．まとめ
を分析するには様々な関連因子の影響を考慮し
に負の相関傾向、女性ではたんぱく質エネルギ
計学的に有意な相関はほとんどみられなかった
本研究の結果から、保健所管轄区域単位にお
た上で検討する必要があると考えられた。
が、男性では炭水化物エネルギー比、穀類、いも
E．まとめ
ける栄養摂取状況には少なからず地域差がある
ー比、きのこ類、卵類、乳類に負の相関傾向が
類に正の相関傾向、脂肪エネルギー比、肉類に負
ことが明らかになった。今後、さらなる地域差
の相関傾向、女性ではたんぱく質エネルギー比、
る栄養摂取状況には少なからず地域差があるこ
きのこ類、卵類、乳類に負の相関傾向がみられた。
とが明らかになった。今後、さらなる地域差の実
また、脳血管疾患では男女とも穀類に正の相関傾
態把握とその要因の分析が必要だと考えられた。
向、野菜類、果実類に負の相関傾向がみられた。
F．利益相反 利益相反なし
D．考察
G．文献
みられた。また、脳血管疾患では男女とも穀類
本研究の結果から、保健所管轄区域単位におけ
の実態把握とその要因の分析が必要だと考えら
に正の相関傾向、野菜類、果実類に負の相関傾
れた。
向がみられた。
F．利益相反
D．考察
利益相反なし。
保健所管轄区域単位の栄養摂取状況の地域差
を比較した結果、特に緑黄色野菜で男女とも差
G．文献
1）
岸知子 他：北海道の二次医療圏を単位とした
1）岸知子他：北海道の二次医療圏を単位とした死
死亡率 , 栄養摂取状況の地域差の実態とその
亡率,栄養摂取状況の地域差の実態とその関連
関連の検討．日本公衆 衛生雑誌 65（5）：210-
が大きかった。また、野菜及び食塩摂取量につ
保健所管轄区域単位の栄養摂取状況の地域差
いて、地域差が大きい可能性が示唆された。
を比較した結果、
特に緑黄色野菜で男女とも差が
栄養摂取状況と死亡率との関連については、保
の検討．
日本公衆衛生雑誌 65(5)：210-222.2018.
222.2018.
大きかった。
また、野菜及び食塩摂取量について、
健所管轄区域間の地域相関分析では交絡要因の
2）小林真琴他：長野県における脳血管疾患死亡率
2）
小林真琴 他：長野県における脳血管疾患死亡
地域差が大きい可能性が示唆された。
影響を制御するのが難しく、健康格差とその要
栄養摂取状況と死亡率との関連については、保
因を分析するには様々な関連因子の影響を考慮
の地域差と生活習慣に関連したリスク要因，栄
率の地域差と生活習慣に関連したリスク要因，
栄養学雑誌
73（5）：159-169.2015.
養学雑誌
73(5)：159-169.2015.
した上で検討する必要があると考えられた。
健所管轄区域間の地域相関分析では交絡要因の
表１ 保健所管轄区域別の栄養素等摂取量、EBSMR及びその相関係数（男性）
指標
県
佐久
上田
諏訪
伊那
飯田
木曽
松本
大町
長野
北信
長野市
ｎ
年齢
（標準偏差）
エネルギー (kcal)
たんぱく質ｴﾈﾙｷﾞｰ比 (%)
脂肪ｴﾈﾙｷﾞｰ比 (%)
炭水化物ｴﾈﾙｷﾞｰ比 (%)
食塩 (g)a
穀類 (g)a
いも類 (g)a
豆類 (g)a
緑黄色野菜 (g)a
その他の野菜 (g)a
野菜類 (g)a
果物類 (g)a
a
きのこ類 (g )
a
魚介類 (g)
肉類 (g)a
卵類 (g)a
乳類 (g)a
全死因EBSMR
悪性新生物EBSMR
心疾患EBSMR
脳血管疾患EBSMR
1,955
56.8
(17.8)
2,139
14.6
24.5
60.9
5.5
253.7
28.5
29.9
49.2
100.4
149.5
42.0
10.8
41.5
44.1
19.2
48.6
100
100
100
100
215
57.1
(17.5)
2,158
14.6
23.9
61.5
5.4
259.3
30.3
29.4
48.5
104.0
152.5
47.3
8.3
40.1
45.4
20.6
50.7
98.8
98.6
105.5
97.2
205
58.4
(17.4)
2,081
14.5
24.7
60.8
5.6
245.8
35.3
30.2
50.1
108.4
158.6
48.0
10.5
38.2
45.5
18.2
49.2
103.5
104.0
107.1
98.1
133
58.2
(18.7)
2,237
14.7
26.5
58.8
5.2
245.0
22.6
26.4
51.7
96.3
148.1
39.0
11.0
41.1
49.6
17.1
51.9
94.6
96.0
102.2
99.1
172
54.3
(17.1)
2,058
14.5
24.9
60.5
5.4
251.8
29.2
26.0
60.6
99.0
159.6
31.3
10.4
40.5
47.8
20.5
51.4
98.8
95.2
94.2
101.2
198
58.5
(18.4)
2,078
14.5
23.3
62.2
5.5
263.6
27.7
29.3
48.6
85.6
134.2
39.7
11.6
42.9
39.3
19.6
53.9
101.2
100.1
96.6
105.3
101
62.0
(17.9)
2,165
14.4
23.1
62.5
5.2
246.4
25.5
34.7
57.0
88.6
145.6
46.2
12.1
42.0
34.3
20.7
54.5
112.2
100.8
124.1
99.3
286
57.2
(17.8)
2,160
14.8
25.1
60.1
5.7
247.1
28.3
29.8
45.5
104.4
149.9
43.9
11.8
41.2
49.3
17.7
43.0
100.0
98.7
95.0
99.4
85
53.4
(17.6)
2,129
14.5
24.1
61.4
5.7
263.7
24.4
35.9
37.2
102.4
139.6
37.7
15.4
35.0
45.6
21.3
41.6
96.2
99.1
102.8
98.5
268
56.5
(17.4)
2,174
14.2
24.0
61.8
5.7
258.0
27.1
28.9
50.3
103.5
153.7
41.5
11.3
43.5
36.8
19.7
46.4
103.1
101.1
96.4
102.0
172
54.0
(19.2)
2,162
14.9
24.4
60.7
5.5
261.1
32.7
29.6
42.2
98.2
140.4
41.8
7.6
45.7
43.5
21.4
49.1
102.7
100.9
103.7
105.3
120
55.3
(15.8)
2,135
14.9
26.2
58.8
5.5
247.7
23.2
35.6
48.3
106.3
154.6
41.5
11.4
43.1
47.7
15.5
45.2
99.2
104.1
99.6
98.6
指標
県
佐久
上田
諏訪
伊那
飯田
木曽
松本
大町
長野
北信
長野市
ｎ
年齢
（標準偏差）
エネルギー (kcal)
たんぱく質ｴﾈﾙｷﾞｰ比 (%)
脂肪ｴﾈﾙｷﾞｰ比 (%)
炭水化物ｴﾈﾙｷﾞｰ比 (%)
a
食塩 (g)
穀類 (g)a
a
いも類 (g)
a
豆類 (g)
a
緑黄色野菜 (g)
その他の野菜 (g)a
a
野菜類 (g)
a
果物類 (g)
a
きのこ類 (g )
魚介類 (g)a
a
肉類 (g)
卵類 (g)a
乳類 (g)a
全死因EBSMR
悪性新生物EBSMR
心疾患EBSMR
脳血管疾患EBSMR
2,244
57.8
(18.1)
1,694
15.3
26.7
58.0
6.0
221.5
33.1
36.0
64.8
120.2
185.0
68.2
13.6
42.8
41.1
20.8
70.2
100
100
100
100
269
56.2
(17.3)
1,683
15.5
27.0
57.4
5.8
216.0
33.2
37.1
69.9
128.9
198.8
74.5
11.1
43.9
41.1
23.1
68.9
94.8
97.0
102.3
82.7
226
58.7
(18.5)
1,692
15.2
26.1
58.7
6.0
228.3
37.4
31.4
59.4
118.6
178.0
67.3
11.7
42.8
43.4
20.7
66.2
102.3
101.7
105.1
99.7
154
59.1
(18.2)
1,879
15.4
27.7
56.8
5.6
213.1
29.0
35.7
69.2
119.1
188.4
61.6
13.2
41.8
44.3
19.5
74.1
99.2
103.4
106.3
111.7
198
55.4
(17.3)
1,659
15.5
26.4
58.1
6.1
229.1
34.4
30.0
74.7
119.5
194.2
57.4
13.3
42.5
43.0
23.3
66.5
96.7
91.9
93.4
104.6
226
60.5
(18.6)
1,650
15.3
25.8
58.9
6.0
223.7
31.3
36.6
65.3
105.9
171.2
68.5
14.7
42.7
37.2
20.8
78.8
99.9
96.4
94.1
110.2
101
63.2
(17.2)
1,725
15.2
25.5
59.3
5.8
207.8
29.5
45.2
80.2
113.1
193.3
77.4
17.2
38.8
34.6
20.1
71.7
113.3
98.4
108.1
99.2
352
57.2
(17.9)
1,675
15.5
27.4
57.1
6.0
214.9
32.0
36.2
62.6
120.0
182.6
72.6
15.7
41.4
45.4
19.5
70.2
98.9
97.7
96.1
89.9
91
57.1
(18.6)
1,673
15.4
27.0
57.6
6.2
229.2
30.2
38.9
52.7
117.1
169.8
55.5
17.6
41.2
42.1
19.8
60.8
99.6
99.6
97.2
111.7
299
58.1
(18.3)
1,663
15.0
26.4
58.6
6.2
226.7
35.7
34.8
60.1
118.9
179.0
65.2
15.0
46.7
35.7
19.5
73.6
104.0
102.7
95.0
97.3
189
58.1
(18.7)
1,695
15.1
26.3
58.6
6.1
225.8
38.0
37.3
58.2
137.6
195.8
76.5
10.1
41.5
41.0
23.6
64.8
108.7
105.4
104.5
113.9
139
53.9
(17.4)
1,737
15.4
27.8
56.8
5.9
220.0
26.3
40.0
65.4
118.4
183.8
65.9
12.1
42.9
42.7
17.0
71.3
99.7
105.0
104.0
103.0
表２ 保健所管轄区域別の栄養素等摂取量、EBSMR及びその相関係数（女性）
. 値の上位３地域 . 値の下位３地域 a . 1,000kcal当たりの値 * . p＜0.05
39
ｐ値
変動
（適合度） 係数
0.14
0.56
<0.001
<0.001
0.020
0.01
0.72
<0.001
<0.001
0.01
0.11
0.08
0.18
<0.001
0.03
0.72
0.01
2.4
1.6
4.5
2.0
3.3
3.0
14.1
11.2
13.0
7.2
5.5
11.6
18.4
6.9
11.6
9.9
8.8
ｐ値
変動
（適合度） 係数
<0.001
0.80
0.03
0.03
0.05
0.15
0.30
0.01
0.00
0.05
0.07
0.01
0.75
<0.001
0.00
0.65
0.02
3.8
1.1
2.9
1.5
3.1
3.3
11.4
11.1
12.1
6.7
5.4
10.9
17.8
4.6
8.7
9.8
7.2
EBSMRとの偏相関係数
全死因 悪性新生物 心疾患 脳血管疾患
-0.27
-0.18
-0.57
0.54
0.28
0.17
0.38
0.35
0.07
-0.08
-0.01
0.22
-0.13
0.33
-0.71
0.48
0.02
*
-0.18
0.06
-0.07
0.05
0.53
0.01
0.25
0.59
-0.39
0.41
0.05
0.64
-0.01
0.15
-0.29
-0.26
-0.38
*
0.15
0.10
-0.27
0.22
-0.26
0.04
0.04
0.58
-0.18
-0.01
-0.13
0.31
0.02
-0.21
-0.27
0.46
0.04
-0.17
-0.06
-0.38
0.35
0.05
0.51
0.19
-0.32
0.02
-0.72
-0.54
-0.31
-0.26
0.68
-0.53
0.32
0.48
*
EBSMRとの偏相関係数
全死因 悪性新生物 心疾患 脳血管疾患
-0.05
-0.69
-0.24
0.38
0.32
0.07
0.18
0.40
-0.11
0.45
0.25
0.35
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-0.16
信州公衆衛生雑誌 Vol. 18 No. ...
