エマルション望遠鏡によるガンマ線天体の高解像度撮像
概要
20 世紀初頭の宇宙線の発見から 100 年以上経った現在でもその起源や加速機構に関して未解明な点が数多く残されており、これらの解明は宇宙科学の最重要課題の一つである。
様々な観測対象の中で、複雑な星間磁場の影響を受けずに地球に到来するガンマ線は非熱的放射を理解する上での重要な観測対象である。これまでガンマ線天文学はフェルミガンマ線宇宙望遠鏡による大統計観測の実現で飛躍的に発展してきた。今後のさらなる発展のためには、角度分解能の向上による系統誤差を抑えた観測が必要である。これに対して GRAINE計画では、サブミクロンの空間分解能を持つ原子核乾板から成るガンマ線望遠鏡を気球に搭載し、角度分解能を一桁近く向上させた宇宙ガンマ線の精密観測の実現を目指している。
申請者は望遠鏡の総合性能実証を目的とした GRAINE の 2018 年気球実験においてガンマ線反応を捉えるコンバーター部の実験準備から飛跡データの読み取り,ガンマ線事象の選出まで解析も主導し一様な性能のデータを取得した。また、コンバーターとタイムスタンパーの飛跡接続条件を見直し、接続効率を 20%程度向上させた。さらに、コンバーター内でのハドロン反応により生じたπ0由来のガンマ線を用いて、フライトデータガンマ線の観測性能を評価した。ハドロン反応を選出する手法、及びハドロン反応とガンマ線を対応させる手法を開発した。2 本のガンマ線が対応した事象を使って不変質量を求め、π0 の不変質量とシミュレーションで求めたガンマ線のエネルギー分解能から期待される分布と無矛盾であることを確かめた。これを踏まえて、対応したガンマ線を使って角度分解能をエネルギーと角度毎に分けて評価しシミュレーションで求めた期待値と同等であることを示した。
検出したガンマ線事象に時間情報、姿勢情報を付与し天球座標に投影した結果、フェルミ望遠鏡よりも 1/7.6 程度の角度分解能でガンマ線天体(Vela パルサー)を撮像した。また、ハドロン反応を用いたコンバーター部の性能評価により得られた角度分解能の妥当性を示した。
これにより、エマルション望遠鏡による宇宙ガンマ線精密観測の実現可能性を実証した。
申請者はガンマ線の角度分解能をさらに向上させるために、2018 年気球実験での全飛跡データ取得に用いた高速飛跡読み取り装置と比べ、より分解能が高い顕微鏡を使ってガンマ線事象のみに絞った再測定を行う精密測定システムを開発した。原子核乾板中に記録された個々の銀粒子を認識して飛跡の角度を測定する手法を開発し、陽子ビーム照射フィルムに適応して荷電粒子に対する角度分解能を評価した結果、2-10 倍の改善傾向を示した。そして、入射角度(tanθ):0.8-1.0、エネルギー:500-700MeV のハドロン反応由来のフライトデータガンマ線に適応し、ガンマ線に対する角度分解能が 2.7 倍改善することを示した。
本研究によって、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡による現行の観測結果よりも角度分解能で7.6 倍、立体角で 58 倍優れた解像度でのガンマ線天体撮像を実現した。またハドロン反応起因ガンマ線を用いた性能評価により、観測結果が期待される性能と矛盾ないことを示すとともに、開発した精密測定システムによってさらなる高解像度化を実現可能なことを示した。
これにより、超新星残骸の高解像度撮像による水素ガス分布相関の検証、銀河中心領域の高解像度撮像による未知ガンマ線放射の等方性の検証、パルサーやブレーザーの偏光観測などを実現し、宇宙線加速起源,加速機構の解明や暗黒物質探索に貢献することが期待される。