Design and synthesis of orexin receptor agonists with a tetralin skeleton and MRGPRX2 agonists with a morphinan skeleton
概要
第1章 序論
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は細胞膜に存在する7回膜貫通型の受容体であり、細胞外の刺激を細胞内で共役するGタンパク質へと伝えることで様々な生理学的応答を引き起こす。GPCRを標的とする医薬品はアメリカ食品医薬品局(FDA)に承認された医薬品のうちの約30%を占めることからも示されるように、GPCRは最も重要な創薬標的のうちの一つである。本博士論文の各章では、GPCRであるオレキシン受容体およびMas-related G protein-coupled receptor X2(MRGPRX2)の作動薬創製に向けて実施した分子設計と、その構造最適化研究について述べる。
第2章 テトラリン骨格を基盤としたオレキシン2受容体作動薬の設計と合成
オレキシンは視床下部に存在する神経ペプチドであり、オレキシンAとオレキシンBの2種類に分類される1。これらのペプチドはGタンパク質共役型受容体であるオレキシン受容体(OX1R,OX2R)に作用することで様々な生理作用に関与しており、その中でも覚醒や睡眠への関与が現在最も注目されている2。例えば、オレキシン産生ニューロンの欠損を病因とするナルコレプシーは日中の強い眠気や情動脱力発作を症状とする睡眠障害である。オレキシンを投与すると主にOX2Rを介するシグナルによりその症状が緩和されるため、低分子OX2R作動薬がナルコレプシーの治療薬になり得ると考えられている。2015年に所属研究室は世界初の非ペプチド性選択的OX2R作動薬YNT-185を報告し、この化合物がモデルマウスにおいてナルコレプシー症状を抑制することを明らかにした(Figure 1)3,4。その後、YNT-185より強力な活性を有するナフタレン型作動薬1が見出された5。そこで、本研究では1の分子構造をもとに、より活性の強い新規OX2R作動薬の創出に取り組んだ。1とOX2Rのドッキングシミュレーションにおいては、アミド結合の酸素原子が上方に存在するヒスチジン残基と水素結合を形成することが予測されており、その際、ナフタレン環の2位に存在するメチル基との立体反発により、アミド基が骨格の上方に配向していることが示唆された(Figure 1)。これらの結果より、ナフタレン環の1位の平面性sp2炭素をより立体的なsp3炭素へと変換すれば、アミド基をヒスチジン残基の存在する上方へより効率的に伸長できると考え、本研究ではテトラリン骨格を基盤として構造最適化研究を実施した。まず、スルホンアミド側鎖をYNT-185やナフタレン型作動薬1と同様のビフェニル構造に固定し、テトラリンの1位の側鎖の検討を実施した。その結果、m-メトキシフェニル酢酸を用いて合成した(rac)-2が強いOX2R作動活性を示した(Figure 2)。次に、(rac)-2を光学分割することで、OX2Rへの選択性が極めて高くかつナフタレン型作動薬1よりも3.4倍強力なOX2R作動活性を示す(S)-2を見出した。一方、驚くべきことに、もう一方の異性体である(R)-2はさらに強力なOX2R作動薬であるだけでなく、OX1Rに対しても強力な作動活性を有しており、OX1RとOX2Rの両方に作動活性を示すリガンドの中ではこれまでに報告された中でも最も強力な活性を示す化合物であった。これらの結果より、(S)-2のジアミノテトラリン骨格はOX2R作動薬の創製に適しており、(R)-2の骨格はOX1Rにも作用するデュアル作動薬の創出に有用であることが示された。
第3章 テトラリン骨格を基盤としたオレキシン1受容体作動薬の設計と合成
OX1Rは覚醒や睡眠の制御の一部に寄与するだけでなく、鬱や依存といった情動系や報酬系への関与も報告されている6。しかし、選択的OX1R低分子作動薬はこれまでに報告されておらず、OX1Rの神経科学的な機能には未解明な点が多い。第3章では、OX1Rの機能探索のためのツールの一つとなる初の選択的OX1R作動薬の創出を目的として、第2章で見出した(R)-2を基盤に構造最適化研究を実施した。その結果、OX1Rに対する活性がさらに向上した(R)-3を得ることに成功し、in vivoでの薬理試験においてその有用性を実証した。
第4章 モルヒナン骨格を基盤としたMRGPRX2リガンドの設計と合成
オピオイド受容体には鎮痛活性発現に関与するμ、δ、κの3タイプがあり、モルヒネなどが選択的に作用するμオピオイド受容体は依存性への関与が知られている。従って、δオピオイド受容体(DOR)やκオピオイド受容体に選択的に作動活性を示す薬物が依存性の無い鎮痛薬として期待されており、先行研究において選択的DOR作動薬(–)-TAN-67が見出された(Figure3)7。また、モルヒナン化合物の重要なファーマコフォアの一つであるフェノール環を炭素鎖で固定することでDOR作動活性が大幅に向上した(–)-KNT-127も見出された。一方、鏡像体である(+)-TAN-67はDORに作動活性を示すだけでなく、MRGPRX2に作動活性を示すことが近年報告された8。MRGPRX2は痛みや痒みに関与する受容体であるが、その機能は詳細には明らかになっておらず、その検証に必要な高活性な低分子リガンドも少ない。そこで本研究では、(+)-TAN-67の構造を基盤として、DORに作動活性を示さずMRGPRX2に選択的に作用するリガンドの創製を試みた。
(+)-TAN-67がDORと強く相互作用した結果について、代表的なオピオイド受容体リガンドであるモルヒナン化合物のファーマコフォア情報を参考に以下のように推察した。すなわち、(+)-TAN-67のフェノール環は自由回転できるため、(–)-モルヒネなどに代表されるモルヒナン化合物と同様の配置を取るときにDORと相互作用すると考察した(Figure 4)。そして、この仮説に基づき、フェノール環の自由回転を抑制するために、メチレン鎖を導入して非天然型のモルヒナン骨格を有する(+)-KNT-127に変換すればDORへの結合親和性が低下すると考え、(+)-KNT-127の合成に着手した。はじめに、過去の報告例を参考にして、原料のシノメニン塩酸塩から8工程で(+)-オキシコドンを合成した(Scheme 1)。続く5工程で4,5-エポキシ環を開裂し、最後にキノリン合成と脱メチル化を行うことで目的の(+)-KNT-127を合成した。合成した(+)-KNT-127のオピオイド受容体結合試験を実施した結果、その鏡像体の(–)-KNT-127とは異なり、(+)-KNT-127はDORをはじめとする各種オピオイド受容体にほとんど結合親和性を示さないことが明らかになった(Figure 5A)。さらに、(+)-KNT-127をマウスに髄腔内投与し、5分間の痛みや痒みに関連する行動(引っかく・舐める・噛む)の回数を計測した。その結果、マウスの行動の回数は(+)-KNT-127の用量依存的に増加したことから、(+)-KNT-127はマウスに対して痛みや痒みを誘起する事が示唆された(Figure 5B)。
第5章 総括
筆者は、リガンドの立体的構造および受容体と既存リガンドの推定結合様式に注目し、活性および選択性の向上を目的に構造最適化を実施した。その結果、第2章では既存のナフタレンリガンドよりも強力なOX2R作動薬を見出した。第3章では世界初の選択的OX1R受容体作動薬を見出し、ツール化合物としての有用性をin vivoでの薬理試験において実証した。第4章では非天然型のモルヒナン骨格を用いてDOR親和性を分離したMRGPRX2作動薬の創出に成功し、この化合物がMRGPRsを介して痛みや痒みに関連する行動を誘起している可能性を示した。