結び目のシャドーコサイクル不変量のサテライト化公式
概要
カンドルとは集合に結び目の Reidemeister 移動に対応する公理をみたす二項演算を定めたものであり,1982 年に Joyce と Matveev により独立に導入された [7][9].群 G の共役類に二項演算を共役で定義したものはカンドルの典型的な例であり,共役カンドルという.3 次元球面上の有向結び目 K の補空間の基本群 ΓK に対し,メリディアンの共役類は fundamental quandle Q(K) を定める.ΓK から有限群 G への表現の個数(G-彩色数という)は結び目の古典的な不変量である.結び目群の表現のうちメリディアンが特定の共役類 C に移されるものの個数は,カンドル Q(K) から C のなす共役カンドルへの準同型の個数(C-彩色数という)に等しい.すなわちカンドル C-彩色数は群 G-彩色数を精密化した不変量である.一般に有限カンドル X に対し結び目の X-彩色数が定義される.X-彩色は結び目図式の各弧にカンドルの元を対応させたとき,交点において適切な関係式をみたすものの集合として得られる.カンドルによる彩色数を,カンドルの 2-コサイクルを用いて適切な重み付きで計算したものをカンドルコサイクル不変量という [2].またカンドルの 3-コサイクルを用いて結び目図式のシャドー彩色に対し適切な重みを定義し,それらをある彩色について足し合わせたものを結び目のシャドーコサイクル不変量という [3].ここで結び目図式のシャドー彩色とは,図式の各弧と各領域にカンドルの元を対応させる写像で適切な条件をみたすものをいう.カンドルコサイクル不変量およびシャドーコサイクル不変量はカンドル彩色数を精密化した結び目不変量である.
カンドルコサイクル不変量に対しケーブル化公式が知られている.枠付き結び目を枠に沿って n 重化すると新たな枠付き結び目が得られる.成瀬 [11] は n 重化した結び目図式 D(n) の X 彩色をもとの結び目図式 D の Xn 彩色とみなしたとき,Xn にはラックの構造が入ることを示した.さらに n 重化した交点におけるカンドルコサイクルの重みを足し合わせた値はラック Xn のコサイクルになることを示し,n 重化した結び目の(シャドー)カンドルコサイクル不変量を元の結び目の(シャドー)ラックコサイクル不変量を用いて表す公式(多重化公式という)を示した [11].これを背景に,Ishikawa[6] は Xn にカンドルの構造を定義し,それを用いてカンドルコサイクル不変量のケーブル化公式を示した.ここで,ケーブル化公式とはケーブル結び目のカンドルコサイクル不変量を元の結び目のカンドルコサイクル不変量を用いて表す公式である.ケーブル結び目とは,結び目の多重化に捻れを入れて得られる結び目である.
本論文では,二面体カンドルと八面体カンドルに対して,シャドーコサイクル不変量のサテライト化公式を示した.ここで,二面体カンドル Rp とは二面体群 D2p の鏡映のなす位数 p の共役カンドルである.八面体カンドル Q6 とは,正八面体群の元のうち向かい合う二つの頂点を結ぶ直線を軸とする 90◦ 回転からなる位数 6 の共役カンドルである.サテライト化公式とはサテライト結び目のシャドーコサイクル不変量を,コンパニオン結び目とパターン結び目の不変量を用いて表す公式である.サテライト結び目とは,三次元球面上の結び目(コンパニオン結び目という)を、結び目(パターン結び目という)が埋め込まれたソリッドトーラスに置き換えて得られる結び目である.本論文では,図 1 のように端点の向き付けが交互になっている 3-タングル T ((+, −, +)-型タングルという)の閉包をパターン結び目とするサテライト結び目 K(3)(T ) に対し,サテライト化公式を示した.
図 1: (+, −, +)-型タングルの例
一般に有限カンドル X とそのシャドーカンドル 2-コサイクル θ に対し,サテライト結び目 K(3)(T ) のシャドーコサイクル不変量が θ を用いた T の不変量と,あるコサイクルの族 {ψi} を用いた K の不変量を用いて表されることを示す(定理 3.2).特に,二面体カンドル Rp の望月 3-コサイクルの場合にシャドーコサイクル不変量のサテライト化公式を示し,サテライト結び目 K(3)(T ) のシャドーコサイクル不変量が T の閉包と K のシャドーコサイクル不変量の積で表されることを示す(定理 3.4).また八面体カンドル Q6 について,H3(Q6; Z/3Z) ∼= Z/3Z の生成元に対しシャドーコサイクル不変量のサテライト化公式を示す(定理 3.7).また結び目図式の彩色数のサテライト化公式について,X が有限,連結,忠実な Alexander カンドルの場合にサテライト結び目 K(3)(T ) の X-彩色数が K の X-彩色数と T の閉包の X-彩色数の積により計算されることを示す(定理 3.3).結び目を n 重化して一部をタングルに置き換えたサテライト結び目の交点数は元の結び目の交点数の n2 程度であり,サテライト結び目の不変量を直接計算する場合と比較して容易に不変量が計算できるサテライト化公式は有用であると期待している.
定理 3.2 の証明は以下の手順で行う.結び目 K に対し,これを一点で切り開いた 1-タングルの図式を Dˇ とする.また Dˇ を 0 枠に沿って三重化し各成分の向きを交互に定めたものを Dˇ(3) と表す(図 2 参照).サテライト結び目 K(3)(T ) の結び目図式は T の図式と Dˇ(3)を合成し,閉包をとることで得られる.よって有限カンドル X に対し,K(3)(T ) の結び目図式の X-彩色は T の図式の X-彩色と Dˇ(3) の X-彩色の組み合わせで表すことができる.このうち Dˇ(3) の X-彩色について,図 2 の上向きの弧 γ2 に X の双対カンドル X の元が対応し,下向きの弧 γ1, γ3 に X の元が対応するとみなす.このとき三重化した図式に対する Reidemeister 移動に由来する二項演算を X × X × X に定めると,X × X × X はカンドルになる.これを X(3) と表す.このとき,Dˇ(3) の X-彩色は Dˇ の X(3)-彩色と同一視される.またこのとき,X のシャドーカンドル 2-コサイクル ψ に対し X(3) のシャドーカンドル 2-コサイクル ψ(3) が得られる.X(3) を連結成分に分解し,ψ(3) を各連結成分に制限することでシャドーカンドル 2-コサイクルの族 {ψi} が得られる.これにより定理 3.2 が示される.
図 2: タングル図式の三重化
論文の構成は以下の通りである.2 節では定理の主張を述べるための準備をする.3 節では主結果を述べる.4 節では定理の証明のための準備をする.5 節では定理の証明を与える.付録の A 節と B 節では八面体カンドルの性質について述べる.
本論文の作成にあたり,終始熱心なご指導を賜った指導教員の大槻知忠教授に深く感謝いたします.また,コホモロジーについての情報をくださった津田塾大学の井上歩准教授,カンドルについての情報をくださった東京学芸大学の田中心准教授,数々の助言を頂いた京都大学数理解析研究所の石川勝巳助教に感謝いたします.最後に,ゼミの際に助力頂いた軽尾浩晃氏,山口貢輝氏に感謝いたします.